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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
81/113

雲の行き先 54 修行の場 中

「お話の途中、失礼いたします。ロシリオが配下、ウィーリーと申します」

 リュゼーは目に映る異様な光景に戸惑う。

 その場にいる貴族たちは誰一人として、ウィーリーの言葉に耳を傾けようとしていない。それどころかこちらを無いものとして、ヘヒュニに話を振り続ける始末である。

 リュゼーが己も名乗るべきか迷っていると、ウィーリーが手をわずかに動かしてそれを制する。ウィーリーを挟んで横に位置するラギリでさえ口を噤んでいることから、この場にいる貴族とは明確な力の差があるのだろう。

 この場に来て挨拶ができるほどラギリには力があるはずなのに、彼さえも下にみられるとは、丸テーブルに座っていないとはいえこの貴族たちはかなりの有力者たちなのだろう。

 しばしの時が流れるが、ウィーリーは笑顔を絶やさずに待ち続ける。

 リュゼーがその様子に視線を巡らせていると、楽しげに話をしているディレクと目が合う。その視線を追うようにして、ヘヒュニがこちらの存在に気が付く、素振りを見せる。

「おお、そなたは」

 ヘヒュニは仰々しく手を広げて見せる。

 ウィーリーはそれに応え、ヘヒュニの視界を確保するために横にずれながら「挨拶をしてもいいよ」と、リュゼーに伝える。

「ヘヒュニ様、お招きいただきありがとうございます」

 リュゼーは深々と頭を下げる。

 その耳には「今日は早かったですな」と、皮肉めいたラギリの声が聞こえ、「待たされているのが客人の配下ですからね。ヘヒュニ様もくだらない貴族の習わしよりも、実利を選んだのでしょう」とのウィーリーの声が聞こえる。

「貴族たちは力をお持ちの方々なのでしょう、そのような事を申されて宜しいのですか?」

 リュゼーは顔を伏せたまま、貴族に聞こえぬ程度の声で尋ねる。

「この国にはヘヒュニ様のような代々、民のために尽くされた貴族と、婚姻や金の力によって貴族となった者がいるのだよ。まあ、見ておれ」

 そう言うとラギリが、「各国と商いをしております、ラギリと申します」と挨拶をする。だが、貴族と言われる者は誰一人として口を開らかない。

「後者は、他者を見下して自尊心を保つやつらがほとんどだ」

 ラギリは鼻で笑う。

 リュゼーが顔を上げると、目だけでこちらを見ている貴族の顔がそれを示している。それどころか、一様にリュゼーのことを見ている。

「皆様に名をお伝えして」

 ウィーリーは手の平を上に向け、リュゼーから貴族の方に差し出す。

 己の名を覚えてもらえる機会を得たために、リュゼーは嬉々として胸に拳を当てる。

「エルメウス家に仕えられるために家業を学んでいる、リュゼーと申します。よろしくお願いいたします」

 溌剌と自分の名を告げるが、それを受けた貴族たちはスッと視線をリュゼーから外す。その仕草はエルドレとは違い、ラギリが述べた通りに見下したものだった。

「我が国エルドレでは名を尋ねられてから名乗るのが習わしです。お気を悪くさせてしまいましたら、申し訳ありません」

 ディレクが貴族に声を掛ける。

「何だ、名も与えられていない下賤の者かと思ったぞ」

「その様な者がこの場に来るわけが無いではありませんか」

「いやいや、身なりも他と違う。その程度なのだろう」

「どちらにせよ、この場に相応しくない者がいるのは良い気がしませんな」

 わざとリュゼーに聞こえる声量で、貴族たちは嘲笑う。

「知識不足で申し訳ございません。未熟者ゆえ、色々とご教授いただけますと幸いです」

 笑顔を作ってリュゼーは答え、ウィーリーはその顔付きに納得して頷く。

「この者が申すには、ヘヒュニ様の元へ挨拶に来いと言われたとのことですが、間違いはございませんか?」

 ウィーリーの発言を受け、貴族たちの視線がヘヒュニに集まる。

「おやおや」

 ヘヒュニが話し始める前に、後ろに控えているウタニュが肩を小さく揺らしながら口にする。続けて、「物事を知らぬとは、実に素晴らしいことですな」と貴族たちに聞こえるように、共にヘヒュニの後に控えるデゴジに語りかける。

