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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
77/113

雲の行き先 50 信を置く

「どうしたのですか?」

 その様に聞いてはみたが、隣にいるウィーリーに不自然なところは何も無かった。しかし、ほんの一瞬だけ空気が張り詰めた。

「あれ、気付かれちゃった? 僕の目線に気が付くなんて、やはり君は優秀だね。それとも僕が未熟なだけかな」

 照れ笑いの様な笑顔を浮かべているが、この返答は明らかに嘘だ。気が付いたのは目線では無く、ウィーリーから発せられた気だ。しかも、この距離だからこそ感じ取れたと言っていい。距離が離れていたら、この気の発生源は見つけられなかっただろう。それほどまでに短い時間だった。

 目線の動きのことを言うなら、ロシリオへ害を為す相手がいないかと、いつも通り目を光らせているだけにしか思えない。

「少し気になる人物がいてね。どうしようかな。うーん、どうしようか」

 悩んでいる振りをしているが、ウィーリーはひとりの人物から目線を外すことはしない。リュゼーがその人物を捉えると、そっと視線を他に移す。

 この人は本当につかみどころがない。

 この言葉に関しても深い意味があるとは思えない。言うなれば、文字の羅列だ。時間を稼ぐためだけのものであり、それを利用してこちらを窺っている。

「やっぱり、気が付いたなら手伝ってもらっちゃおうかな。いい?」

「はい、何をするか教えて下さい」

 だからといって、この申し出を拒否する理由にはならない。

「えっとね」

 ここでウィーリーの声が変わる。

「——あの男が変な事をしないか見ていて欲しいんだ。勿論、誰にも気付かれたらダメだよ」

 リュゼーだけに届くあの声だ。

「——前列のこちらから見て右から二番目、あの男ですね」

 リュゼーも同じく声を変え、そう答えた後にウィーリーが先ほどまで見つめていた男を視界の端で確認する。

 屈強そうな骨格と高い頬骨、しっかりとした顎からすると、大陸の北方に所縁がありそうだ。つまり、帝国が位置する土地だ。

「——そうだね。一般的ではないほどに、耳の下にある顎の骨が極端に突き出ている男だね。覚えた?」

 リュゼーは肯く。

 この場所に来るために待機していた時に近くにいたから、あの顔には見覚えがある。特徴的な顎をしているから覚えるのは容易い。

「おっと、ごめんね」

 ウィーリーから気を感じなくなる。無くなったわけではなく、いかなる状況にも対処できる様に動きを止めたと言った方が適している。その気を向けている先の人物が、声を出して笑っている。

