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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
71/113

雲の行き先 44 話し合い 下

「おっと、リュゼー。我らが領主を疑うのは、聞き捨てならんな」

 イルミルズはそう咎めるが、表情は柔らかく、チャントールの場で酒について話をした時の方が厳しいものだった。

「すみません」

「そうだな、それは失礼に当たるな」ドロフは、してやったりと笑う。「ディレクを含めて、俺は可能性の話をしたに過ぎん」

「それはそうですが、その話にディレク様も含まれるのですか?」

「可能性の話だ」

 普段、顔見知りの前以外ではこういった悪戯じみたことをしないドロフに向かって、リュゼーは顔を向ける。その顔は赤みがさし、気が抜けている雰囲気もある。

「可能性ですか?」

「そうだ」

 ドロフはニヤリと笑う。

「ところでリュゼーよ、何故にロシリオ様を疑わぬのだ? やはり何かを聞かされたか?」

 会話が止まるのを待っていたかのように話し掛けたイルミルズも、意地悪く笑う。

 何より心配なのが、二人とも声が大きい。音量調節機能が故障してしまったのではと、心配になってしまうほどだ。こんな環境では尚更、ロシリオから聞いた話などできない。

「違います。話してみての感覚といいますか、人柄を感じての意見です」

「お前はその歳で、人物眼も持っているのか。大したものだ」

「イルミルズ様、そんな大層なものではありません」

「すまん、すまん。別に責めているわけでは無い。ただな、人物眼を持ち合わせていないのにそうやって断定されると、少し考えさせられてしまう。勘違いして欲しくないから言うが、お主のことを疑ってはいないから気にするな。何故なら、ロシリオ様の考えをお主は聞かされていないのだからな」

「そんなぁ」

 ついついリュゼーは、ドロフに対して良く使う言葉を発してしまう。ドロフは、ククク、と笑う。

 やはりおかしい。聞かされたイルミルズの人物像からすれば、平時ならこんなことを話したりしない筈だ。

「すまん、すまん。冗談だ」

 イルミルズは豪快に笑い、リュゼーの背中をバシバシと叩く。リュゼーは叩かれる度に、胸を前に突き出してしまう。それ程までに、イルミルズの手に込められた力は、必要以上に強いものだった。

 酒とはこういった作用をもたらす物なのかもしれない。

「こいつがこうやって太鼓判を押すのだから、ロシリオ様は心配ご無用なのでは?」

「ドロフ殿、それについては端から心配していない。エルドレと縁の深い女王がご健在であれば、御二方は其方らを裏切ることはない。断言できる」

「間違いなく、その通りでしょう」

「そうであろう?」

 二人は顔を見合わせて笑う。その顔からして、手に酒を持っていればお互いの杯を合わせた後、一気に飲み干していただろう。

「それほどまでに女王は、魅力的な方なのですか?」

「この国でも女神といえばエルドレと同じく女神トゥテェクレだが、祭壇にある女神像は幼い姿をしているだろう? あれは女王の幼き頃を模して作られている。不敬と取られ兼ねないことをしているのに、許されるほどに魅力的だ」

 イルミルズが答える。

「ロシリオ様よりは、ロシリオ様の父上の方が敬愛されているがな」

「ドロフ殿、よく知っているな」

「女王の逸話について、色々と聞いたことがあります。聞き齧った程度ですが、ね」

「女王はその境遇から、苦労なされているからな」

 イルミルズの言葉に、ドロフは慮って頷く。

「どういったものがあるのですか?」

「それはそれは、興味深いものが多数ある。どれも女王の素晴らしさが感じられる、素晴らしいものだ。だがこの場でその逸話を話すには、時間が足りないな。何よりも、掻い摘んで話をする様なものではない」

 ドロフは口早に答える。

「そうなのですね。それならば、後日お聞きしてもよろしいですか?」

「まあ、その方が良いだろう。それよりも心配なのは、ロシリオ様と帝国が繋がっていると虚偽の風説を流布されることだな。偽計を用いられることが、エルドレとしては最も都合が悪い」

「エルドレとしては、そうかもしれぬな。父上であるカバレロ様なら心配はいらないが、ロシリオ様だと疑うものが出てくるかもしれん。リチレーヌとて、一枚岩とはいかぬからな」 

 そう言うと、イルミルズは奥のテーブルに目を向ける。

「さてと。そろそろ出番が来そうだから、茶番はこの辺にしておこうかな。覚えておけ、人は嘘を吐く。誰しもがだ。それが、上手いか上手く無いかの差だ」

「お前は下手だがな」

「おい、おい。ドロフ殿」

 リュゼーは口を開いて息を吸うが、言葉は出てこない。少しの間だけイルミルズは待つが、何も出てこないため話を続ける。

「常に疑えと言っているわけでは無い。そんな人生はつまらんからな。しかし、人は命より大切な『もの』を質に取られると、案外脆いものだ。それを覚えておけよ。信頼や信用はしても良いが、依存は駄目だ。気とは人に対して配るものだが、その人物に預けたり置いてはならぬぞ。判断を見誤ったり、見返りを求めてしまうことに繋がる」

「分かりました。もし、自分に使ったとしたらどうなるのですか?」

 リュゼーはドロフからの視線を感じたが、敢えて無視をしてイルミルズを見つめる。

「それは師からの宿題だろ?」

 イルミルズは優しく笑う。

「聞かれていたのですね」

 リュゼーは恥ずかしそうに頭を掻く。

「まあな。しかし、俺が自分に使うとしたら、身形や立ち振る舞いに使うかな」

「ありがとうございます。私が下手を打って、これが終わった後で師とイルミルズ様とで交わす酒が、不味くならないように努めます」

「生意気を吐きおってからに、その意気があれば心配ないな。だが、気負うでないぞ。師と申すなら、普段からお世話になっている恩返しをしろよ」

「はい」

「それにだ、最後に伝えておくが、俺はチャントール様の挨拶をロシリオ様へ届けに来ただけだ。お前との会話は暇つぶしをしていただけだ、他意はない」

「承知しています」

 イルミルズが、普段は面倒見が良く皆に慕われているというのが分かる

 リュゼーはドロフをちらりと見る。師ではない、そんなことを言いたそうな顔をしたまま、使用人によって、三人は奥のテーブルへと通される。

 ドロフは自分の後ろにいた、ラギリと密かに通じていた人物からの警戒が解かれると、静かに笑う。

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