25 強行
早朝から念入りな整備を指示された。飛行時間を考えるとそろそろ潤滑油の交換ぐらいしたいところだったが無いものはしかたがない。可動部にしっかり注油してワイヤーの緩みも調整した。点火栓は予備があったので一部交換出来た。
夜間の冷え込みが心配だったがエンジンの始動は一発で決まった。嫌がる奴も多いが俺はこのスターターを手回しするのが嫌いではない。エナーシャの回転数が上がるとともに出るうなり音がなんとなく気に入っている。タカセ飛行士もタイミングを合わせるのが上手だった。
忘れ物がないか機体回りを点検して乗り込む。何度も繰り返しているので手抜かりはない、と思う。
いつもの副操縦士席へ就こうとして違和感を覚えた。壁面に銃が取り付けられていた。歩兵用の三八式ではなく銃身長が短い、機関部も違い短い箱型の弾倉が付いている。外国製かな。
動きを止めて見ていると参謀殿が言った。
「今日はお守りがいるかもしれんのでな、俺の拳銃だけではたよりないからな」また物騒なことを。
今日はいままでとは違い高度を千メートルまでしかあげなかった。地図を見ながら現在地を確認しているようだ。三時間程で降りることになり燃料を補給することになった。ガソリン小屋も見当たらないので積み込んだものを使った。
小休止もなく再び離陸する。そして高度を上げることなく全速の飛行となった。
「よーし、ここらから左旋回だ。大きく回ってくれ」
減速して左旋回する機体はあたりまえだが左に傾斜する。五百メートルぐらいを保っていた高度は少しづつ降下しながら地上を見下ろす形になった。俺の位置からも地形がはっきりと見える。ところどころに民家らしき建物があった。山のような大きな起伏はなく、砂漠と草原が入り混じったような様子だ。
二・三分かけて円を描いた。
「もう良いだろう、一旦戻ろう」
そして先ほど飛び立った場所に舞い戻った。
「よし、腹ごしらえだ」
そのまま機内で携行食をかじることになった。堅いパンは味がない、お湯があるだけまし、ということだった。兵隊さんはこんなものを食べてるのか。
もう一度タンクに燃料を補給し同じ方角に飛ぶことになった。
「あそこだ、ちょい左」参謀殿は目が良いようだ。細く煙が上がっている。
スーパー機はそこを目指して高度を落とした。
近づくと焚火の横に人がいて手を振っている。地上はほぼ平坦で着陸に支障はないように思えた。タカセ飛行士は躊躇なく手前で接地して向かっていく。向こうもこちらに走ってくる。あと少しというところで右に転舵した。機体が停止し、すかさず参謀殿が扉を開けた。梯子をおろすと同時にその人が飛びついて来た。その時音が聞こえた。エンジン音がうるさくてなにか叫んでいるのによくわからない。それでもたしかに聞こえた。聞きなれない乾いた音だ。
俺は急いでベルトをはずして駆け付けた。参謀殿は飛びついて来た人を引っ張り上げて機内に取り込んでいる。俺は梯子を引き上げて扉を閉めた。エンジン音が高くなり機体が加速した。立っておられずしゃがんで身体を支えた。
参謀殿達は抱き合うようにして転がっている。
スーパー機はかまわず速度を上げて離陸した。たまらず俺も転がってしまった。頭の上を何かがかすめたような気配がした。
機体がおおむね水平になったところで立ち上がり、抱き合っている二人の方へ近寄った。床が濡れている。血の色だ、あの食堂で見た血の色だ。流しているのは飛び込んできた人だ。参謀殿に覆いかぶさるようにして意識を失っているようだ。小さな背のうをしょったままだ。その下の外套が黒く濡れていた。俺はその人を持ち上げて長椅子に引きずっていった。だがどうすれば良いのか。このまま寝かせれば良いのか。途方に暮れてしまった。
「服を脱がせよう」みょうに落ち着いた声で起きてきた参謀殿が言った。俺は指図されるがままにその人から荷物や衣服をはぎ取った。腰から下が血まみれだった。
「ここまで来て撃たれるとはな、ついとらん奴だ」悔しそうに参謀殿がつぶやいた。




