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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
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雲の行き先 61 本当のオススメ

 ヘヒュニと合わせていた目を逸らすように、自分の手元まで視線を下げてからリュゼーは俯き加減に体を前に倒す。顔つきから、何かを恥じて詫びている感じが伝わる。

「正直に申し上げます。キュポ貝の話をしている途中で、どうしてもお勧めしたい品を思い付いてしまいました。この館に運び込まれた荷の中に含まれていたので、すぐにでもご覧になれます。その品へと話を繋げようとしましたが、上手くいきませんでした。エルドレ家の方々は難なくこれをこなします。まだまだ足りないことばかりです」

 リュゼーは顔を上げる。

 後悔の念を感じさせる爽やかな笑顔に、将来を感じさせる若者が見せる真っ直ぐな気が混じり合い、実にいい顔をしている。

 ウタニュが変な咳払いをする。リュゼーはウタニュに視線を移す。

「それを聞いてしまっては、聞かざるを得ないではないか。ヘヒュニ様はお優しい方だ。そこまでせずとも、願い出ればお受けくださる」

 ウタニュが口を挟む。

 明らかに口調が柔らかくなっている。相手を下に置く言葉は、裏を返せばヘヒュニを高めることになる。

 女神の下に平等。

 その女神の代わりとして、ヘヒュニが会を取り仕切る。女神を褒め称える振りをしながら、ヘヒュニを誉めることも可能となる。随分と、頭と口を使う会だと思う。

「ウタニュもあのように申しております。どうでしょう、これについては続けさせても良さそうですが」

 デゴジがヘヒュニに尋ねる。ヘヒュニは目配せをして、承認の意思を示す。

「その品の話だけで良い。他のことは不要だ」

 念を押すように鋭い視線を向けるデゴジに、「承知しました」とリュゼーは答える。

「キュポ貝の中からごく稀に、白く輝く珠が取れます。その数、千から万のキュポ貝に対してひとつだとか。その珠の内、百にひとつの割合で淡い紅色に輝く珠が存在します」

「それで」

 デゴジは次を促す。

「その珠は日の光や人肌に触れると、輝きが失われてしまいます。熱を加えてもその輝きが損なわれるために加工が難しいのですが、その輝きは保たれたまま、低温の蝋で閉じ込めた品があるはずです」

