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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
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雲の行き先 53 修行の場 上

 リュゼーと目が合うと、ウィーリーは目だけでヘヒュニの方を見てから再び目を合わせる。リュゼーもウィーリーに倣い、一度だけそちらに目を向ける。

 鍛えられた体つきの者もいるが、体の線が細い者や恰幅がよいと表現していいか悩むほどに腹が出ている者など、体を頻繁に動かしているとは思えない者が大半だ。しかし、仕立ての良い服もさることながら、その身のこなしはこの様な場に相応しく、素人目に見ても洗練されている。

「今、ヘヒュニ様の前にいる人たちが目の前を通る時に、こちらに向けた顔を覚えているかい?」

 リュゼーはその問いに、はい、と頷き返す。

「どんな印象を受けた?」

「好意的な顔ではなかったのを覚えています」

 ロシリオの配下となる者たちもそれについてはそつなくこなしているが、武に生きる者が醸し出す独特の粗暴さがある。そのせいか、先ほどの振る舞いを良くは思っていないのだろう。

「だよね、生きている世界が根本から違うからね」ウィーリーは肩を竦めておどけてみせる。「でもね、この国ではああいった者の方が力を持っているんだよ」

 リュゼーは返答に困ってしまい、何の反応を示さずにウィーリーの目を見返す。

「ああそっか、僕たちのことはよく知らないんだったね。その点については気にしないでもらって大丈夫だよ。ですよね、領主?」

「それは何だ、政にもっと興味を持てという皮肉か?」

 ちらりとウィーリーに目を向けるロシリオのことを、チェンザードたちがニヤニヤと見詰める。

「よくお分かりで。先代が築かれた地位を守るだけでは、我らが領主としては物足りませんからね」

「それについてはお前がいるからいいだろ。俺は気にしていない、好きにしろ」

 ロシリオは酒を飲み干すと、酒を注がせるために杯を横に差し出す。ウィーリーが酒瓶を近付けると、杯を横にずらしペターに酒を注がせる。

「なんとも幼い事を。やはり若は、いつまで経っても若のままだ」

 チェンザードは声に出して笑う。周りの者たちも同じく声を大にして笑い合いながら、互いに酒を注ぎ合う。

「分かったでしょ?」

 ウィーリーはリュゼーと目を合わせてから、ニコリと笑う。

「僕は僕で大変なんだよ、だから君にひと肌脱いでもらいたいんだ。いいよね?」

「いいも何も、私が望んだことでことです」

「良かった」

 ウィーリーは満足そうに頷く。

 頼み事を装って話を振ってきているがその実、こちらを試しているのだろう。

「はい、私で……」

「これで決まりだね」

「……よければ、えっ? あ、はい。お願いします」

「まあ、断ったとしても、無理矢理にでもやってもらってたけどね」

 然も可愛らしく、片方の口角だけを上げ同じ側の目を細めて冗談を言っている口振りだが、ウィーリーの技量からしてそれを容易くこなせるのは明確だ。

 どう答えるできか言葉を選んでいると、それを待たずにウィーリーが話を続ける。

「やるべきことを説明するよ。僕と一緒にヘヒュニ様のところに行って、あの者たちと話をして欲しいんだよ」

 話をする、それだけなのか? いや、それだけではないはずだ。

「構いませんが、わたく……」

「あの者たちは、ヘヒュニ様が治める地の有力貴族なんだよね。とりわけ、側近のデゴジ様と結び付きが深いんだ。領主であるヘヒュニ様の意向に沿うだろうけれど、未だ態度を明確にしているわけではないんだよね、残念だけど」

