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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
8/106

未来の将達 6 風

挿絵(By みてみん)

「お前達、面白い狩りの仕方をするのだな」

 三人は声のする方を向く。

 声の主は馬から降りると従者に手綱を渡す。

「イノを餌にマクベを誘き寄せるなど、変わった狩りの仕方をするものだ」

 眉を顰めるリュートの肩をリュゼーが小突く。

「獲物にこだわりすぎると、マクベみたいになるぞ」

 言い終わると、目線で従者を見ることを促す。

 そこには遠くからでも分かるように、エルドレ王国屈指の名門であるエルメウス家を示す、『翼の生えた魚』が朱で埋め尽くされた赤丸の中に刺繍されている。

 刺繍の美しさもさることながら、印象的なのは朱糸を使用しての赤丸である。

 朱糸の顔料である丹は鉱石のため山間部でしか採れない。コヌセール地方は沿岸部に位置しているにも関わらず、朱糸がふんだんに使用されていることからもエルメウス家の格を物語っている。

「もしかして」

「ああ」

 後で大人しくしているファトストも含めて、三人が同じように顔を輝かせる。

 憧れの職に就く、未来の先輩たる人物を前にして背筋が伸びる。

「リュートです」

「リュゼーです」

「ファトストです」

 金やコネを持ち合わせていない者が特殊な職業に就くためには、誰かに見い出してもらわなければならない。

 三人は行儀正く名前を告げる。

「ありがとう、エルソンだ。覚えておくよ」

 その言葉に、三人は嬉しそうな顔をする。

 ただの挨拶だけならば、受ける方も名前しか名乗らない。

 これは王国特有の返事だが、覚えておくよ。がついたということは、目には止まったという意味が含まれる。能力のある者が取り立てられる機会の多い、王国ならではの習慣かもしれない。

 エルメウス家は塩の街カルマドを祖にもつ、都市マルセールを拠点にした豪族である。

 精製技術の向上により塩の生産量が増加すると近隣の商人だけでは捌ききれなくなり、カルマドを治めていたエルメウス家自ら塩を売らなければならなくなった。

 幸運にもフローレンス・エルメウスに商いの才があり、王国のみならず他国へと販路を広げていった結果、盗賊対策のため私兵の他に護衛の兵を雇うこととなった。

 塩の売買がない期間を使って商人に護衛の兵を貸し出したところ、個人でも遠方との商いが行えることとなり、利用する人の増加と共にエルメウス家に莫大な富が舞い込んだ。

 当時の王は地方の豪族達を集め、エルメウス家にそれぞれ人を遣わせたことにより、護衛業は王国中に広がっていった。

 先代の王が護衛業に関する税を増やす代わりにと、不慮の事故の際には伴侶や子だけでなく父母にまで保護を広げると約束すると、賃金も良いことから若者からの人気が上がっている。

 由緒あるエルメウス家は厳しい規則のもと、商業と護衛業において国内随一の信頼を得ている。

「いつもああやって狩りをしているのか?」

「今回は偶然こうなりました。イノを狙って現れたマクベが仇であったため、仕留めることとなりました」

 リュゼーが答える。

「偶然とな。たまたまであれを?」

「はい」

 臨機応変さは護衛業にとって重要な能力なため、エルソンは興味を引かれる。

「綿密に計画されたもののように見えたが?」

「俺達は小さい頃から行動を共にしています。簡単な策であれば、同じようなことはいつでも可能です」

 エルソンは息絶えたマクベに視線を移す。

「そなた達の歳であれを簡単と申すか」

 エルソンは体の奥から湧き上がる笑みをぐっと堪える。「策と言ったな。それは誰が考えたのだ?」

「ファトストです」

 皆の視線を集めたファトストはどのようにするのが正解なのか分からないらしく、ぎこちなく体を揺らす。

「ファトストといったな。どこまでが策なのだ?」

「えっと…。策と言えるほどではなく」

 ファトストは困ったように頭を掻く。「手順を二人に説明しただけです」

「それでは、なにか。お前が考える通りにマクベは動いたというのか?」

 ファトストは失礼がないか気を遣いながら頷く。

「手順通りに行かなかった場合はどうしたのだ?」

「普段だったら色々考えるけれど、今回のはどの場面でも逃げきれそうだったから考えませんでした」

 緊張が隠せない面持ちのファトストの顔を、エルソンはまじまじと見る。

「そこの馬鹿力の少年がイノを坂上に引っ張った理由を教えてくれ」

「リュートです」

 エルソンは微笑みながら、赤き少年を手で制す。

「理由は簡単です。食い意地の張ったあいつなら大きい方を選ぶだろうし、逃げたと思わせればあいつの頭からリュートはいなくなるので、回り込ませるのに都合がいいかなと考えました」

 少し間を空けて、「それに、俺の方が弱そうだから、俺の方に来るだろうなとも思いました」と小さな声で付け足した。

「やはりな。マクベから見えなくなった途端に木々の中に飛び込んだから、もしやと思ったが」

 込み上げてくる笑みは、とうとうエルソンの口元を綻ばせた。「考えられていたとは関心する。それでは、止を誰が刺すかまで考えていたのか?」

「はい。刃物は短い物しかないため、一発で仕留められる可能性が低いからやめました。短弓も同じ理由で、動きを止めることだけに利用しようと思いました。相手がマクベだとしても動きを鈍らせさえすれば、リュートなら負けないと思いました」

 前に出てきそうなリュートを、エルソンは手で制す。

 武も重要ではあるが、規律を守れることも重要である。エルメウス家は賃金が他より高いため、兵にはそれ相応の質が求められる。

 エルメウス家の兵を表すやっかみが含まれた笑い話の中で、罪を犯して逃げたとしても培われた情報網から逃げ出すことは難しい。盗賊などへの報復についても徹底的に行われるため、そのひどさを知っているから兵達は悪さをしない。という話は事実として語られている。

 遠くからでも分かる紋の大きさは、荷を運ぶ者達が誰かを示すと共に、賊へ諦めの気持ちを思い起こさせるものとなっている。

「それにしても見事だったな」

「ありがとうございます」

 リュートは嬉しさのあまり声を上擦らせる。

「道場には通っているのか?」

「近くに道場がありません。村に来た兵や武人さんから教えてもらってます」

「ほぼ独学でその腕前というのか」

「はい」

 リュートは礼儀正しく大きな声で返事をする。

 エルソンは少し前に拾い上げた宝石が、原石だった頃を思い出した。

「戻りの道中のため荷に余裕がある、村まで運んでやろう。準備せよ」

「ありがとうございます」

 三人はお礼を言いながら、従者のように素早く支度を整えていった。

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