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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
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雲の行き先 66 狙いと願い

「起死回生を狙える手は、最後まで取っておけ。寧ろ、そんな手は使わない方が好ましい。今ある手は隠したままで、その場から新たな手を見つけ出せ。そんなものその辺に転がっている。隠してた手が後々、大化けするなんてことが多々ある」

「すみません。ありがとうございます」

「謝る必要はない、身内だろ。分かってる。あの動きで、任務を妨害しているわけじゃないんだろ?」

 その言葉を受けて、リュゼーの手が、ピクリと動く。手綱を介して馬に気持ちが伝わるのを、リュゼーは必死に堪える。

「こちらの常識で動いてしまいました。ここは他国です。その土地の者を口説き落とすには、その土地の者になって考えなければ駄目だということを学びました。そのためには知識も蓄えないといけないことも、痛感しました」

「相手はこちらの都合よく動いてくれないからな。会話でもそうだ。話の流れが変わったとしたら、言おうとしていたことを堪えろ。流れなど一言で変えられる」

「ありがとうございました」

 あの時、師はいつの間にかチャントールの横に位置し、『女の子ですか?』の一言で孫の話へと流れを持っていった。

「それなのにお前っていうやつは」

「ため息を吐かれても、しようがありません。チャントール様が酒を注ぎ始めたのに、杯を手にしたままで輪に入っていました」

「勘が良いのか、悪いのか。あれをやられてしまっては、さすがに見ているだけではいられなくなった。本心ではあの後、俺にどう動いてほしかったのだ?」

「それはですね、その。つまり……」

 どう動いて欲しかったと問われれば、全てがうまくいって褒めてほしかった。

 勢い勇んでチャントールに挑んだ結果、自分ではどうにもできずに師に助けてもらったのだ。そんなことは言えるはずがない。

「どう動いてほしいというのは無く、話の流れに乗って用意した品を勧めるつもりでした」

「欲に目が眩む、というやつだな。やってることは、神話の世界そのままではないか」

「それについて教わっているはずなのに、活かすことができませんでした」

「誰に教わったのか知らんが、場面が変わったらできなくなるでは、そんなやつ、使い物にならないな。全て勝つ必要はない。目的のものを手に入れるためなら、他は全て負けたっていい。情けない姿が上手いお前にとっては、それの方が得意だろ。その師とやらにやり方を教えてもらえ。俺は仕事といえ、そんなやつ教えるのは勘弁してもらいたい」

 ドロフの声に生気が戻ってくる。これ以上は、スープを飲まなくても平気そうな顔になってきている。

「安易に動いてしまったのを後になって悔やんでいます。あの時動かなかったら良かったと、考えています」

「若さゆえの過ちというやつか?」

「そうなのかもしれません」

「それなら問題ない」

「えっ?」

「何もやらないやつより、何かをやるやつの方がこちらとしては動かしやすい」

「どういうことでしょうか?」

「酒のことを考えたら、ぶり返してきた。あとは自分で考えろ」

 気持ち悪いのが戻ってきたのか、ドロフは眉根を寄せて深く息を吐く。

「ありがとうございました」

「感謝するのはチャントール様に、だ」

 自分には必要ないと、ドロフは手を振る。

 その通りである。他国のエルメウス家が勝手に決めた制度を破った時の罰の深さなど、知らないだろうに重く受け止めてくれた。だからこそ、あそこで師が酒を飲んだことが利いた。

 人は思い通りに動かない。当たり前のことが、あの時は頭から抜けていた。自分で会話の流れを作る難しさもそうだ。馬車の横で使用人と交わす、四方山話とはわけが違う。

 リュゼーの馬車を操る手が、段々と拙いものへと変わっていく。

「飲まないためにどうすればよいかなど考えずに、自分は酒を飲まない前提で物事を考えていました。そのことにより、当初の想定が何ひとつ上手くいかなかったです。酒を飲まないことなど、どうにでもできると思ってました。ところが、現実は違うものでした」

 リュゼーの手綱を握る手が少し膨らむ。

 感情を表に出すなという教えを守っているのだろうが、悔しい気持ちを抑えられないらしい。ドロフはそれを素知らぬふりで盗み見る。

「頭の中では、何もかもうまくいっていました。相手に通じない時のことを考えていませんでした。自分ひとりで何でもできると思い込んでいました。相手がいることなのに、その考えをこちらの都合で決めつけていました」

 ここでリュゼーは息を吸う。次が続くのかと思われたが、歯を食いしばって言葉を止める。それから、眉を顰めて鼻から息を吐き出す。

 馬が落ち着かない様子で馬車を引く。

「狙いが願いになってしまっている。当たればデカいが、外せば終わる。あの場で使う手ではなかったかもな」

「おっしゃる通りです」

「でもいいんじゃないか。どんなものでも、狙いが当たれば上手くいく。たまたまでも当てれば、すぐに偉くなれる」

「同じようなことはしません」

 リュゼーが黙ると、ドロフは水を飲んでから外を向く。

「ありがとうございます」

 次に続く言葉がなくなり、リュゼーは話しかける。

「さっきから、何にだ?」

「はい、助けていただいたのもそうですが、茶の知識など色々と、です」

 考えると、全てにおいて操られていたのではないかと思ってしまう。何も考えずながむしゃらにやった結果が良かった、というものではないのは身に染みて分かる。

「お前の師というのは難儀だな。師と仰いでさえいれば、助けてもらえると思われているんだろうな」

「そうではありません」

「口だけで言われてもな。そんなのは何とでも言える」

「申し訳ありません」

「気にするな、俺は師などではないからな」

 これを言われてしまうと、何も言い返せない。

「しかし、ヘヒュニのやつ。面白いことをするな」

「何がです?」

 次だ。

 頭を切り替えなければ、師の話に乗り遅れる。

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