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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
82/113

雲の行き先 55 修行の場 下

「失礼」

 そう言いながら一直線に進むウィーリーのことを、貴族たちは避けるように道を開ける。ところがテーブルに一番近い所に立つ者だけ、その場を譲ろうとしない。

 腹は大きく前に出ていて、歳もいっている。着ている服も豪華だ。集まった貴族の中で、中心的人物なのだろう。

 その様子を見たラギリが、「無駄なことを」と小さく笑う。

 ウィーリーがその貴族の目の前まで進むと、リュゼーの全身が粟立つ。それと同時にウィーリーを嫌らしく睨め付けていた貴族は、咄嗟に目を伏せる。

 この場からその顔は確認できないが、先ほど経験しているためにウィーリーが何をしたのかは容易に想像が付く。

「あの男は貴族の地位を金で買ったのだ。そして金の力で偉くなった。『丸テーブルに座れないのは何故だ?』などと、己を勘違いをするほどにな」

 小声で話すラギリは、その途中でリュゼーに顔を向ける。

「お前たちも商いをしているなら分かるだろ、金というものはそういう風に使うものではない」

 ラギリは一度だけ歯を噛み締めると、話を続ける。

「その上、己の長たちに媚を売る振りをしながら、自分の快楽にその者たちの力を利用しているのだ。人が屈する姿を見せて、『あなた様にこの者も平伏しております、あなた様はそれほどまでに凄いのです』というのを、心の内ではそれを見て楽しんでいる浅ましい男だ。無論、怒りの矛先は自分に向かないようにしてな。この国にはあんな輩がごろごろといる。俺はあんなやつが嫌いだ」

 少しだけ上がった肩を下げながらラギリは深く息を吐く。

 リュゼーはラギリを力強く見返す。

 この顔はロシリオの前で見せていた商人然とした顔ではない、一人の男が憤りを感じている顔だ。

 リュゼーの目が相手の心情を必死に探ろうとしているものに変わる。

 突然この様な話をし始めた理由は分からない。だが、ラギリという者が段々と理解できてきた。国を売ろうとしているのではなく、国を牛耳っている者たちが嫌いなのだ。そのために帝国と内通しているのだろう。

 そして、ウィーリーがなぜこの男をこの場所に連れてきたのかも、何となくだが推測できる。エルドレという国を知らしめるためにこの場に呼んだのだ。そしてこうも言いたいのだろう、貴族だけでなくこの男にも認められろ、と。

「だからこの国のことが嫌いなのですか?」

 意表を突いたリュゼーの質問にさえ表情を崩さないラギリだが、眉だけがほんの微かに動く。

 ラギリはほんのわずかな間だけリュゼーの目を見詰めるが、何も言わずに前へと顔を向ける。リュゼーはその横顔をしばらく見詰めてから、同じく前へと視線を移す。

 いつの間にか行く手を阻んでいた貴族は、人ひとり分だけ横に移動している。だが、ウィーリーは尚もその場から動こうとしていない。

「若いの、確かリュゼーと言ったな。いいか、あれが権力に快感を覚えるやつの姿だ、惨めだろ。弁が立ちいくら金で力を得ようが、それはあいつらが生きてる世界の中でのこと。それが利く相手でなければ意味が無い。あいつの心の中は屈辱と恥辱で溢れかえっているだろうな」

 立ち止まっているウィーリーは、その貴族に少しだけ顔を向ける。視線は貴族に投げかけられているだろう。それを裏付けるように、何かを感じ取った貴族の肩がびくっと震える。

「自分が権力に屈服するから、相手もそうだろうと考える。だが情けないことに、力が及ばないと分かれば為す術が無くなる。何しろ自分の力では無いのだからな。言うなればあれも、ああいったやつらを従属される方法の一つだ。まあ、そのためにはウィーリー様ほどの力量がないと成り立たないがな」

 ウィーリーからの重圧から逃げるためか、貴族はこちらを一瞥する。それを気にする素振りを見せずに、ラギリは話を続ける。

「理不尽な暴力の前では、言葉など無意味に等しい。だからこそお前たちは、荷を守るために武を手に入れているのだろ? それは認める。それを振りかざすとは思えぬがそれだけはやめておけ、他国の者がすれば要らぬ軋轢を生む」

 ラギリの口が動いているのを見て取ったのか、貴族の顔が醜く歪む。しかし、ウィーリーの顔をちらりと確認すると、口惜しそうに後退る。

 馬鹿にされていると思ったのか、下に見ている者のためにその場を譲るのが悔しかったのか。どちらにせよ三人分の場が空けられた。

 それを見たラギリは、「まあ、見せてもらおうか」と、その貴族とは反対側にあたるウィーリーの横へと歩き始める。

「ありがとうございます」

 ラギリは振り返り、「勘違いするな。敵の敵は味方と言うが、そんな気は毛頭ない。先ほど、俺のことを試したのが気に入らん」と吐き捨てる。

「はい。ですが、お話を聞けて心が決まりました」

 リュゼーは貴族側へと歩を進めると、ふん、とラギリの鼻息が聞こえる。

 リュゼーとラギリが横に並ぶと、ウィーリーは片足を一歩前へと出す。

「ヘヒュニ様、貴方様の盟友でありますロシリオが配下、ウィーリーが挨拶にお伺いしました」

 ウィーリーは両手を大きく広げると、軽く腰を落とす。

 その姿は大鳥が羽を広げるかのごとくしなやかで美しく、皆の目を奪うものだった。

「その様な素晴らしい身のこなしに反して、お主は相変わらず苛烈だな」

 ヘヒュニは作法に則り、両手を広げてウィーリーからの挨拶を返す。

「何がでございましょう?」

「よいよい、お主を蔑ろにしたのを怒っているのだろう。ここが戦場でなくて安堵したぞ」

「何を仰います、貴族にとってはそれと変わらぬ場と存じています。ですので、それ相応の対応をしたまでです」

「言いよる」

 ヘヒュニは笑う。

「リュゼー、君も挨拶をして」

 リュゼーは「はい」と返事したものの、作法が分からずに動きが止まる。だが、ウィーリーが囁くようにした「僕と同じ様にすれば良いから」という助言により、片足を前に出す。

「ヘヒュニ様、お話できて光栄です。リュゼーです」

 リュゼーが両手を広げて腰を落とすと、貴族たちが何やら反応する。ヘヒュニがちらりとディレクの顔を窺うと、ディレクは頷いて応える。

「リュゼーよ、よく来たな」

 ヘヒュニが両手を広げてそれに応えると、ロシリオの配下たちから歓声じみた声が上がる。

 何やら不穏な空気を感じ取ったリュゼーがウィーリーに顔を向けると、「気にしない、気にしない」と、ウィーリーが笑う。

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