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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
96/113

雲の行き先 69 真実は闇の中

雲の行き先はこれにて終わりです。

「その師というものに見捨てられなければいいな。その者にも我慢の限界というものがあるだろうからな」

 リュゼーが言葉を失うと、「冗談だ」と、ドロフは空を飛ぶ大型の鳥を目で追う。その鳥は獲物を見つけたのか、真っ逆さまに池へと落ちていく。

「魚と肉、どちらを食べたい」

「魚と肉ですか?」

「そうだ」

「肉ですね」

 リュゼーは即答する。

「昨晩、店であれほど食ったのにか?」

「はい。聞かれたら、肉ですね」

「しばらく見たくないと言っていただろ?」

「はい。昨日はそう思いましたが、今はふと、肉が食いたいと思いました」

 ドロフは池に目を向ける。池のほとりの視界を遮っていた木々の間から、獲物を手にした鳥が姿を現す。

「池だから魚かと思ったが、水を飲みに来たチュウだったか」

 鳥は獲物を足で抱えたまま、山の住処へと戻っていく。

「賭けはお前の勝ちだ」

 ドロフは独り笑う。

「すみません、聞き取れませんでした」

「気にするな。こちらの話だ」

 ドロフはリュゼーに顔を向ける。

「途中で口調が変わったらしいが、どうしたのだ?」

「師の真似をしました」

 リュゼーは素直に答える。

「お前の師というのは、随分と拙い話し方をするのだな。聞いている話と違うようだが」

「真似をしようとしましたが、真似しきれませんでした」

「そこがお前と師の違いだろうな」

「その通りだと思います。歳や身分など、どうしても真似できないところがありました」

「それがお前というものだからな。個の性質とはそういうものだ。お前は人の真似を自分なりに変えるのが上手い。優れた者がいたら真似をしろ。話し方や人の導き方などそれら全てを自分のものにして、何者にもなれるようにしろ。それがお前の生き抜くための術だ」

「はい。いつ何時でも、それを心に置きます」

「それとだ、人の話も遮るな。知識として持っていても、取り敢えずは聞け。別の視点が生まれる。新しい情報により、確信が持てることもある。それにだ、相手は知識として持ち合わせているのか、確認をとっているだけのこともある。ためになることが次に控えているのに、自らそれを絶っては勿体無い。いかに情報を手に入れるかだ。話しで気分の良くなった相手から、耳寄りのものが手に入るかもしれない。俺がその師ならそう教えるだろうな」

「ありがとうございます。肝に銘じます」

「そうしてもらえると、その師という者も喜ぶだろうな」

「喜ばれるようにいたします」

 そろそろチャントールの別宅に到着する。師はその場でどうすればよいかを、教えてくれているのだろう。

 リュゼーはドロフに目を向ける。

 ひとつだけ気になることがある。ヘヒュニとの遣り取りを師が知っているわけがない。

「どこでその話を聞いたのですか?」

 その後、あの場で師とウィーリーは言葉を交わしていない。

「色々と教えてくれる、親切な人はいるものだ」

 あの場にいた者で師と話をできたのは、使用人しかいない。疑問に思ったことは尋ねろと言われた。答えてくれるかは分からないが、どうしても知りたい。

「ヘヒュニの元を去った後は、チャントール様の近くで終わりまで過ごしました。あの出来事を知っているのは、使用人の方たちしかおりません。話の伝達を請け負ったのは使用人の方ですよね?」

「まあ、そんなことができた者は他にいない。そうだろうな」

 真実かどうかは分からないが、答えてはくれるようだ。

「それをどうやって選び出したのですか?」

「選び出したのか紛れ込ませたのか、それとも育て上げたのか。一体、どれなんだろうな」

「育て上げるとかとあるのですか?」

「無いこともないだろうな」

「そんなことが……」

「婚約が発表されてから、どれぐらいの時間が経っていると思っているのだ。何も難しいことではないだろ」

「晩餐会を見越して、そんなにも早くから動いていたというのですか?」

「外交とは恐ろしいものだな」

 ドロフは意味ありげの顔で言葉を漏らす。

 婚約を発表するまでに、関係各所と調整を行なっていたと聞かされた。その時から色々と考えられて、この旅のために準備されていたことになる。

 リュゼーは横目でドロフのことを見る。

「師はエルメウス家の者ではないのですか?」

「なぜそれを聞く。そんなものは調べれば分かることだろ?」

「国が関与すれば、所属やそれに関した書類などはいくらでも改ざんできます」

「俺が家に戻ってきた時、昔からいるやつは俺のことを知っていただろ?」

「確かにそうでした」

 エルメウス家に関係した者もそうだが、都市にも師の昔を知っている人はいた。それならば師は何者なのだ?