「好きに飲め」

 ロシリオはそう言うと、美味そうに酒を飲む。

「お前たち、若からお許しが出たぞ」

 チェンザードは振り返りながら、嬉しそうに告げる。後ろに並ぶ者たちは、その言葉で気を緩める。

「こんなには食い切れん。俺の目の前にある物も食ってしまえ」

 後ろに並んでいた者から「おーー」と野太い声が響いたあとに、「いただきます」と、歓声にも似た声が上がる。

 男たちは列を崩し、酒を飲む者、料理を手に取る者と各々が好きに動く。

「領主、いけません。おやめ下さい」

 ウィーリーは諫めるが、こうなってしまったら止められないことは分かっている。

「俺のところに来るやつは、こいつらが最後だ。好きにさせてやれ」

「そのために、わしたちは時間を遅らせたのだからな」

 チェンザードはそう言って笑いながら、なみなみと注がれた酒に口を付ける

「しかし美味い。こんなにも上等な酒は、よっぽどのことがないとありつけん。好きに飲めと言うなら、好きに飲ませてもらおうぞ」

 チェンザードは近くにいる者と杯を合わせる。

「こっちで用意した酒なら全部飲んでも構わんぞ」

「若、成長しましたな」

「うるさい、初めからそのつもりであったのだろうが」

「そのために遅らせたのですからな」

 チェンザードはロシリオに杯を見せると、豪快に呷ってみせる。

 それを見たラギリは、チェンザードに近寄る。

「先ほどの動きは、実におみごとでした。私兵とはいえ規律が行き届いており、この辺り一帯を守護する誇りを感じました」

「そうですか、ありがとうございます」

 チェンザードは社交辞令として応えるが、その言葉には感情が込められていない。思い描いていた反応と違ったのか、用意していた言葉を飲み込むようにラギリは口を結ぶ。

 少しの間だけ待ったがラギリから次の言葉が出てこないので、チェンザードは杯を見せて酒を飲むか確認をする。

「いえ、遠慮いたします」

「飲めぬのですか?」

「そうではなく、体を悪くしまして控えています」

「そうなのです? 健康そうに見えますがの」

「良くなってはきているのですが、ここでまた飲んでしまうと悪化しそうで怖いのです」

「それは気の毒に。まあ、酒が好きな者は体を壊しても飲み続けるから、元々、体に合わなかったのでしょうな」

「そうかもしれません。しかし酒を注ぐことは出来ますゆえ、いかがです?」

「知らぬ人から注がれるのは性に合わんので、遠慮しておきます」

 そう言うと、息子であるリザードから酌を受ける。

「気を悪くされるな。父上は長らく戦場に身を置いていた為、警戒心が強くなっているだけです」

 そう言ったリザードも、ラギリからの酌を辞退する。

 今まで培ってきた交渉技術が役に立たないためか、ラギリは次第に身の置き所を失っていく。心の安定を求めるように、ラギリはチェンザードから離れて行く。

「領主、このままでは収拾がつきません」

「そう怒るな」

「怒ってはいません、呆れているのです」

「これの方が手っ取り早いだろ」

「領主、口を慎んで下さい」

 柔らかいが、何事にも動じず静かで、地に着くような言葉でウィーリーは諌める。

「それならこの会を早く終わらせろ」

 ロシリオは言い放つ。

 ウィーリーは何も言わずにその場から離れ、ヘヒュニの元へと向かう。直ぐに、待機していたものが通される。

 その者たちはチェンザードたちの横を通る際に、顔に出すということはしないが、その目から侮蔑の感情が見て取れる。

「どう思う?」

 ロシリオはリュゼーに訊ねる。

「良き雰囲気だと思います」

「ほお、先ほど通った者たちは嫌そうな顔をしていたぞ」

「そう思う者もいるでしょう。ですが、あの様な態度を取る者より、ロシリオ様と笑って酒を酌み交わす方たちのほうが魅力的に見えますし、自分の性に合っています」

「そうか」

 ロシリオは笑みを浮かべながら、酒を口にする。

「早く酒が飲めるようになると良いな」

「はい。この会で酒というものが、少しだけですが分かった気がします」

「言うではないか。だが、まだ門を叩いた程度だ。酒を飲まなければ門をくぐることなどできないぞ」

「心得ています」

 ロシリオは笑い返す。

「エルメウス家が嫌になったらいつでも訪ねて来い」

「その際には門を叩きますので、酒の楽しみを教えて下さい」

「言いよる」

 ロシリオはペターに手を向ける。ペターはその手に酒瓶を渡す。

「チェンザード」

「呼びましたかな?」

「受けてやれ」

「若の願いなら喜んで」

 ロシリオは酒瓶をリュゼーに手渡すと、リュゼーの顔を見つつ、チェンザードの方に向かって顎をしゃくる。

「承知しました」

 リュゼーは酌をするためにロシリオの元から離れる。リュゼーの後ろに数本の酒瓶を持った使用人が付き、チェンザードの周りには人が集まりだす。

「領主」

 いつの間にかロシリオの傍らに現れたウィーリーが声をかける。

「ああ」

 ロシリオはそう答えると、何やら二人で話し始める。

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