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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
97/113

世の流れ 1 始まり

 エルドレ王国のとある山間部。

 ワルワカという集落の近くに作られた寄宿舎の一室で、キタシフという名の、周囲の村を束ねる長が手紙に目を通している。

 歳は仕事盛りを少し越えたぐらい。髪は残っているが、元の黒より白が多い。しかし腕とともに腹も太く、衰えという言葉はまだまだ先の体付きをしている。

「おお、ジュンイトからのもあるぞ」

 キタシフは、弟から届いた手紙のように喜ぶ。その言葉につられて、ファトストは机から顔を上げる。

「村長からですか?」

「そうだ。手紙入れの質からいって、いつもの近況報告だろう」

 キタシフは雑に封を切り、中から手紙を取り出す。

「話には聞いていましたが、仲が良いんですね」

「こうやって気前良く、人の貸し借りができる仲だ。えーっと、なになに」と、最後に相槌のようなものを挟みながら手紙を広げ、目だけで読み始める。

「ほーー、大したものだ」と言いながらふくよかな腹に手を当て、椅子の背もたれにゆっくりともたれかかる。

「リュゼーといったかな、君の同郷の?」

 そう言いながらファトストと目を合わせ、キタシフは手紙をめくる。

「そうですね。たしか、リチレーヌに行っています。もうすぐ船で帰ってくると聞いてますね」

「それなんだがな。そのまま旅に同行してハオス公国を越え、トンポンまで行くらしい」

 キタシフは手紙へと視線を移す。

「そうなんですね、それは良かった。でもそれぐらいのことなら、村長もわざわざ伝えの手紙なんか書かなくてもいいのに」

「あいつがそれだけで済むわけがないだろ。次の手紙に色々と書いてある」

 キタシフは含み笑いで読み続ける。一通り読み終えると手紙の折り目を正し、大事そうに箱へと仕舞う。

「なんでも、リチレーヌにあるローレイという港からアンカレ港のアスキ家も合流して、沿岸部を北上していくらしい。すでにハオス公国の皇族も旅に同行しているらしいぞ。なんとも大掛かりな旅になるらしいと、ジュンイトは鼻を高くして手紙を寄越したぞ」

 キタシフは箱の蓋を手にして、読むか? と、ファトストに視線を送る。ファトストが笑顔を浮かべてから首を横に振ったのを見ると蓋を閉め、横にある持ち運び用の箱の中に置く。全て読み終えたので、机の上に手紙は残っていない。

「アスキ家が船を出して、海上から支援をするらしい。エルメウス家も船を持っているのだから、自分たちの船を使えばよいのにな」

 問いかけるように、キタシフは視線を送る。ファトストは、スゥーっと息を吸いながら考える。それから、「多分ですが」と話し始める。

「アスキ家が動いたのならば、ホロイ家が船を操縦します。トンポンまでの海路となると、ホロイ家の力が必要なのではないですか」

 キタシフが、「そういうものなのか。海のことはよく分からん」と腕を組む。直ぐにファトストが、「あっ」と何かに気が付いたように言葉を付け加える。

「海運の話です。今回の支援程度なら、エルメウス家だけで問題ないはずです」

「そうだよな。海でのことはよく知らないが、それぐらいならできるはずだ」

 キタシフは腕を組んだまま、自分の考えを確かめるように頷く。

「はい。それと、狙いは塩ではないですか。ローレイはリチレーヌで唯一の名産地です。競合せずに船を出せるなら、船を大きくして数を減らせます。それの予行練習も兼ねているんじゃないでしょうか」

「それぞれが出さずとも、一つの船でいいわけだからな」

「はい。例えエルメウス家が商船を出したとしても、各港を継なぐのはホロイ家です。先ずは、勝手知ったるアスキ家の船で練習するのでしょう。婚約先の港から塩を買い、その塩を使って新たな金儲けを目論む。理に叶っています」

