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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
83/113

雲の行き先 56 武と商いと駆け引きと 上

 ロシリオの配下たちは先ほどの『酒の肴』と言っていた時と同様に、面白おかしく何やら話をしながら酒を酌み交わし始めた。リュゼーを見る貴族たちの目も変わっている。何より、ヘヒュニが笑っている。ボウエーンで行われた会でのものとほぼ同じ、含みのあるあの笑みでだ。

 気にしない、とウィーリーから言われたものの、自分の行った挨拶の前と後とで明らかに皆の態度が変わってしまったのだから、この状況で気にならないわけが無い。

 何故この様な状況になったのかを理解するために、リュゼーは視線を這わせながら周囲を探る。

 思い当たる節が無いために探し当てるのは難しいかと思われたが、その答えとなるものは簡単に見つかる。リュゼーを見るラギリの顔がそれを物語っていたからだ。俗っぽく言えば、やっちまったな、である。

 リュゼーはその表情から何かを察し、助けを求めるためにウィーリーに目配せをするが、返ってきたのは『何か問題でもあるの?』とのとぼけた顔だった。

 寄る返なく困惑しているリュゼーを見たラギリは、軽く舌打ちをした後、溜め息混じりに前のテーブル席へと顔を向ける。

「ヘヒュニ様、先ほど致しましたが私も今一度だけ」

 ラギリはそう述べてから片足を前に出しつつ右手を頭の位置まで上げ、「ラギリでございます」と、左腕を大きく横に伸ばしながら上げた右手を胸に当て、俯き加減で腰を屈めて優雅に挨拶をする。

「意地の悪いことを」

 ヘヒュニは笑いながら両手を広げた後、右手を胸に当てて挨拶を受ける。

「そうでしょうか?」

 ラギリは先ほどの姿勢のまま、顔だけ上げて受け答えをする。

「そうだ。ラギリという男は商いは真っ直ぐだが、性格は捻くれておる。物腰は柔らかいのに、腹の中で何を考えているか分からぬやつでもあるな」

 ヘヒュニは、言葉の途中で顔を伏せたラギリを見詰め続ける。

「ご冗談を、それではどこぞの馬の骨と同じではないですか」

 ラギリは抑揚無く答える。それから、都合の悪い話をはぐらかしたいのか直ぐに姿勢を戻し、「おい」とリュゼーに話し掛ける。

「俺はヘヒュニ様が言う様に商人だ。両手を広げて武器を所持していないことを示す必要もないし、剣を持たぬ故にいくら屈もうが背後にぶつける心配はない」

 一呼吸置いてから、「分かったか?」とラギリは念を押す。

 先ほどウィーリーが行った挨拶での所作は、武人が行う挨拶なのだろう。ラギリは他国で武を示すなと忠告したのに、舌の根の乾かぬうちに武人式の挨拶をしたリュゼーに対し、何かしら思うことがあってしたのだろう。いや、してくれた、と言った方が正解かもしれない。そうでなければ、所作に込められた意味を教えたりなどしない。それがたとえ、話題を変えるためであったとしても。

「お教えいただき、ありがとうございます」

「気にするな」

 ラギリはそれだけ言うと口を噤む。

「申し訳ございません。そんなこととは露知らず、ウィーリー様の見様見真似で挨拶をしてしまいました」

 平身低頭、リュゼーはヘヒュニに詫びる。

「私からもお詫び申し上げます」

 ディレクはヘヒュニの目を見て、謝意を伝える。

「気になさるな」

 ヘヒュニは左の手のひらをディレクに向け、腹を右手でさすりながら首を横に振る。

 ウタニュも小さく首を横に振るが、ヘヒュニのそれとは違う。納得できないのか、「ものを知らぬとは、実に恐ろしいですな」と呆れる。

「程度が知れるとは、この様な者のことを表す言葉なのではないか?」

 デゴジがウタニュに笑い返すと、貴族たちも小馬鹿にして笑う。その会話を聞いたリュゼーが己の行いに恥じ入ると、それを見た貴族たちの顔はさらに、にやにやとしたものに変わる。

