雲の行き先 57 武と商いと駆け引きと 中
トン、と心地良い音が鳴る。
その音により、皆の視線がヘヒュニに集まる。
「他人の噂話ほどよく聞こえるもの、それが狙いではありますないな?」
ヘヒュニはテーブルに置いた杯から手を離し、笑いながらディレクに尋ねる。
「それについては、私からはお話しできません」
ディレクも笑い返す。
「そんな風に隠されてしまうと、益々興味がそそられてしまいますぞ」
「ご冗談はおやめ下さい。私は貴国との取り引きの為、本家に戻ることは稀となります。それにより、本家勤めの者はあまり詳しくないのです。お話できないと申したのはそのためです」
「晩餐会の場でその様なことを申されていましたな。それでは家の事について明るいインテリジ殿ならばご存知ですかな?」
ヘヒュニはディレクの後ろに控えているインテリジに顔を向ける。
「僭越ながらお話し致します。我が国エルドレでは、才能がありそうな者を見つけた際にはその土地の長に手紙を書き、幼き頃より確保することが慣わしとなっております。待遇や給金など有利な条件を付けて招くことがありますが、我がエルメウス家ではそのようなことは一切しておりません。エルメウス家には願い出るだけで入れるわけではなく、実力不足と判断された者は篩に掛けられます。最終的に残ったものが晴れてその家の一員となります。その中でも期待されている者が、この旅へと選ばれました」
「名家と呼ばれるエルメウス家に若い頃から出入りしているとなると、それだけで優秀というのが示されるということですかな?」
「己が描いた絵に賛を送るようですが、その認識で間違いはないと自負しております」
インテリジは身を引く。
「だそうですが、それについてはいかがです?」
「我が家でも有数の、若い才能を見つけ出す能力に長けた者がリュゼーを見つけ出したと聞いています」
「ほう、ほう」
興味をそそられたのか、ヘヒュニは顎を摩る。
「ということは、その若者を見ればその家の程度が知れるということですな。エルメウス家の皆様は何とも羨ましい」
ヘヒュニは小さく手を挙げて、ウタニュの話を遮る。不承不承にウタニュは口を閉じる。
「この様に申していますが、悪いやつではないのです。我が配下の気持ちも汲んでいただきたい」
「お気になさらずに、貴国にとっては真偽が定かではない婚礼というのを承知しております。こちらとしましては、ヘヒュニ様はその指導力をもってデポネルをリチレーヌでも有数の都市へと築き上げられました。人材登用も優れているとお聞きしています。その様な御仁の目に留まっただけでも、エルメウス家にとっては誇らしいことだと考えます」
「ご理解いただき、嬉しく思います。しかしながら、その様に言われると悪い気はしないですな」
ヘヒュニは嬉しそうに腹を、ポン、と叩く。
「確かに、ディレク様ほどの優秀な方に言われると嬉しいものです。晩餐会でのお話は素晴らしいものでした」
デゴジが追従を言う。
「そうであったな、取り扱う品についての知識も深いものであった。優秀なエルメウス家は信頼に値するな」
ヘヒュニは叩いた手で腹を撫でながら、その時の話を思い出す。
「優秀であるか無いかだけで、それを判断するのは危険ではありませんか? 優秀ということは、裏を返せば人を欺くことができるということ。よくお考えください」
「それについてはウタニュと同意見です。時期尚早だと考えます」
それを聞いたヘヒュニの表情は一転して難しい顔となり、閉じた口の両端を下げながら深い溜め息を鼻から吐き出す。
「この度の訪問で信頼をいただけるとは考えておりません。信頼とは長い年月をかけて築き上げていくものと、私どもは考えております。そための第一歩とお考えいただけませんか?」
ディレクはヘヒュニの顔から胸の内を察し、その後ろに控える二人に語りかける。
ヘヒュニは小さく手を挙げた後、肘から上だけを振って二人が話し始めるのを制する。
「度々、気を使わせて申し訳ない。あちらの顔を立てれば、こちらから不満が出る。人と人とは難しいものだ」
ヘヒュニは上げた手をおでこの上あたりに当て、小さく円を描く様に動かす。
「信頼関係についてはディレク様のおっしゃる通りだと思います。納得もいたします。ですが、優秀という点ではどうでしょう。お話をさせていただいた限り、ディレク様とインテリジ殿は優秀な方だと分かりました。ですが、その他の者はどうでしょう。私には判断できないので、何とも言えませんが」
ウタニュはそこで言葉を切り、リュゼーに目を遣る。
「信頼する、しないを別にしても、優秀であることは大切なことでしょう。領主を支える立場としてお伝えするなら、愚かな者は考えが浅はかなためによく裏切ります。優秀というのは損得勘定ができる者であり、信頼とまではいかなくても、利害関係を共にするのに足る存在であると考えます」
リュゼーに目を向けることはしないが、敢えて見ないことにより存在を無視することを示し、デゴジは自分の考えをヘヒュニに伝える。
「困ったものだ」
ヘヒュニはそう呟くと、徐にディレクに顔を向ける。しばらく顔を見続けることにより、エルメウス家の名誉を回復する手立てを期待する。一番簡単な方法はリュゼーの能力を示すことだろう。
それに伴いリュゼーは構える。
ところがディレクから何の返答もない為、ヘヒュニは己の言葉通りに顔を困らせる。
ディレクとしても何かしらの反応をしたかったのだろうが、リュゼーのことを深く知らないが故に判断に迷いが生じてしまったのだろう。そうなるとリュゼーとしては諦めるしかない。ここで知識を披露しても、得意なものを述べただけだと判断されるだけになる。
リュゼーは、悔しいが今は堪えるしかない、それしかない、これはしょうがないものだ、と何度も自分に言い聞かせる。それでも諦めきれずに、自ら進み出たい気持ちを必死に抑えてディレクと目を合わせるためにその顔を見詰める。