「それが正解なら、商売人の考えというものには頭が下がる」

 キタシフは、次を促すようにファトストを見る。

「最近、雨の降る日が多いハオスとトンポンでは、良質な塩を作るのに手間がかかります。さらに北にも、塩を欲しがる人は大勢いるでしょう。立派な船を見せびらかせば、トンポンからエルドレまで荷を運んで欲しいと、新たに依頼する人も出てくるでしょう。無ければローレイの塩なり、カマルドの塩をマルセールから積み込めば良いわけですし、アスキ家としては無駄も少なくて済みます」

 それで合点がいったのか、キタシフは何度も頷く。腕は組んだままだが、すっかりと力は抜けている。

「時代は変わったというが、家は家だな。商売上手たちは手を合わせて、他国にエルドレを売り込むつもりなのだな」

「頼もしいかぎりです」

「君の話は考えさせられることが多くて、いつも楽しくなる」

 キタシフは腕組みを解き、手を開いて腹の上に乗せる。「ジュンイトは今頃、仕事が溜まってきているのではないか?」

「大丈夫だと思いますが、心配ではあります」

 リュゼーやリュートと違って、俺はどこの家からも声が掛からなかった。それから村でいう、土の歳、つまり仕事の訓練を受ける歳になると、山の麓にあるエネバルの長であるジュンイトの元に、そのままどこも行かずに引き取られた。俺の集落以外でもエネバルの近くに住んでいる者なら、ジュンイトのことを村長と呼んでいる。

「早く返せと言われたら、危険信号だな。帰ったらたんまりと仕事が残ってる」

 キタシフは笑う。

「村長に限ってそんなことはないでしょうが、仕事の増減は予測できないですからね」

 ファトストも笑顔を向ける。

 するとここで、ドアの戸が開く。髪の長い、綺麗な体の線が分かる服の上に外套を羽織った者が、部屋の中に入ってくる。

「キタシフ様、ルーベンクさんから了承を頂いて来ました」

「おお、ルシータや。ありがとう。どうであった?」

 ルシータは手に持っていた鞍を置き場に掛け、そのまま外套を脱ぐ。尋ねられるのがいつものことのように、脱いだ外装を棚に掛けながら受け答えをする。

「ファトストの言った通りにどこまで崩れやすいかを調べてもらい、崩すのと杭で固めるのを比べてもらった結果、崩したのちに杭を打ち込んでから固め直すことになりました」

「そうか、それは良かった。ルーベンクさんたちが納得してくれればそれでいい」

 ルシータは席に戻る前に、ファトストの机へと向かう。

「それもこれも、ファトストが考えた櫓のおかげです。土の運搬が格段に楽になりました」

「いえいえ」

 ファトストはルシータからの目線を、照れ臭そうに逸らす。「生まれた場所が似たような地形だったので、この地に合わせたものに作り変えただけです。俺は何も——」

 キタシフが手を振って、次の言葉を止める。

「ここまで予定と違うことが起きると、何やら不吉だなんて言い出す人がちらほら出てくるはずなのに、君が来てからそれがない。色々と対策を思い付くから、工事人も他のことを考えている暇などないのだろうな。大したものだ」

「それには驚かされました」

 ルシータはそう言ってから机に片手を突きながら体を捻り、キタシフからファトストに向きを変える。

「一緒に来てくれた職人も慣れた者たちばかりで、心から助かるわ。ありがと」

「褒めていただきありがとうございます。代わりに礼を。しかしながら、感謝すべきは王です。それを可能にしているのは、国が金を出してくれているからだと思います。その上、仕事を任せてくれるのも、大変ありがたいことです」

「その通りだ。それでこうして、この場所に橋が架けられる」

 突然ファトストが早口になり、笑いを堪えられなかったキタシフは、笑顔のまま頷く。

「そうですね」

 そう答えてから、ファトストは直ぐに目を逸らす。その目が、『フォレスター橋』と書かれた紙にとまる。

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