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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
66/113

雲の行き先 39 チャントール翁 下

 場は依然としてお互いを比較し、己の方が優れている、といった内容の言い合いで盛り上がっている二人を肴に、皆が笑いながら酒を飲んでいる。

 酒の席での軽口飛び交う雰囲気に呑まれ、リュゼーは話に入る機会を見失ってしまう。

 一人では到底、この二人の掛け合いより皆の興味を引くことは出来ない。街の食堂で酒を飲む使用人たちに紛れて馬鹿話をする程度では、直ぐに話題を変えられてしまいこちらに引き込めない。

 リュゼーはドロフに視線を向けるが、目が合う前に逸らす。

 もうこの際、こうなってしまったら、しょうがないんじゃないかと思う。恥を忍んでお願いし、こちらも二人で立ち向かった方が良いのかもしれない。

 師の口が達者なのは十分、承知している。お願いすれば簡単だろう。しかし、どうにかして、ひとりで切り抜けたい。

 リュゼーは会話の流れを読もうとするが、脈略の無い話にそれすら上手くいかない。笑ったかと思ったら怒り、それを見ても宥めたりせずに笑い飛ばす人々をただ見つめる。

「女の子ですか?」

 いつの間にか、チャントールの横に位置したドロフが話し掛けている。

「玉のように可愛いらしい子じゃ」

 好々爺はゆっくりと酒を口にする。

「娘と孫は違いますか?」

「どちらも愛らしいが、孫は別のものがあるかもしれん」

「それならば、優秀な人物を見つけらければなりませんな」

 チャントールは顔の前で手を振る。

「孫にはそんなことを抜きにして、好きな人と添い遂げて欲しいと思っておる」

「その相手が稀に見る優秀な者だとしたら、いかがいたします?」

 ドロフはそう言いながら、チャントールに酒を注ぐ。チャントールは目だけを向ける。

「孫の幸せのために、エルドレに住んでいようが、どんな手を使ってでも連れてきて婿にするだけだが、他にあるのか?」

「ものは言いようですな」

 二人は笑い合うと、手に持つ杯を合わせる。

 周りにいる者から「それが良い」との声が上がる。盛り上がっていた話はいつの間にか終わりを迎え、周りの者は二人の方を向いていた。

 リュゼーは奥歯を噛み締める。

 チャントールが皆の話に入っていなかった先ほどの場面こそ、攻める好機だったじゃないか。話の流れで孫の話に持っていこうとした俺が馬鹿だった。失敗した罠を再び仕掛けても、獲物に見破られてるから意味がない。冷静になれ、立てた策に固執したら駄目だ。

 ドロフは杯をテーブルに置き、話し掛けられては上手く返し、両の手で丁寧に酒を注いでいく。

 その場に合わせろと、師は良く言っていたではないか。目的は何だ、それを常に忘れるな。無理だと感じたら素直に引け、他を探せ。周りの気を引くだけであっても、あれで良い。群れの長が話し始めたら周りがその話を聞くというのは、考えれば思い付いたじゃないか。

 リュゼーは俯いていた顔を上げる。一瞬だけドロフと目が合い、直ぐに自分の顔を整える。

 笑顔とも取れる表情で唇を固く結び、奥歯をさらに噛み締め、誰にも気付かれないようにして爪を手の平にめり込ませる。

 そうだ、未熟な自分を悔やんでいる暇など無い。

 テーブルでは、孫について皆に祝われたチャントールが、満遍の笑みでそれぞれに酒を注ぎ始める。

 リュゼーは杯の果実水を飲みながら頭を冷やし、それを隠れ蓑に今一度、チャントールのことを探る。

 丸テーブルの人たちを差し置いて、これほど盛り上がれるのだから、チャントールはかなりの力を持っているのだろう。失敗する可能性は低いが、失敗した時の損害は多大なものになってしまう。それは理解できる。では、どうしよう。

