16 眩しい夏
大きな出来事が起きた。
俺が正式に満州航空の社員になった事ではない。なったとたんに社名が変わり満州航空の社員ではなくなった事だ。会社が分割され俺の所属する飛行機製造部門が独立した会社になったのである。
もともと航空会社が製造部門を持っている、ということが異質だった。欧米の航空会社にそんなところはないそうだ。
満州という新しい国なんだからいいじゃないか。と俺などは思うのだが、ケチをつけて来たのは当の満州政府なのだ。会社としての規模が、とか。航空部門と製造部門が同じというのはよろしくない、とか。
よくわからん。そんなこと言ったら満鉄なんかどうなんだ。
まあ社員として、ペーペーの中のペーペーたる俺が何を言っても始まらないのだが。
で、ハルビン工場が満州飛行機製造の中心となった。工場の規模はこちらのほうが大きかった為なのか、はたまた他の理由があるのか。ペーペーの中のペーペーたる俺にはさっぱりわからないが製造部門はこちらに統合となり結果同期の連中もこちらに移ってきた。
「波多野君!生きてたか」「なんか身体がごつくなってないか」「背が伸びたのか」まだ十六歳だからね、成長期なんだから。俺は一番若いんだよ。
「良かったな、社員になったんだろ」「危なかったな、新会社に間に合って」「君だけ航空に居残りかと思ってたよ」皆は冬のうちに社員登用となっていたらしい。まことに悔しいことだ。
「移動でゴタゴタしてるうちに遊びにいこうぜ、案内は頼むよ」なんでこいつらは遊ぶことばっかり考えて「皆さんお久しぶりです」おお、ウルグダイ君があらわれた。年長者なんだからなんとか言ってやってよ。
「早くかたずけて街に行きましょう。私が皆さんの世話係を拝命しましたからね。今夜は歓迎会です」
聞いてないぞ。
繰り出したのは会社ちかくの小料理屋だった。日本人が経営する健全だがお酒もだす店で、俺もウルグダイ君も滅多に利用はしたことがない。中に入ると他の移動組も集まっていて、要は会社全体の歓迎会だった。こうなると俺たちは小さくなって飯をたべるしかない。ウルグダイ君は世話係じゃなくてお目付け役だったようだ。まあ、街に行くのは次の休日に、ということだな、坊ちゃん。
同期で揃って街へ出かけたのは半月もたってからだった。皆配属部門もばらばらで、移動直後のため休日でも用事があったりでなかなか揃わなかった。
六月だがこちらに梅雨なんぞはないので初夏ということになる。公園や松花江の辺りを歩いていると、同じ場所とは思えない。凍り付いていた街が花と緑にあふれていた。川沿いの土手で、途中で買い込んだロシア風パンやソーセージを広げてピクニック気分だ。
「なんかこのソーセージしょっぱいな」「うん甘くない」確かに。どうも奉天とここでは味の具合が違うようだ。
川面にはカモメの群れがにぎやかだ。海からここまで飛んできているのかな、長旅ご苦労様だ。硬いパンをちぎって上に投げるとカモメが一羽飛んできて咥えていった、器用なもんだ。皆も面白がってパンを投げ出した。あっという間に俺たちは群れに囲まれてしまった。
「馬鹿やめとけよ。髪の毛までちぎられても知らんぞ」何を言っても手遅れだ。
が、突然静かになった。地面に降りていたカモメを見るとあたりをきょろきょろ見ていて落ち着かない様子だ。
「!!!」
一羽が叫ぶように鳴いた。そして一斉に飛び立ち河の水面のほうへ飛んでいく。群れはうねるように固まって動いている。
俺は上空を見上げた。やっぱりな。どう見ても猛禽類らしいのが一羽、悠々とあたりを睥睨して飛んでいた。
「ははあ、あいつのせいか」坊ちゃんも気が付いたようだ。
「でかいな、わしかな」
「いや、あれはミサゴじゃないかな」羽の柄でわかるらしい。
「あいつは魚を捕るんだよ」
しばらく見ているとミサゴは突然急降下した。そして水面直前で羽根を広げ足を水中に突っ込んだ。見れば両足でがっちりと大きな魚を捕えている。大きく羽ばたいて反転しなんとこちらのほうに飛んできた。そして頭上を通過すると大きな木のてっぺんあたりにとまったのだ。どうだ、とばかりにこちらを睨んでいるような気がした。
「おい、すごかったな」「ああ、動力降下のあとタッチアンドゴーで上昇反転したよな」「急降下爆撃というのはあんな感じなのかな」
ミサゴはこちらを睨みながら魚をついばみだした。川面はカモメたちが騒ぎ出している。日の光が逆光になってカモメの姿がシルエットになっていた。




