20 おせっかい
『待望の情報が飛び込んできた。寒い冬を耐えたかいがあったというものだ。本来なら去年のうちになんとかしたかったのだが、まさかソ満国境の小競り合いに巻き込まれるとは予想もしていなかった。まあ勝ったんだから結構ではあるが。こんな腰掛の連隊長ではな、満州の連中に手柄は譲っておいたが。
さて、あまり悠長にしてはおれん。もうすぐ東京へ戻ることになるしな。しかし使える飛行機がなあ、満航の奴あまりいい顔をしなかった。しばらく現地を離れるとこれだ。Y子もろくな返事をしてこんし、困ったものだ。いくら戦争中といっても蒙古側なら大したことはないだろうに。
ここは徳王殿に無理をお願いするか。となると奉天は目立ちすぎるか、ハルビンから行くか、少し遠いがしかたがないか……』
二回目の冬を越すことが出来た。少しは慣れたとはいえ氷点下三〇℃は厳しい。あらゆるものが凍りつく。良いことといえば便所が臭わないことだ、とは誰が言ったのだったか。カチカチに凍ってしまうものな、だがそのせいで汲み取りが出来ずどんどんと底がせりあがって来るのは恐怖だった。何事も程度の問題だ。
無事満15才を迎えることが出来た。相変わらず会社の中では最年少のままだが。周辺では二十歳になる連中もぼちぼちいて、兵隊検査が話題になっていた。甲種だ乙種だと賑やかなことだ。今の会社に勤めていれば召集はまずないだろうとのことなので気楽な話題ではあるようだ。シナ方面では増派増派でえらいことになっているようだし、ソ連との国境付近は小競り合いがしょっちゅうらしい。ここで召集されなくても内地の出身地での召集だってあり得るのに。どこで軍役についても大変そうに思える。
この冬は現場に出る機会が増え、また配属先がコロコロと変わった。俺が役に立たないのか、適性を見極めようとされているのか、後のほうだと思いたい。
最近ではボイラーの管理までやっている。おかげで格別に寒かった旧正月の頃も仕事中はぬくぬくとしていたものだ。
春の訪れは劇的なものがある。なんといっても色彩の変化が美しい。
あたり一面真っ白だったものが日々とまでは言わないが、週替わりで変化し色づいていく。赤や黄色の花の色、葉の緑、黒々とした河の流れ。気が付けば春は真っ盛りになっていた。
休日には当然のように街歩きが復活していた。
出来るだけ休みには外出するようにはしていたのだが、天候によっては無理な日もあった。そういうときの明けの週は何となく物足りなさがあった。好物になった饅頭を食べ損ねるからかもしれないと思い、買い置きをして、自分で蒸してみたこともあったが店で食べる作り立てとは違って今一つだった。
したがって最近は調子も良い、ような気がする。
今日も部屋を掃除して街にでた。このところは一人歩きが多い。皆それぞれ用事があるらしい。ウルグダイ君は「公私ともに」なにやら忙しいそうだ。
歩いているとなにか視線のような気配を感じて立ち止まりあたりを見回した。別に気になるものもない。すると上の方から「アー」と声が聞こえた。見上げると近くの建物の上にカラスが並んでいる。中の一羽が鳴いたようだ。気のせいかこちらを見ているようにも思えた。
小さなころから山の動物を手懐けて遊ぶことはあったが、カラスを相手にしたことはない。そういえば母親は蛇でも虫でも平気であしらっていた。鳥も平気だったかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていたので、無警戒にいつもの店に入ってしまった。外を出歩くときは気を付けなさいと言われていたのに。
気が付けば修羅場の真ん中に飛び込んでしまっていた。
店内は八割がたの混みようだったようだが、ほとんどの客は立ち上がって壁がわにに寄っていた。俺の目の前の空いたところには男が一人倒れている。その倒れてうめいている男をはさんで男が二人店の奥側に、入り口側の俺の横には三人いて、互いににらみ合っていた。横の三人は二人が棍棒を一人が短刀を構えていた。刃には嫌な汚れが付いている。たぶん倒れている男の血にちがいない。
対する奥の二人は何も持っていない。その一人が叫んだ。
「おい、大丈夫か1」
日本語だった。
反応したのは倒れている男ではなく刃物を持った方の男だった。
「✕✕✕!」
ちょっと俺には聞き取れない言葉を叫びながら前にでた。よせばいいのに俺は思わず足を出してしまった。
ちょうど男の真横にいたのでそのまま刃物を持った男の手首を蹴り上げた。上手く入った感触があったので多分手首の骨は折れたのだろう、短刀は手を離れ上に飛んで天井に突き刺さった。
「✕✕✕!」さっきとは違う叫び声をあげて男がしゃがみこんだ。棍棒を持った二人は一瞬戸惑ったがすぐにこちらを見て棍棒を振りかぶった。おかげで余裕が出来た。手前の男の懐に入り掌底を顎に突き上げる。返す肘をもう一人の鳩尾に突き入れる。うまく決まって二人は倒れてくれた。
手首が折れてうなっている男を尻目に奥の二人が倒れていた男を抱え上げた。
「早くこちらに」
手当をしなきゃ、と思って声をかけて店をでた。店の奥に淑華の顔が見えた。そちらにも何か言いたかったが声にはならなかった。とりあえず心当たりの病院へ担ぎこもうとすると逆に声がかかった。
「こっちだ。一緒に来てくれ」
いわれるがままに店の裏手に行くと黒塗りのシボレーが止まっていた。




