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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
64/113

雲の行き先 37 チャントール翁 上

 口の中を酸味の強い果実水で洗い流す。

「市場ではあり得ない大盤振る舞いの、見たことのない驚きの安さなんだぞ。これを成立させられなければ、一生、笑ってやるからな」

 ドロフは笑う。

 あれほどの品にこの値を言われて、首を縦に振らぬ人はいない。そんな失敗をすれば末代まで笑われる。これは、『緊張するな』と、いつもの歪んだ優しさで言ってくれているのだと思うようにする。

「はい」リュゼーは身を整える。「理解しています」

 これは外交、大切なのはその次だ。昔は同じ国で同盟国、ということに惑わされていたのは自分だ。いくら可愛い我が子であっても、いつまでも手が付けられなければ、親からも愛想を尽かされてしまう。エルメウス家と付き合うと利があるんだなと、相手に思わせなければいけない。

 会話の中で確実に、値段以上の価値を家に付けなければいけない。それが出来てこそ、師からも認められる。

「どうやって近付くつもりだ?」

「お孫さんの話でいこうと思っています」

 ドロフは少しだけ仰反る。

「小細工なしだから笑ってしまいそうになったぞ、大丈夫なのか?」

「はい。先ほどから見ていますと、チャントールを攻略するためには酒が必要です。酒を飲み交わす人は長く居座り、飲めぬ人は直ぐに移動します。そのためなのか、エルメウス家の人たちは誰一人として長くいません。私は歳的にも酒が飲めません。そのために、長く居続けられるのではないでしょうか」

 ドロフは笑う。

「当たり前だと言いたいが、時間がない。次を聞こう」

「話の流れで、そのまま品を勧めます。短期決戦で行こうかと思います」

 ヘヒュニのこともある。なるべくなら、こちらは早く済ませたい。

「随分とした自信だが、大丈夫なのか?」

「はい」

 リュゼーは力強く頷く。

「探っているうちに気が付いたと、自ら願い出たのだ。大丈夫なのだろう。それならば、向かうとするか」

「お願いします」

 二人は歩き出す。




 挨拶を交わす人の流れに乗って、どうにかチャントールの近くまでは辿り着いた。自然、不自然ではなく、テーブルのこちら側なら、誰でも話をできる雰囲気になっている。

「チャントール様、エルメウス家のリュゼーです」

「わざわざ私の名前まで、チャントールです」

 チャントールは顔を赤らめて、リュゼーの杯に果実水を注ぐ。

「確か貴方は、先ほどロシリオ様と話をしておられたな」

「こちらこそ、覚えていただきありがとうございます」

「お若そうなのにしっかりとしている」

 リュゼーは、「ありがとうございます」と、酒瓶を手に取る。

「おうおう、これはこれは、ありがたい」

 チャントールは嬉しそうに、リュゼーからの酌を受ける

「私は酒を飲む時、注ぎつ注がれるというのが好きでしてな。エルメウス家の人は、酒は駄目と言う人が多くて、寂しい思いをしていたところだ」

「祝い事には、酒が欠かせないですからね」

「若いのにそう思うか?」

「はい。私は飲みませんが、楽しそうな顔で話をする姿を見るのは好きです。大好きな爺さまの周りに集まる人は皆、皆さまみたいな顔をしておりました」

チャントールは、幼な子の話を聞くように笑顔を浮かべながら、小さく何度か頷く。

「爺さまがいるのか?」

「はい。酒を飲む爺さまの膝に座って、若い頃の話を聞くのが好きでした」

「ほお、若い頃の話とな?」

「何の変哲もない、爺さまが若い頃に経験した出来事の話です。ですが、その日に遊びに行ったような、不思議な感覚を覚えています」

「私も、小さい頃はそうだったなあ」

 チャントールは、感慨深く杯に口を付ける。

「可愛いお孫さんに、昔話を聞かせるのも良いのでは?」

 隣の男がチャントールに酒を注ぐ。

「お孫さんがいるのですか?」

「生まれたばかりで、まだ話をしなんだがな」

 リュゼーの言葉にチャントールは、嬉しそうに酒を飲む。

 よし、この言葉が出た。これで十中八九、成功だ。

 リュゼーはちらりとドロフの顔を見る。ドロフは口元で僅かに笑い、小さく肯く。

「それは、喜ばしく存じます」

 リュゼーは話を続ける。

 しかし、チャントールの笑顔を見ると、本当に喜ばしく思う。

 先ずは成功といったところか。ここからどうやって品に結び付けるかが難しい、悩みどころだ。しかし助けは無い。先ほどの態度は、自分で考えろとのことからだろう。

「そちらとゲーランド様とで、縁談が結ばれたとお聞きしましたが」

 リュゼーの隣にいる男が話しかけてくる。

「その通りです」

 リュゼーは隣の男に酒を注ぐ。

 その男は、酒を飲むか? と仕草で聞いてきてが、リュゼーは杯の上に手を添える。男は気にするなと、手を振る。リュゼーは頭を下げて、謝意を伝える。

 話題は逸れてしまったが、婚約の話ならば挽回できる範囲ではある。

「素晴らしいお人が、リチレーヌを離れてしまうな」

 顔を赤らめた別の男が言葉を漏らす。

「そうだな。リチレーヌにとって大きな損害だ」

 先ほどから、リュゼーが酒を飲まないのを不服に思っている節がある男が、酒を注ぎながらそれに賛同する。その男は、リュゼーの顔と手に持つ杯に目をやると、ぶっきらぼうに、酒瓶をテーブルに置く。

「申し訳ありません、私はエルドレでも酒が飲める歳では無いのです。お許し下さい」

 リュゼーが酒瓶を差し出すと、「酒を飲まない者に注がれてもなあ」と、杯を差し出すのを渋る。

「これ、これ」

 チャントールが間へ入る。

 男はふんと鼻を鳴らし、渋々ながら杯を差し出す。

「ありがとうございます」

 リュゼーは、酒を注いだ後もその場に居据わる杯に、果実水が入った自分の杯を合わせる。男はその後、つまらなそうに口を付ける。

 リュゼーは再びドロフを見るが、ドロフからの返事は何もない。

「お酒とはそういうものなのですか?」

「何がだ?」

 男は答える。

「笑ったり、泣いたり、怒ったりと、不思議なものだなと思いまして」

「飲めば分かる」

 男はそう言うと、杯を呷る。リュゼーが酒瓶を差し出すと、今度は素直に受けてくれた。

 見る限り人は良さそうだ。そうなると益々、酒というのは不思議なものだと思う。それと酒に関してもう一つ言えば、エルメウス家の人たちは、気付いたうえで酒を注がなかったのだ。担当する者以外のところで、この様に不必要に嫌われる必要はないと、分かっていたのだ。浅はかな自分の考えに、我ながら呆れてしまう。しかし、この場に居続けることは可能になったのではないか。

 一度離れてしまった話題を元に戻すにはどうすれば良いか、リュゼーはその糸口を探す。

 ドロフに目を向けると、挑発する様な顔を浮かべて、一回だけ小さく首を振っただけだった。

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