「国に仕えていたとのことですが、何をしていたのでしょうか?」

「今と同じようなことだ」

 この物言いならば、意味は何とでも取れる。

「今と同じですか。それでは本家の方で、お見受けしたことがない方が多数おられます。その方たちも同じですか?」

「そいつらは、他国との繋がりを主に担当していると説明があっただろ?」

 エルメウス家は他国とも貿易を行うため、その国の文化や言語に精通しているものが専属で担う者がいることは確かだ。その地に赴いて商談をまとめることもある。しかし今回は隣国のリチレーヌだ、本家として誰が担当をしているぐらいなら知っている。ディレクがそれだ。

 見たことのない人は、女王と面会するためにそれなりの地位を持つものが選ばれたと思っていた。それにしては表立って行動していない。

「宿場町ルクウスでの出来事ですが、気になることがあります」

「おお、そんなこともあったな。お前とチェロスが捕まえたチュウに、毒が仕組まれていたとかいうやつか。それがどうした?」

「普段見かけない本家の人は誰一人として家について触れなかったのに、保安を統括しているオドレイ様だけが『エルメウス家に弓を引く』と申されました。チェロスが街中で聞いた話が発端です。私たちは狙われていたということですか?」

「荷が襲われるなど、よくある事じゃないか。今回は直接荷が襲われたわけではなかったから、そのように言っただけだろ」

「今となってはですが、本家の方達の態度が普通でオドレイ様の考えは些か行き過ぎているように感じます」

「荷や家人の安全を守るというのは、そういうことではないのか?」

「その考え方は必要だと思いますが、本家の方々とオドレイ様の態度があまりにも違います。同席した人の中で、一番歳の若い方だけがこちらの顔色を窺っていました。あれは人の話を聞くというものではなく、こちらの技量を測っているものでした。ウィーリー様から感じたものと同じです。そして、本家の方々から師と同じものを感じました。よく訓練された人が放つ気です」

「成人前の若者に気取られるとは、あいつもまだまだだな」

 その言葉で確証が得られた。

「やはり皆さんは、何が起きたのかを知っていたのですね」

「若くしてエルメウス家に招かれるだけのことはあるということだな。エルソンの人を見る目には感心させられる」

「仕えていた役職というのは、外交を担当していたのではないのですか?」

「その前に、初めの問いに答えてやらないとな。俺もあいつらはエルメウス家出身だ。それは間違いない。エルドレ内にどれほどの間者が潜んでいるかは見当も付かないが、それら全てを騙すにはエルメウス出身の者でなければならない」

 これはリチレーヌに対して言っているのではない。帝国やその他の国に対してだ。ここは直接、聞くしかない。

「つまり、軍部ということですか?」

「そうだな。あいつらは軍の諜報機関に属している」

「やはりそうでしたか」

 いくらエルメウス家の情報収集能力が長けているといっても、ここまでくると何かしらの組織が関与していると思っていた。エルメウス家より上位に位置するのは国しか残されていない。軍部のどこかは察しが付いたが、諜報機関だとは思わなかった。

「あいつらは、ということは、師は違うのですか?」

 危うく聞き逃してしまうところだった。

「俺か?」

「はい。教えてください」

「俺は何だろうな。何でも屋とでも言っておくかな」

「何ですかそれは?」

「後々、分かってくるだろ」

「答えになっていません」

「しつこいやつは嫌われるぞ」

「それでは、これだけは教えてください。どこからどこまでが仕組まれたことなのでしょうか?」

「全部かもしれんが、そうでないかもしれん。はたまた、起こった出来事を上手く利用したのかもしれん。真相は闇の中だ」

「そんなぁ」

 ドロフが前を向く直前に自分の反対側の口角が僅かに上がったのを、リュゼーは見逃さなかった。

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