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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
78/113

雲の行き先 51 実り 上

「やい小僧、お前は良い目をしているな」

 チェンザードは握った手を勢い良く引くと、目一杯の力で胸をぶつけ合う。あまりの衝撃にリュゼーはむせ込んでしまう。

 ロシリオの『それ』は力が湧いてくるような感覚であったが、チェンザードとの挨拶もそれに近いものがあった。しかしながらあまりの衝撃に、考えや思いなど何もかもが吹き飛んでしまった。

 もうどうなってもいい、なるようになれ、だ。

 咳で話ができないリュゼーを他所に、チェンザードは話を続ける。

「領主のお気に入りかもしれんが、わしはそう簡単に懐柔されんぞ」

 チェンザードは「ほれ」と杯を差し出す。リュゼーは眉根に深い皺を刻みながら咳を我慢し、使用人より酒瓶を受け取って丁寧に酌をする。

 それを見てチェンザードは、ふふん、と鼻を鳴らす。

「なんだその顔は?」

 チェンザードは笑いながらリュゼーの背中を、バンと叩く。背中から胸へと抜ける衝撃に、リュゼーはさらに激しく咳き込む。危うく酒瓶を落としそうになったがどうにか堪え、無理矢理に笑顔を作って応える。その顔があまりにも滑稽だったのか、周りにいる者たちは声を出して笑う。

「そうだぞ坊主。いくら領主が人を見る目があるとはいっても、俺たちが気に入るとは限らないからな」

 チェンザードの隣にいた、髭に白いものが混じり始めた男が手を差し出す。

 チェンザードもそうであったが、あまりにも口調が下品だ。リュートのいるホロイ家の人間もそうだが、自分の命を懸けて生きている人はどこもそうだ。言葉に気を使うより、自分の身を守る方に頭を使いたいのだろうか。

 リュゼーがその手を握ると同時に、勢い良く自分の方へと引く。リュゼーも負けじと引いてみたが、簡単に引き寄せられてしまう。

 チェンザードとの挨拶を経験して心の準備ができていたからこそ、この衝撃には耐えられたが、胸の圧迫が続いたためにリュゼーは呼吸を整えられない。

 その男は、何かを言おうとしているが、咳き込んで何を言っているのか分からないリュゼーから、酒を注いでもらう。

「ほお、面白いやつだ」

「イローネ、お前もそう思うか?」

 チェンザードはその男に話しかける。

「ですな」

 チェンザードとイローネは杯を合わせる。

 これで二人との縁を結べた。リュゼーがそう思っていると、「次は俺だ」と、この中で一番若手であろう男が挨拶を申し出る。

 その男は、挨拶に言葉は必要ない、と言わんばかりにリュゼーと握手をしながら、力強く胸を合わせる。

「なぜに他国の者を可愛がるのかと疑問に思ったが、これなら納得だな」

 それを見ていたチェンザードがイローネに話を振る。

「同じく。これほどまでに、この場にふさわしいやつは他にはいませんな」

 二人が笑いながら見る視線の先には、リュゼーが若い男に揶揄われながら酒を注いでいる。

 もしかしたら力比べの意味があるのかもしれない、などとリュゼーが思っていると、いかにも力がありそうな者がリュゼーに向かって、手を出せと催促する。

 リュゼーは深く息を吐いて、腹に力を入れ「お願いします」と、その手を握る。

 その後も余興じみた挨拶でそれぞれと胸をぶつけ合い、杯へと酒を注いでいく。

 散々に遊ばれた後、最後にリサードと挨拶をする。

「へー、領主が面白がる理由が分かるよ」

「そう言っていただいて、ありがとうございます」

 リュゼーは礼を述べながら酒を注ぐ。

 先ほどからこの方たちは挨拶が済んだ後、皆一様に感想なりを話す。

「お前の所属する隊はどんなことをするんだ?」

 所属?  隊? エルメウス家での生業を聞いているのか?

「エルメウス家では、荷を運んでいます」

「荷を運ぶ? ああ、兵站か。護衛か何かをしているのか?」

「家としては護衛業もしているのですが、まだ正式に召し抱えられてはいなく、見習いという立場です」

「そうなのだな。まあ、その歳では前線へは駆り出されぬか」

「はい、正式な家人となれるように精進しています」

「そうか、励めよ」

「はい、頑張ります」

 リサードと話し終えると、イローネから「坊主」と、杯を向けられる。

「このまま成長すると、面白くなりそうだな」

「ありがとうございます」

 イローネと話をしながら、リュゼーは酒を注ぐ。

「ウィーリーに教えを乞うているのか?」

「はい」

「あいつは特殊だからな。得るべきものは多いだろう」

「はい、勉強になります」

「己の特性が分かっているようだから、大いに学べよ」

 チェンザードと似ているのか、イローネもリュゼーの背中を叩く。

 強く背中を叩かれた為、胸を出すように体を反らしながら「特性ですか?」と、リュゼーは尋ねる。

「気付いていないのか?」

「はい」

「そうか。それならこれから学べるだろう。だから気にするな」

 イローネは注がれた酒に口を付け、「流石だな」と笑う。

「小僧」

 チェンザードがリュゼーを呼ぶ。

「はい」

「若が戻ってこいとお呼びだ」

「承知しました」

 リュゼーは使用人へ酒瓶を手渡す。チェンザードの横を通る際に「上出来だ」と、リュゼーは肩を叩かれる。

 リュゼーは何について言っているのか分からぬまま、ロシリオの元へと向かう

「それでどうであった?」

「皆さん素敵な人たちでした。有意義な時間を過ごせました」

「そうか」

 ロシリオはそれ以上、何も言わない。

「君は何をしに行ったのかな?」

「何と言われましても、皆さまにお酒を注ぎに……」

 話の途中でウィーリーが悲しそうな顔をした為、リュゼーは言葉を失う。

「申し訳ありません。あの男への注意を怠っていました」

「厳しいことを言えば、自分に課された役目を放棄したってことだよね」

 ウィーリーは声を変える。

「——しかも、誰が聞いているかも分からない状況で、策の一部を平気で言ったな」

 いつもと違うウィーリーの厳しい口調に、リュゼーは咄嗟に目を逸す。

「お前がどう思っているか知らんが、ウィーリーは俺に付き従う者の中で一番気性が荒いやつだ。怒らせると厄介だぞ」

 ロシリオの言葉だというのに、ウィーリーは何の反応も示さない。只々、冷たくリュゼーを見つめる。

「——見張っていろとのことでしたので、策だと理解していませんでした」

「おい」

 ウィーリーの言葉がリュゼーを殴り付ける。

 ロシリオが片手を横に上げる。

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