 チャントールは動きの流れで、リュゼーにも酒を勧める。

 手に杯を持っていたリュゼーの動きが止まる。ドロフを見ると、手には杯を持っていない。併せて、やってくれたなと、顔が物語っている。

「ほれ」

 チャントールは酒瓶を振る。そして、いつまで経っても杯を差し出さないのを不思議がり、リュゼーの顔を見る。

「そうであったな。酔うて忘れおった」

 場を繕ったチャントールの物言いが、返って楽し気な雰囲気を打ち消す。場の会話がなくなりそうになる。視界の端でも、ドロフが次の手を考えているのが分かる。

 時間の流れが遅くなる。

「いえ」

 リュゼーは、果実水を飲み干すと杯を差し出す。チャントールは一旦躊躇するが、困った顔をしてリュゼーに少しだけ酒を注ぐ。

「お主、その酒をどうするつもりだ?」

 先ほどから騒がしい男が、少し語気強めてリュゼーに話し掛ける。赤ら顔の男は「よせ、よせ」と宥める。

「どうなんだ?」

「どうと言われましても」

「お前は酒を飲まないのだよな?」

「これ、イルミルズ」

 チャントールが窘めるが、イルミルズは首を横に振ってからリュゼーに顔を向ける。

「果実酒はな、皆で育て、皆で収穫し、皆で仕込んでから、大事に見守ってやっと酒になる。その酒をどうするというのだと、俺は聞いている。捨てるのか?」

 リュゼーは、はっと目を見開いてから「申し訳ございませんでした」と、謝る。

「分かれば良い」イルミルズは眼光鋭く言う。「寄越せ、代わりに飲んでやる」

「いえ。この杯は一度、私が口を付けています」

「それなら飲むのか?」

 再びイルミルズの語気が強くなる。

 言葉選びを間違った。周りからも、素直に従えと思われているのが分かる。

「飲んでみろ。それなら俺は、お前たちのことは何もかも手放しで賛成してやる」

「おいおい」

 赤ら顔も、さすがにと、イルミルズを止めに入る。

「どうなんだ?」

 手に持つ杯にギュッと力を込めると同時に、リュゼーは肩を叩かれた。 

「ご存知なのかこちらは知り得ませんが、こいつは見習いです。風としての重大違反をした過去を持つ者を、エルメウス家が雇い入れるとしたら、名家としていかがなものかという声が出てしまいます」

 ドロフは微笑みながらそう言ったが、毅然とした態度でイルミルズに理解を乞う。

 チャントールは直ぐに察するが、人格者ゆえに両者を立てようとしてしまい、次の言葉が出てこない。

 場の空気が重くなりかける。

 ドロフはリュゼーから杯を受け取ると、イルミルズに向ける。それからゆっくりと、杯の酒を飲み干す。

「流石はオシリオ産の葡萄酒です。香りもさることながら、果実の味の中にしっかりとした渋みがあります。大変、美味しい」

 ドロフの言葉に誰も答えようとしない。

「よろしいのか?」

 チャントールは皆が聞きたいことを、簡潔に訊ねる。

「これが一番丸く収まります」ドロフは綺麗に笑う。「それに、皆が飲めない時に飲む酒は、別格の美味さです」

 ドロフは砕けた笑みを浮かべる。

 リュゼーは瞬きを忘れてそれを見る。周りも同じ様に、突然の出来事に目を奪われている。その中で、チャントールだけが愉快に笑う。

「酒好きと申していたな、罰よりも酒を選ぶと言うのか?」

「罰とはおかしなことを言いまする」ドロフは仰々しく驚き、笑う。「これは祝いの酒でございましょう? お孫の生まれた慶事と注がれた酒を飲んだとて、誰がケチなど付けましょう。そんなことをすれば、洒落の利かない、つまらない家だと思われてしまいます」

 チャントールは、ほぉー、と長い息をはく。

「それならこちらがもう一度、この酒を勧めたらどうする?」

「祝いの酒でございます。断る理由はありません」ドロフは杯を差し出す。「先ほどの話を聞いてさえ、酒を勧めて下さるのならば、チャントール殿はこちらの味方をして下さると考えます」

 ドロフは屈託の無い笑顔を浮かべる。チャントールは嬉しそうに酒を注ぎ、ドロフは直ぐさま酒を口にする。

「一杯飲んでしまえば、後は何杯飲んでも変わりはないからな」

 横にいるドロフの背中を、チャントールは楽しそうに何度か叩く。ドロフが口の中にある酒を吐き出さない様に必死に堪えるのを見て、さらに楽しそうに笑う。

「わしが裏切ったらどうする?」

 チャントールはドロフの肩に手を置き、酒を注ぎながら訊ねる。

「チャントール翁は『粋』なお方だとお伺いしています。そんな人がすることでしょうか」

 ドロフは渇いた喉を水で潤すかのごとく軽々と杯を空けると、使用人から酒瓶を受け取る。

「周りを囲む方の顔を見て下さい。この様な笑顔の中でそれを心配する者がいたら、私はその者に医者を紹介いたします」

 ドロフは、さぁ、さぁ、と酒をチャントールへと勧める。チャントールに注ぎ終わると、近くの者から順に酒を注いでいく。

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