2 円光寺の決闘
岩見の国、円光寺は戦国時代に開かれた古刹である。その山門は大きく、宏信の実家である山寺の勝音寺などとは比較にもならない。往時には僧侶小坊主など十人ばかりが暮らしていたものだが、先年住職が亡くなりたまたま後を継ぐ者がおらず、結果無住の寺となっている。
寡婦と小坊主が残り管理してはいるが、午後の境内などに人けはない。
それを良いことに宏信は呼び出されていた。
(円光寺境内にて待つ。同行立会人は二人までとする。正々堂々と勝負し決着をつけるべし)などと日付・時間を指定して、おまけに(果たし状)と大きく書いた紙に包んであった。
「こんなもの渡してくれと頼まれたぞ」
級友はニヤニヤしながら手渡してきた。聞けば朝の駅でのことらしい。
「おい、どうするんだ。相手はH中のあいつか、やるなら手伝うぞ」大きな声で言うものだから近くにいた連中に気づかれてしまった。
「馬鹿らしい。いくもんか」と、その場はこたえたものの指定の日に授業をさぼっておればバレバレではあった。
屋根瓦に横になり参道を見下ろすと、遠く街道からここまでが一望出来た。
指定時刻にあと少しというところで人影が三つ。街道から参道へと入る石段に差し掛かってくるのが見えた。
(立ち合いは二人までか)
もちろん宏信は一人である。と、三人連れの後方から二人・三人と人影が続いた。
(あちらの味方かそれとも見物人か。どちらにせよ数が増えると面倒だな)
先頭の三人が近づいて来た。背の高い学生服姿が果たし状の差出人だ。見たところ手ぶらなのは結構だが両脇の二人が腰に木刀らしきものを差していた。
(仕方がない、さっさとすまそう)
山門近くまで来て三人は立ち止まり人けのない境内を覗いた。
「誰もおらんぞ」
「逃げたか」
脇の二人が境内に入った。一人残って仁王立ちでも気取ったのか、手を組んでいるところへ俺は飛び降りた。あやまたず奴の両の肩に俺の両足が乗った。
「ぎゃあ」と獣じみた大声があがった。
たまらず倒れて泣き叫びながらのたうち回っている。うまい具合に参道に着地出来たので境内でうろたえている二人に向かってそのまま走った。二人とも俺を見ても構えようともせず口を開けてなにか叫んでいる。とりあえず順番にビンタを張った。
「やるのかやらんのかはっきりせい!」
「いや、わしは違う」
「立ち合いや、立ち合いや」
「立ち合いがなんで木刀なんか持っとるんじゃ」
あわてて二人とも腰の木刀を投げ捨てた。
木刀が地面に落ちる音が聞こえた。急に背中のほうで人々の騒ぐ声がした。
「大丈夫か」「こいつ骨が折れとるぞ」「ここらに医者はおるんか」
見物人連中が十数人集まっていた。
「なにがどうなったんや、どっからあいつあらわれたんや」「空から急に飛んできたんや」「俺には見えんかったぞ、突然どっかからでてきたんじゃ」
俺が近づいていくのに気が付くと、連中は一斉に押し黙った。
「お前らこいつの同級生か」
互いに顔を見合わせながら一人が応えた。
「そうや、そうやけどちょっと様子を見にきただけなんや」
「ふうん、授業をざぼって喧嘩見物とはええ御身分やな」
こいつらも一発ずつはたいてやろうか、と思ったところに聞き覚えのある声がかかった・
「こりゃあコウシン!昼間っからなにを騒いどるか!」
俺をひろのぶと呼ばずコウシンと音読みで呼ぶのはこの寺の大黒様。亡き住職の奥様で、俺が一番頭の上がらぬ相手である。
ちなみに大黒様とは住職の奥様のことで、おおむね尊称と考えてよい。おれは子供のころからこの方に可愛がられてきているので一切の言い逃れなど出来るわけがなかった。しまったさっさと逃げ出しておけばよかった。ここは観念するしかないな。
奥方は倒れてわめいている奴の様子を見ると、集まった奴らを割り振りした。ついてきていた小坊主を先ぶれにして外した戸板に野郎を乗せ医者に運ばせた。どさくさに紛れて何人か用もないのに付いていったのは目端の利く奴らだな。どんくさい奴らは奥様に事情を吐かされている。ちゃんと全員から聞いて把握するのはさすがだなあ、もういいかなあ。
「さあ、行きましょう。あなたとあなた、一緒について来なさい。ほかの人たちはさっさとお家に帰って反省なさい」
俺と立会人の二人は近くの駐在所に連れていかれることになった。
空ではトンビが二羽仲良く飛んでいたのを覚えている。




