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17 馬鹿

 夏風邪は馬鹿が引くとはよく言ったもので、自分でことわざを証明することになった

 ミサゴに睨まれてからどうも調子が悪かった。朝の寝起きが悪く、省略体練をしているとなんだか誰かに見られているような気がしてどうにも気分が優れない。食欲もわかず、製図をしていても正確な線が描けない。何度も書き直していると講師に気づかれてしまった。

 「どうしたそんなにややこしくもないだろう」

 「ちょっと線が見にくくて」いや手先が震えているだけなんだが。。

 「波多野!えらい顔が赤いぞ、どうしたんだ」

 「すいません、ちょっと目の具合が…」あっという間に連れ出されて医務室に連行された。学校の保健室とは違って、医師が常駐しているのだ。さすが大会社だね。

 「まあしばらく寝ていなさい」なんかわからん注射をされたあとそう言われ、医務室のベッドに寝かされた。すぐに眠気が来た。


 窓から空が見える。

 鳥が飛んでいる。

 あのミサゴだ。

 随分遠いのに俺が見つめているのに気が付いたようだ。急降下してこっちに向かって来る。

 突然視線が変わって俺は空中から大きな建物を見下ろしていた。窓に焦点が合い、中の人間が見えた。

 なんだ俺じゃないか、窓越しだが表情まではっきりとわかる。口を開けてると間抜け面だぞ。このまま突っ込むとガラスを割ってしまう。弁償しなきゃ、そういえば俺が怪我をさせたあいつ、治療費はどうなったんだろう。おふくろに聞けばよかったな。

 視界がぼやけた、ミサゴが反転して窓から遠ざかっていくのがぼんやりと見えた。眠い。


 ギャアギャアとうるさいな。カラスかこれは。五十メートルは離れたところの電柱にとまっているようだが、大きな声で鳴くなよ。遮るものがないからな。

 「ハタノサン気分はどうですか」これはウルグダイ君だな。

 「そろそろお腹すきませんか」

 寝起きの目に焦点が合って来る。盆をもったウルグダイ君が立っていた。


 医務室に連れ込まれてからもう三日もたっていた。結構な高熱を発していたようで、自室には帰れずそのまま隔離されてしまったようだ。咳も出ていたので一時は結核も疑われたらしいが、結局は風邪ということに落ち着いたらしい。症状が重いので大事をとってベッドに寝かされていたようだ。

 ベッドを使うのは初めての経験で、確かに診察や患者の世話をするのには便利なものだ。便所に行くのに起き上がるのが楽だものな。ぶっ倒れている間どうなっていたのかはよくわからんが。

 

 「ありがとう。置いておいてくれたら後で食べるよ」

 「そうですか、栄養をつけないと治りが遅くなりますよ」二言三言言葉を交わすと彼は出て行った。壁の時計を見ると昼前だ。わざわざ寄ってくれたのか。すまんな。ベッド横の台に食事の盆が置いてある。椀によそってある粥に口をつけてみる。一口すするがどうにも味がしない。なんとか咀嚼してそのままにベッドに横になった。

 またカラスが鳴きだした。なんだよ余った飯が欲しいのか。そういえば小坊主修行をしていたころにカラスに飯をあげた事があったな。俺が寺の境内を掃除していると近くの木にいたカラスが鳴きだしたんだった。なぜか気が向いた俺は、畑の肥料用にためてある残飯から手頃なのを選んで小皿にのせてだしてやった。警戒心の強いカラスにしてはあっさりと俺の前に降りてきて、小皿から飯をつつきだした。身近にカラスを見るのは初めてだったのでじっくりと観察することにした。大きいな、山鳥や雉なみじゃないかな。くちばしは予想以上にするどく見える。あまり喧嘩はしたくないと思った。あいつはどうしているのかな、大きい鳥はそれなりに長生きらしいから今でも寺のまわりにいるかもしれん。

 夢を見ていた。おふくろ様がなにか言っている。ああ、狸に餌をやっていたら怒られたんだ。獣をいたわるのは良いが安易に餌付けしてはいかん、と言われたんだ。けものは人に依存してはいかんのだ、と言われてもな、ちっこいのはかわいいからな。


 ふと目が覚めた。人の気配がしたので出入り口の方を見ると誰か立っていた。俺が目覚めたのに気が付いたようで、近づいてくる。ベッドのすぐ脇にきて手を伸ばしてきた。俺の額に触るとしばらくそのままにしている。冷たくて気持がよい。手が離れた時は心底残念に思ったが言葉には出せなかった。今度はお腹の上に何かが載せられた。なんとなく温かい。

 「ちゃんと食べて早く元気になるのよ」

 「ありがとう」かろうじて言葉が出せた。

 「馬鹿」

 それだけ言って淑華は出て行った。

 腹の上には紙に包まれた饅頭があった。

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