15 一週間
大地は凍るほど寒いが、ここらはあまり雪が降らない。少なくとも積雪はあまり見かけない。
だから歩きやすいと言いたいところだが、危険は多い。石畳の道はよく滑るのだ。水たまりでもあれば当然それは凍っている。陽が当たっていても関係ない。その上を砂ぼこりが覆うから見た目には乾いた道と区別がつかない。俺みたいな慣れていない奴がその上を歩くと簡単に滑って転ぶことになる。分厚い防寒着とは有り難いもので、尻餅をついてもあまり痛くはない。恰好は悪いが。
月曜日。午前中製図講習。
我が社では基本的にネジ一本から自社で生産している。
ライセンス生産とはいえ、内地製だろうと外国製だろうと部品そのものはこちらで作り上げることになっている。その部品数は膨大なものであり機種ごとに独自の部品が設計されている。いちいち元の製造会社から取り寄せてはいられないのだ。
工業製品には設計書があり設計図に基づいて部品を作り組み立てる。各工程に図面は必要であり、契約に基づいて送られてきた原図をそのまま各部署で使うわけにはいかないので複製が必要になる。原図といっても青焼きがほとんどなので、それを青焼きしては不鮮明なものが出来上がるので新しく図面を描かなければならなくなっている。
基本部品の図面は今のところ奉天の本社から送られてきている。同期の連中の名前も図面の隅に書かれていることがある。誇らしいと同時に少しばかり悔しくもある。こちらは講習中でしかも描いているのはネジ一本だものな。
午後、工場にて組み立て実習。
火曜日。午前中物理講習。
構造力学、というか要は飛行機本体の作り方を図面や写真や模型を見ながら学んでいる。いかに軽くて丈夫な物を作り上げるかが飛行機生産の歴史とも言えるのだから面白い。現物は工場に行けばゴロゴロあるし、実習で触ってもいるからな。ただ計算問題となると頭を抱えることになる。この構造で耐荷重いくらか、なんてのは大変だ。設計者というのはえらい仕事だな、帝大出に頑張ってもらうしかないな。
午後、工場にて組み立て実習。
水曜日。午前中内燃機講習。
発動機の構造、今日は自動車用の小型エンジンで分解と組み立てを行った。一気筒だけの模型では何度もやっているが、本物では初めてだ。使い込んでいるからネジ一本でも磨耗や傷があり、内部の具合、使用感は独特のものがある。エンジンの限界使用時間という基本設定があるのだが、現実の運用でそれが守られるわけではない。そこを何とかするのが整備の仕事だ。また自動車用と飛行機用では設計思想が違うらしいのだが、まだよく分からない。材料からして違うというのは見ていてわからなくもない。
午後、工場にて組み立て実習。
木曜日。午前中外国語講習。
今日は英語、テキストは米フォッカー社のカタログを使用。現物を買い入れたら説明書の山とともに入っていたものらしい。我が満州航空ではフォッカー社ではスーパーユニバーサルという小型旅客機が使用されている。旅客を六人乗せて千キロばかり飛行できる万能機で、内地でも多数運用されているそうだ。その使用説明書と製品案内だから見るだけでも楽しいのだが、文章を翻訳せよというのはなかなか骨の折れる仕事だ。整備ではしょっちゅう扱う機体なのでこれぐらい読めなければ話にならないと脅かされた。この授業にはウルグダイ君も同席していた。彼もカタログを見るのは楽しいようだ。
ページをめくっていくと見なれない機種が出てきた。機体はスーパーユニバーサルそっくりだがエンジンが三つも付いている。左右の翼に一つずつ増設しているようだ。教官の社員に質問してみると解説してくれた。エンジン三発化は性能向上を狙ったものだが、カタログデータ上ではそれほどのものでもなく、金額だけは高いので導入はされなかったものらしい。エンジンが三発あると一台ぐらい故障しても悠々飛行できて安全であるとのことだが、三つあれば故障発生率もその分高くなる、機首が重くなるので性能面も評価しにくいそうだ。話題がそれていくうちに講習の時間が終了となった。英文和訳は宿題として後日提出、ウルグダイ君に助けてもらおう。
午後、工場にて組み立て実習。
金曜日。午前中物理学講習。
航空力学講習。何故飛行機は飛ぶことが出来るのか。本社で飛行機の設計を行っている方が特別講師としてこられた。おかげで教室は満員である。受講生は最前列、後方には工場長も来ているらしい。授業は一本の鳥の羽、猛禽類の風切り羽らしい、の説明から始まりライト兄弟から先の欧州大戦やリンドバークなどの飛行機の変遷を写真や図版を使って解説された。途中から材料や構造の話が増え、あっという間に理解が追い付かなくなる。最後は現在開発中の我が社初になる自主生産機について概略が述べられた。最後は当然参加者の大拍手で終わった。後で受講生一同には今回の内容は機密事項であると伝えられた。
午後、工場にて組み立て実習。いつもより気合が入った気がする。
土曜日。講習は休みで工場へ。午後の工場実習も早めに切り上げられた。
日曜日。ウルグダイ君と外出。
気温も零下一桁台となりもうすぐ春となるそうだ。それでも松花江は凍結したままだ。日曜日とあって氷上で遊ぶ人々も多い。一部を区切ってスケート場が出来ている、大丈夫かね。
「おーい、こっちこっち」ウルグダイ君が手を振って叫んだ。女の子連れが数人いるのへ声をかけている。その中には見知った顔があった。近寄っていくと向こうからも手が振られた。
「遅いよハタノサン」食堂の娘、淑華だった。