「誠にその通り」

 ウタニュが次の言葉を続けようとすると、ヘヒュニが小さく手を挙げる。それを見たデゴジとウタニュは口を閉じ、互いに目配せを交わす。

「お気を悪くされていませぬか?」

 ヘヒュニはディレクに尋ねる。

「本人が気にしていなければ、私から何も申し上げることはございません」

「礼を述べます」

 ヘヒュニはリュゼーに顔を向ける。

「どう考えている?」

「気にしておりません。寧ろ、こちらに非があります」

「そうか、ならば良かった」

 ヘヒュニは安堵して顎を撫でる。しかしウタニュは、未だに納得した様子がない。

「商人なら商人らしくしておればいいものを、相手に勘違いさせるとは何とも気が利かないやつだ」

「これこれ。悪意はなかったのだから、良いではないか。気を悪くするでないぞ」

「いえ、ウタニュ様の仰る通りです」

 リュゼーは眉と眉の間に力が入るのを必死に堪えて答えるが、自分の思い描いていた展開とは程遠い現状に焦りを覚え始める。

「それを聞いて安心した」

 ヘヒュニは杯に手を添える。

 リュゼーはその隙に、自分への注意が疎かになったデゴジとウタニュの顔色を窺う。

 二人の顔を見る限り、比較的に簡単だろうとウィーリーが教えてくれたウタニュですら難しそうだ。 

 先ほどイローネが、ロシリオにイノ肉を持っていった話をした時に狩りについて聞いてきた。イノ狩りにおいて、群れの頭を狩るのは鉄則だ。デゴジを落とせば貴族たちも必然的についてくるというのを、暗に教えてくれたのだろう。それは分かっている、分かっているがこのままでは駄目だ。どうすればいい。

 リュゼーは考え込んでしまいそうになったが、ウィーリーの視線に気が付き、自分の表情がどうなっているか今一度確認する。そして心の余裕を示すために、ウィーリーに目配せをする。

「しかし、面白いやつだ。名は……」

 ヘヒュニがデゴジに顔を向けると、「リュゼーです」と直ぐに返ってくる。

「そうであったな」

 ヘヒュニは楽しげに杯を持ち上げる。

「ヘヒュニ様、気にいったご様子ですね」

「ウィーリーよ、分かるか? 何故だか放って置けない雰囲気があるな」

 話をするために持ち上げた杯を再びテーブルに置き、ヘヒュニはウィーリーの問いに答える。

「まさか、召し抱えるおつもりですか?」

 ウィーリーの言葉に、貴族たちの雰囲気が変わる。

 それを感じ取ったのか、ヘヒュニは何も答えずに僅かに笑みを漏らし、杯を優しく擦る様に上下に指を滑らす。

「それはあり得ませんな」

 ヘヒュニの声が多少だが荒くなる。

「それは何故です?」

「ヘヒュニ様が直接配下に加えるという話は、近年聞いたことがない。ここにいる貴族たちを差し置いて、この様な者を召し抱えるわけがない」

「その通り。その者は少々、ものを知らな過ぎるきらいがありますな」

 貴族たちもその意見に肯く。

 ヘヒュニはその会話に入らないために、再び杯を持ち上げる。

 ウィーリーは、くくっと笑う。

「お二人様、それを聞いて安心しました」

「それは、どういう意味ですかな?」

 笑みを浮かべるウィーリーを、ウタニュは見返す。

「ものを知らなければ、教えればよいこと。それに我が領主がお気に入りでして『エルメウス家が嫌になったらいつでも訪ねて来い』と申されていました」

 ヘヒュニの手が、口元手前で止まる。

「ほう、ロシリオがその様なことを?」

「はい。ですので、横取りを防ぐために用心するに越したことはありません」

 ヘヒュニは「そうか」とだけ言い、表情を隠す様にして杯に口を付ける。

 何か言いたげだが、デゴジとウタニュは口を開こうとしない。

「だからですか?」

 話の終わりを感じ取ったラギリが、身振りを交えて挨拶のことについてウィーリーに尋ねる。

「はい。我が領主の配下となれば、他のやり方を覚える必要はありません」

「ですが、エルメウスは商家でしょうに」

「もちろん存じてます」

「だからこそ、ということですかな?」

「ご想像にお任せします」

 ラギリは、やられた、といった顔で笑う。

「取り越し苦労だったのですね。余計なことをしましたか?」

「そんなことはございません」

 ウィーリーは笑顔で返す。

「皆様、ご安心ください」

 ディレクが話に入る。

「まだ正式にはエルメウスの一員となっていませんが、家としてリュゼーを手放すつもりはありません」

 ディレクが話に入ったことにより、未だ懐疑的な者もいるが、貴族たちのリュゼーを見る目が良い方向へと変わっていく。

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