「それで?」

 デゴジが答える。

「蝋で保護されている為、指輪にも首飾りにも加工できます。希少性や質、この逸話も含め、ヘヒュニ様に相応しい物であると自信を持っておすすめできます」

「面白いではないか」

 ヘヒュニはそう言いながら、リュゼーを讃えるように何度か手を叩く。リュゼーはそれに、挨拶を以て返す。

「計算すると、リチレーヌの人の数に対して『たったひとつ』となります」

 デゴジがヘヒュニに伝える。ヘヒュニは「そのようだな」と頷く。

「薄紅色といえば、リチレーヌにおいてたったひとりの存在である女王が好んで纏う色。その色を見れば誰もが女王を思い浮かべます」

 ウタニュも言い添える。

「ひとつ聞いても良いか?」

 ヘヒュニが尋ねる。

「私の分かる範囲でしたらお答えします」

 リュゼーは挨拶を以て、ヘヒュニに答える。

「我ら三人の好みは知っておったのか?」

「ヘヒュニ様と女王の関係はお聞きしておりましたが、他のお二人については何も」

 ヘヒュニはテーブルの上にある杯に手を添えたまま、しばらくリュゼーを見詰める。

「嘘は無いな?」

「はい。ヘヒュニ様に対し、嘘はありません」

「こしゃくな真似を」

 そう言うと、ヘヒュニは杯に口を付ける。

「どうとでも取れる答えをするのが上手くなったでは無いか。どう思われる?」

 ヘヒュニは手に持つ杯を、それぞれの貴族に向けるようにして問い掛ける。手放しとはいかないまでも、リュゼーを認める雰囲気を貴族たちは出す。

「姫の喜ぶ顔が目に浮かぶのう」ヘヒュニは手を叩いて喜ぶ。「早速、レータに文を作らせるのだ」

「お任せください。最高の言葉を作り上げさせます」

「頼んだぞ」

 ヘヒュニは楽しそうに、デゴジに話し掛ける。

「お時間をいただければ、最上級の物を選び抜き、新たにお送りいたします」

 その様子を見たディレクが、ヘヒュニに話しかける。

「ということは、多くは採れない物なのだろう? 今ある物で構わないがな」

「お気に召したら、差し上げます」

 少しの間が空く。

「金は要らぬと?」

「もちろんでございます」

「ならん。その品の金は出す。指輪はこちらで作らせていただく。それを友好の証として姫様に献上する。それの方が姫様は喜ばれる」

「それでは足りません」ディレクが慌てる。「こちらとしても何かしらのお手伝いを致します」

「その品を探し出してくれるだけで事足りる」

「いやいや……」

 長テーブルの上で続けられている会話を他所に、デゴジがリュゼーに語り掛ける。

「品物の歴史や物語を知ると、物の価値が高まるといったところでしょうか?」

「そんな大層なものではありません。品にお勧めする価値があっただけのことです」

 正しくは、ヘヒュニの好きな物はそれぐらいしか知り得ていない。師との訓練で想定していたヘヒュニとはかなりの差があったが、上手くいったのではないか、と自分でも思う。

「ところで君は、あれほどの品を全て覚えているのか?」

 もちろん答えは、把握していないである。しかしそんなことは、口が裂けても言えない。

「エルメウスでは、『いつでも要望に応えられるように、家で取り扱える品を全て覚えろ』と教えられます。私の能力不足の為、家で扱う全ての品はまだ覚えることはできていませんが、こちらに運ばれた品については目を通しています」

 先ほどまでの全ては、馬車で師から聞いた話を上手く繋ぎ合わせたにすぎない。

「取り扱える品は無限にあるだろう。この世の物を全て覚えろと言われているのだな。何とも酷い話だ。どちらにせよ、家から言われたことを、しっかりとこなしているようだ」

 ヘヒュニは感心するように頷きながら言葉を漏らす。

「ありがとうございます。勉強不足ゆえ、色々とお教え下さい」

 リュゼーは作法に則り、リチレーヌの貴族たちが行う挨拶をする。ヘヒュニはそれを返す。それを見た皆の注目が、リュゼーに集まる。

 このような場合はどうしたら良いか迷っているリュゼーにウィーリーがそっと近付く。ウィーリーはそのまま、リュゼーの肩に手を置く。リュゼーは何かを察知し、肯いて応える。

 これ以上は貴族から反感を買う恐れがため、ここが良い潮時らしい。

 後ろに下がろうとするとウィーリーから、「——期待していた以上だよ。ありがとうね」と、リュゼーだけにしか聞こえないあの声が聞こえてくる。

「——まだ終わりではありません、デゴジが残っています」

 リュゼーも同じ話し方で返す。

「——冗談抜きで言ってるの?」

「——本気です」

「真面目だねぇー」

 ウィーリーが驚きの声を上げる。

「これこれ。何をコソコソと話したのか知らんが、リュゼーを虐めるでない」

「ヘヒュニ様、申し訳ありません。この者に『今なら酒を飲んでも大丈夫じゃないか?』と尋ねましたところ、それでも断ってきたので驚いてしまいました」

「酒か。確かにそうだな」ヘヒュニは頷く。「喋り疲れて喉も渇いたことであろう」

 ヘヒュニが小さく手を挙げると、使用人がリュゼーに近付き杯を渡す。ラギリは「良かったな」と、笑い掛ける。

 酒を注ごうと使用人が近付いてくるが、リュゼーは杯を出せないでいる。なかなか杯を出さないでいるリュゼーに対し、貴族たちの雰囲気が悪くなる。

「この国に住む同じ歳頃の者なら、こういった場では少量でも酒を飲むのが正式ですが、他国のことです。ご容赦ください」

 ウィーリーが貴族たちに声をかける。

「この様な格式の高い場でなら、許されるのではないのですか?」

 デゴジの言葉に「エルメウス家としも不問にするでしょう」と、ディレクが口を開く前にインテリジが返す。

 リュゼーは悩んだ末に、杯を使用人が差し出す瓶に近付ける。酒が注がれる寸前、リュゼーは咄嗟に杯を引っ込める。使用人は慌てて、酒を溢さぬために注ぎ口を上げる。

「大丈夫でしたか?」

 リュゼーが謝ると、使用人は驚きつつも笑顔で応える。

「——合格」

 ウィーリーの、あの声が聞こえる。リュゼーがウィーリーに顔を向けるが、目が合うことはない。

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