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23 草原の小さな家

 「やめとけよ、海軍さんは。板子一枚下は地獄って昔から言う事に噓はないぞ」

 「新入りはいじめられて大変らしいよ、毎年何人も航海中に海に飛び込むって言うしな」

 二人がかりで海軍の悪口大会だ。

 「水兵さんもあれだが士官もなあ、えらくなりゃあ天国だが下っ端は使い走りだからな」

 「でも海外旅行が出来るんでしょ」

 「いい目に合うのは左官級以上だろう、パーティーなんかに出て」

 「それなら参謀殿のほうがいい目にあってますな、たしかに」

 俺が出征したらの話である。いつのことやら。要は入隊するなら陸軍にしておけ、というわけだ。いまさら幼年学校も予科練も行く当てなんかないんだから、どの道一兵卒から始まるわけで、ちなみに陸軍の入営後で配属の内務班でしごかれるというのは普通に聞かされている。

 「それでも死ぬ奴はおらんぞ」

 「そうですな、めったに」


 驚いたことにタカセ飛行士は軍隊あがりではなかった。上海なんかで航空戦闘を経験した様子だったので勝手に想像していたのだが「数少ない民間航空のパイロット出身」なんだそうだ。一時期陸軍に所属していたが、色々あって満州に流れてきて満航に「潜り込んでいたら戦争に巻き込まれて」しまったそうだ。

 まさにこの「スーパー機」の同型で空輸や偵察、最後には爆撃までこなしていたらしい。「陸軍さんのお手伝い係り」だったそうだ。満州航空は関東軍だけではなく、陸軍そのものに協力して「部隊」を派遣していたそうだ。タカセ飛行士なんかは軍隊に慣れているという理由で一等最初に行かされた口らしい。  

 「ついでに参謀殿の運転手もな。なにしろこの人は一時上海の高級ホテルに住んでたんだからなマタハリさんと一緒に」

あんまり子供に聞かせる話じゃないような。彼女さんのなまえが「芳子」というのを聞いて俺が嫌な顔をしたのを参謀殿が目ざとく見つけた。「なんだまさか彼女の名前と一緒だったか」「いいえ、母親の名前です」字まで一緒だったよ。「洒落た名前じゃないか、民間人で子が付いてるなんて」そうなのかな。


 広い草原があって、小さな小屋が立っている。人が住んでいる様子はなく、戸締りはしっかりと鍵が付いていた。鍵は参謀殿が用意していた。

 井戸は外にあったが枯れていて使い物にはならなかった。まあただの物置だ。

 雨宿りぐらいには使えるだろう、つまりはテントみたいなものだから一晩の宿にはおあえつら向きということだ。と思っていたらタカセ飛行士がスーパー機から大きなくぎ抜きを持ち出して床板を剥いだ。みっしりと一斗缶が敷き詰められていた。一缶開けて指を突っ込み臭いをかいだりして呟いた。

 「なんとか使えそうですね」参謀殿もほっとした表情になり「予定通りに行けそうだな」と言った。どうもこの燃料が頼りだったらしい。

 少しでも明るいうちに補給しておくことになり運び出すことになった。スーパー機の分厚い主翼に燃料タンクがあるので脚立を出しタカセ飛行士が一斗缶からガソリンを注ぎ入れる。運んで来るのは俺の役割となった。参謀殿は力仕事には向いていないようで「飯の用意をする」と言って薪を探しに行ってしまった。どうせなら一斗缶だけじゃなく薪も置いていてくれたらよかったのに。そうぼやくと「ラクダに薪は似合わねえなあ」とタカセ飛行士は笑った。この一斗缶は数年前にキャラバンを組んで運んできたとのこと。満州航空としては、このあたりに飛行場を整備したかったんだそうだ。そんな民間の計画に参謀殿がどうからんだものか、まるで自分の私物のように使っているわけだ。そもそもこの飛行機だって蒙古王族の私物だし。

 逃げ口上かと思っていたが、本当に参謀殿は晩飯の用意をしていた。俺たちがスーパー機に積んでいた貴重な水で手を洗って小屋に戻ると、小屋裏に隠れるようにして焚火を作り器用に鍋をかけて何やら煮たてていたのだ。数だけは大量にあった弁当の飯を水と味噌で煮込んだ簡易雑炊だった。

 星空の下で焚火を囲みながら食べる雑炊は、正直なところ美味しかった。話が弾み俺の召集話が出るくらいには。

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