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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
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雲の行き先 68 師と弟子

「それについては、ボウエーンからデポネルに向かう途中で理解したと思ったのだけどな」

 その言葉でリュゼーの動きが、一瞬だけ止まる。

「待合室でロシリオから情報を得て、勘違いでもしたか?」

 ドロフは言葉を続ける。

 師は、感情豊かな人物だ。普段は陽の気が漂う為、時折見せる不機嫌な態度に肝を冷やしてしまう。

「申し訳ありません」

「気にするな。もうしないのだろう?」

 その問い掛けに対して、リュゼーは直ぐに答えられないでいる。

 ドロフはリュゼーから言葉を引き出すためか、腕を組みながら馬車に身を委ね、何も言わずに風を浴びる。血の気が引いていた顔は、すでに赤みが差している。

「申し訳ありません」

 ドロフから返事はない。

 師はよく、考えがあるなら口に出してみろと言う。頭の中で考えているだけでは雲を掴むのと一緒で、かたちになっていない。うまく言葉にできなければ描けばいい。自分の外に出した時に初めてかたちとなる、という考え方だ。

 漠然としたものは当然として、うまくはいかない。だが、それだからこそ何が理解できていて、どこが足りないかが分かる。

 頭の中で考えるだけでは、チャントールの時のように都合の良い考えのままになってしまうこともある。口に出してみると、己の気持ちや間違いに気が付くこともある。

「今なら理解できます。この旅の途中までは、エルメウス家に迎えられるための知識で十分でした。役割や求められるものが変わった場合には、それでは足りません。晩餐会での所作もそうでしたが、何をするにも知識が必要だということを学びました」

「それで?」

 ドロフは一呼吸置いてから尋ねる。

「この出来事を通じて手に入れた情報は、全て他人からもたらされたものです。師を含めてロシリオからもです。何が必要かを考えて、自分から求めたものは無いに等しいです。その情報が正しいのかを確認していませんでした。その相手に悪意があったら、いいように使われてしまいます。言われたことをやるだけならば、他の者でもできます。機会を得た時に認められれば次もありますが、その逆ならば他の者に役目は移ってしまいます」

 何か気になる言葉があったのかドロフはそれを注意しようとするが、リュゼーの真剣な顔を見ると、舌打ちをするように顔を歪めてそれを引っ込める。

 いつもの二人ならば『師』の言葉に対しての掛け合いが見られるが、今はそれがない。

「辛気臭い顔をしやがって」

 ドロフは言葉を漏らす。その顔から、茶化せないのが苦痛、という心の内が読み取れる。

「生まれ付きです」

 リュゼーはさっきまでの神妙な面持ちから、口調ごと変える。ドロフは、おっ? っと片眉を上げて、リュゼーを見る。

 師は、説教を受けている時に反省をしている顔をする奴は好きじゃない。以前、『相手に反省している姿を見せるために頭を使うなら、次にどうすれば良いかにまわせ』と叱られた。『お前のためにと言っているのに、何故、俺を気持ち良くしようとするんだ。そんなんで手を緩めるなら始めからやらん』とも。

「返せるようになってきたではないか」

「一年とはいきませんが、半年以上はお付き合いをさせていただいた結果です」

 怒る相手を笑わすことができれば逆に認められる、とも言っていたが、それは今の実力では無理だ。

「常に視点を変えて考えろと、師は教えてくれていたのを忘れていました」

 まだ言うか、とドロフは鼻で笑う。

「不勉強な弟子だと分かっているのに、その師は諦めないのだな。これからも感謝しろよ」

「はい、これからもよろしくお願いします」

 ドロフは煩わしそうに、リュゼーを一瞥する。

「お前が手に入れた情報は、すごいものだから大切にしろよ」

「えっ?」

 再び話が変わる。

 師は順序立てて話をしてくれることもあれば、突然と変わる時がある。本人の中では繋がっているらしいが、凡人には理解が追い付かない。

「ロシリオから手に入れた情報だ、凄いのだろう? 待機していた部屋で、お前が家の皆に豪語していたじゃないか」

「豪語などとは……」

「違うのか? どちらにしろロシリオから得た情報だ、言うほど凄いのだろう。帝国が動き始めている今となっては、その一つひとつが大切だからな」

「なっ、な……」

 リュゼーはそこまで言って、無理やり口を閉じる。

 ロシリオから教えられた帝国の動きにについて、師に話をしていない。なぜそれを知っているのだと、一瞬だけ思ったがそれを考えたところで無駄だろう。試されたのだ。反応をしてしまったので、見抜かれただろう。

「どうした?」

「いえ、何も」

「そうか。もしそれが皆が知り得る情報だとしたら、お前だけでなくロシリオの評判も落としてしまうからな。取り扱いには気を付けろよ」

「重要事項なので、そう致します」

 やはりと言うべきか、多分間違いはない。頭の切り替えが遅れてしまった。

 婚礼が決まると関連した仕事が増え、人手不足として色々な人がエルメウスに呼び戻された。国に仕えていたらしいので、それだけでもすごい方だとは思っていたが、知れば知るほど師の底が知れない。

「それよりも、感情を制御するのにまだまだ努力が必要だと感じました」

「そうだな」

 ドロフは満足げに笑い、水を飲む。

「リチレーヌだけでなくこれから他国を回るのに必要な能力となりますので、精進いたします」

「見習いは、ゲーランド翁のローレイ港までで役目が終わるはずだぞ?」

「見習いは、ローレイ港から都市マルセールに戻る取り決めです。見習いは、です」

「お前は違うというのか?」

「見習いですが、私にはロシリオから知り得た情報があります。今後も連れて行く価値があります」

 手綱を握る手から余計な力は抜け、リュゼーが操る馬は、脚で力強く整備された道を蹴る。

 ドロフは席の外側に体を預け、冷ややかなようでおもちゃを見つけた子どものようでもある、何とも言えない顔でリュゼーを見る。

「ご心配をおかけしました。馬はしっかりと扱いますので、いつでも手綱を取れるように備えていた手は、どうぞご自由にしてください」

 ドロフは怪しく片目を細め、同じ方の口角を上げる。

「口が上手いと減らず口は違うし、減らず口は単なる負け惜しみだぞ」

「必ずや、お役に立ちます」

「そうか、そうだな。もしもその情報が、皆が知り得るものだったとしても、それを上書きすれば何も問題はない。難しいことでは無いだろ?」

「上書きをすることは必要なことではありませんが、間違いはございません」

「それを聞ける時を楽しみにしている」

「期待に応えられるように努めます」

 他の人にとってはどうなのか判断できないが、この人にとっては知っていて当然のことぐらいの些細な情報なのだと思う。師を満足させられるものを手に入れられるように、これから動くしかない。

「極上の情報を握っているはずなのに、変な物言いだな」

「口下手のため申し訳ございません。それも含めて、色々と師に相談したいと思います。情報が正しいのか間違っているのか、その時に判明するかもしれません。それに、困ったことがあるなら師は助けてくれます」

 それを聞いたドロフは、ニヤリと鼻で笑う。

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