「言ってやるな。物事を知らぬからこそ、ヘヒュニ様に気に入られたのだからな」

 デゴジは鼻で笑い、嫌らしく口を歪ませる。

 その会話を聞いた貴族たちの顔が、意外だ、というものからリュゼーを卑下するものへと変わる。

 どの様に動くべきか悩んでいるリュゼーの目には、目を閉じて口を結び、何かを待っているディレクの姿が映る。

「そうですな。あれほど物事を知らなければ可哀想、いやいや、可愛らしく思えるものですからね」

「ヘヒュニ様も老婆心を掻き立てられ、色々と教えを施していましたな」

 二人の会話を聞いている貴族たちは、リュゼーの方へ顎をしゃくったりしながらひそひそと何かを話し始める。客人の配下と分かったために直接的な表現は避けているようだが、全くと言っていいほど意味をなしていない。

 待ち侘びたかの様にディレクは少しだけ頷き、ゆっくりと顔を上げる。その目が開かれたと同時にウィーリーが咳払いをする。その咳によりディレクの動きが一瞬だけ止まる。それと同時に、リュゼーは意を決して息を吸う。

「その節はありがとうございました。ヘヒュニ様の博識さに感銘を受けたと同時に大変勉強になりました。再びお話を聞きたく、この場にお邪魔いたしました」

 リュゼーは若者らしく、張りのある声で皆に訴える。

「あそこまで為になる話を聞けたのだ、その気持ちも分からなくもないが、その望みは通ると思っているのか?」

「私の身分も含めてこの場に相応しくないのは重々承知です。ですが、その無理を承知でウィーリー様にお願いをし、この場に伺わせていただきました」

 ウタニュの問いにリュゼーは答えるが、ウタニュから返答はない。

「思い上がるでない」

 デゴジは声だけでなく態度にまで、気分を害した、というのを全面に出す。

「挨拶だけならまだしも、この場であの様な話を聞けると思ったのか? どこにそんな時間がある。なによりヘヒュニ様にとって、お前と話す時間は他の者と話すより有意義であるのか?」

 貴族から「確かにそうだ」や「考えれば分かることではないか」などの声が聞こえる。

 リュゼーは、唇を奥に押し込むように口を固く閉じてから「確かに、その点については考えが至りませんでした」と、肩を落とす。

「しかしながら、もう一度だけでもお話が聞きたいと我を忘れるほどに、ヘヒュニ様のお話は素晴らしいものでした」

 歯の浮くような褒め言葉だが、見習いとはいえ他国の使者が領主を褒め称える言葉に、貴族たちはそれぞれ顔を見合わせるだけにとどめる。それもそのはず、不用意な発言はヘヒュニを貶めることに繋がりかねない。

 リュゼーはそれを横目で確認する。

 何であろうとこの場に居続けることを最優先にする。この程度のやり取りなら容易い。何故なら、こちらに向かう馬車の上で臍を曲げた師の方が何倍も扱い難かったからだ。

「私は元々、この場に参加できる立場ではありませんでした。ところが、ヘヒュニ様のご厚意によってそれが叶いました。こんなにも有意義な会にお招きいただき、感謝しております」

 貴族たちは、自分たちの長であるデゴジに目を向ける。

 デゴジから反論が無いことから、それらについては事実であることを皆が理解する。

「ヘヒュニ様も、この場で話せるのを楽しみにしていると仰って下さいました。私もそれは同じ思いです」

 リュゼーの言葉に貴族たちは、何の言葉も発しようとしない。これにより、先ずは貴族たちを蚊帳の外に置いたことを確認する。

 それを見たデゴジが、鼻先でふんと笑う。

「今後を担う者があの様な戯れ言を真に受けるとは、エルメウス家は安泰だ。羨ましい限りですな」

 デゴジは、呆れきった口調で漏らす。

「デゴジ様より先ほどお教えいただいたように、ヘヒュニ様とのお話が無理であったとしても、この場にて感謝の意を伝えられただけで満足しております」

 デゴジが何も答えないのを確認してから、リュゼーは恭しく頭を下げる。

 こい、こい。

 リュゼーは心の中で強く念じる。

 これで良いはずだ。師からの話では、リチレーヌでは弁が立つ者が力を得る。ディレク様がそれを証明している。それにヘヒュニが他国からの使者を無碍に扱うことをしないのは、先ほどのやり取りで分かっている。

「そなたは面白いやつだな。こちらへ来るが良い」

 ヘヒュニが笑う。その横でデゴジが苦虫を噛み潰したような顔をする。それを見たリュゼーは心の中で笑う。

「ありがとうございます」

 リュゼーは声高に礼を述べる。

「さあ、行きましょうか」

 ウィーリーは、ラギリに顔を向けた後に歩き始める。

「はい」

 二人の後ろについて歩くリュゼーは、自然とこぶしを握り締めていた。

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