 まただ、言葉の途中だろうがお構いなしに、話を続けられる。

「そうなのですね」

「なんたってデゴジ様が、エルドレと仲良くすることに納得していないからね。エルドレというよりは君たちエルメウス家と言った方が適切かな」

「それは感じました」

「時間をかければこちらに靡かせるやり方は色々あるんだけれど、君たちがいるこの場で方をつける

方が手っ取り早いって思うんだよね」

「その様に考えているんですね」

「でもさ、見てみてよ。あんながさつな人たちを連れて行ったら、纏まる話も纏まらなくなりそうでしょ?」

 この違和感は何だ、微妙に会話が噛み合っていない。まるで独り言ではないか。

「だから君の力で、あの者たちの気持ちを揺るぎないものにして欲しいんだ。お願いね」

 全て話し終えたのか、ウィーリーはここで一息つく。

「承知しました。どの様にすればよいですか?」

「質問を質問で返して申し訳ないけれど、それは君が考えることでしょ?」

 そう言いながらペターが差し出した果実水を「ありがとう」と受け取り、ウィーリーは喉の渇きを潤す。

「僕は君をあの場所に連れて行く、そして君はその場所であの者たちを納得させる。君なら簡単だろ?」

 やっと会話ができたと思ったら、そういうことか。なるほど、理解した。やるべき事は説明したからあとはできるだろ、とのことだろう。

「分かりました。あの者たち全員に対し、こちらについた方が得だと知らしめれば良いのですね」

 ウィーリーは少しだけ首を傾げる。

「どうだろうね、そこまでしなくてもいいんじゃないかな。多分だけれど、全員と話すことは難しいだろうからね」

 そう言われればその通りだ。ここは他のテーブル席とは違う、会場全体から注目される場所だ。あからさまな会話をすれば、エルメウス家はリチレーヌに対して影響を及ぼそうとしている、などと思われるだろう。それはあまり好ましくない。

「それにウタニュ様については、海産物が好きだから容易いんじゃないかな」

 そうだった、師がそのようなことを言っていた。そうなるとどうすればいい。

「おい」

 リュゼーは声の聞こえた方に顔を向ける。するとロシリオが、自分の眉間を指でコツコツと叩く。それを見たリュゼーは直ぐに眉間から力を抜き、笑顔を作る。

「やい、小僧。さっきみたいな顔をしてたら、誰もお前の話を聞かないぞ」

 チェンザードは笑う。

「そうだぞ、坊主。父上の言う通り、あいつらは笑顔の下に獣を飼ってる奴らだからな。そんなんじゃ軽くあしらわれて、気が付いたら喰われているぞ」

 リサードが追随する。

「獣だと? そう言えば、差し上げたイノはどうでしたか、領主? あれだけの巨体なら群れの頭だっただろうな。いいものを食ってただろうから、さぞ美味かったでしょうな」

 イローネは髭をさすりながら、したり顔でロシリオに目をやる。

「お前の白々しい演技とは違って、実にうまかったぞ」

「はて、何のことでしょう。それより、口に合ったのならなりよりですな」

 にやりと笑った後に、イローネはリュゼーを見る。

「お前は狩りをするのか?」

「はい」

「そうか、そうか」

 イローネはそれ以上は何も言わず、杯に口を付けてから己を見据えるウィーリーに向かい、心得ている、と含みを持たせて笑いながら杯を小さく掲げて応える。

「本当に困った人たちだ。厄介事はこっちに押し付けて、自分たちは好きな事を好きな様にするんだもん。こんなんじゃ、答えを教えている様なものじゃないか」

 ウィーリーは「ねえ」と、リュゼーに顔を向ける。リュゼーが頷いて応えると、「本当に素敵な人たちなんだよ」と、ウィーリーは領主であるロシリオを見てから皆に目を向ける。

 リュゼーが感謝の意を示そうとすると、突然、無意識の内に全身が粟立つ。

「だからこそ、害をなす者はことごとく排除する。君たちを含めて全てに対してだ」

 己を包む冷気の源に目を向けることなくリュゼーは、「心得ています」とだけ答える。

「良かった」

 ウィーリーは穏やか笑う。

「時間もないことですし、ラギリ様、行きましょうか?」

「わ、私もですか?」

 突然の指名にラギリは動揺を隠せず、ウィーリーの視線にたじろぐ。

「何か問題でも?」

 ウィーリーは冷徹な笑みを浮かべる。

「いやいや、ご一緒できて光栄です」

 流石のラギリも声が上擦るのを抑えられない。

「それでは、行こうか」

 ウィーリーは二人を連れて、ヘヒュニの元へと場所を移す。

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