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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
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雲の行き先 33 大広間へ

「仲良くなっていたじゃないか。最後は、『お前』呼ばわりだったな」

「はい」

 ドロフはリュゼーに杯を手渡す。

「ありがとうございます」

 気が付いたら喉がカラカラに渇いていた、ありがたい。

「その杯一つでお前の給金一年分だからな」

 吹き出すのを必死に堪える。

 さっきまで美味しかった果実水の味が、突然しなくなった。残りを喉に流し込んで、壊さないうちに近くのテーブルに返しておく。直ぐさま使用人がそれを下げた。

「何か言われたみたいだな」

「はい」

 成功を喜んでくれているのか、悪戯が成功して喜んでいるのか分からないが、ドロフは笑っている。

 ここで嬉しがるのはおかしいと、周りに思わせないための優しさからくるちょっとした悪戯心だと思う。こうなれたのもこの人のお陰だ。喜び方は直接的ではないが、これはこれで嬉しい。

「ありがとうございました」

 リュゼーは人の流れの邪魔にならないよう気を付けながら、ドロフの近くに避ける。顔を向けて続きを話そうとすると、ドロフはそれを止める。

「それはお前が手に入れた情報だ。使いどころはお前が考えろ。もちろん、今じゃない」

 リュゼーは止められた息をはき出す。

「分かりました。必要と感じたら直ぐにお伝えします」

「その情報を知っているからこそ、お前だけが気が付くことがある。それはお前を罠に嵌めるための偽の情報かもしれない、それを判断するのもお前の仕事だ。それにだ、重要だと思ったものはなるべく自分だけが知っている状況を作れ。他人と無理に共有する必要はない」

「良いのでか?」

「いつまでも隠し通せとは言っていない、切り札を多く持てと言っているんだ。これだけは間違いがない、情報は自分の身を助けることになる。現にそうだろ?」

「えっ、?」

「気を抜きすぎだ」

 確かに浮ついていた。

「はい」

「同じエルメウス家なのに、見習いがどんなヤツかと気になって仕方ないらしい。モテモテじゃないか」やっと気が付いたか愚か者と、ドロフは鼻で笑う。「お前みたいに相手の気持ちが分からんやつは、すぐに飽きられてしまうがな」

「はい、未だ皆様の足元には及びません。これからも色々なものを手にできるように精進していきます」

 これだけ見張られていれば、確実に二人の会話は聞き取られている。情報は筒抜けになっていただろう。漏洩は情報元との信頼関係に傷が付く。それだけならまだしも、相手の身を危うくしてしまうかもしれない。

 考えろ。には、色々な意味が込められていたのだと新たに知る。

「どうした、いきなり畏まって。誰かに聞かれているのか?」

「いつもと何ら変わりはないと思います。むしろ、いつもより砕けているぐらいです」

 ドロフはニヤリと笑う。

「まあ、いいか。今は時間がない。お前が握ったものは、ただ単に好きな色を教えてもらっだだけなのかもしれない。しかし、本人から教えてもらったということが大事なのだ」

「はい。情報が正確なのも大切ということですね。そのために良い信頼を築くのを心掛けます」

「礼儀正しくしているが、本当に分かっているか? 今後大きなお得意様となり得る人物から、お前は担当を指名されたんだぞ」

 言われて気が付いたリュゼーを見て、ドロフは鼻を鳴らす。

「本家もあいつとどうやって縁を築くか、色々と考えていたと思うぞ。ところがお前はすでにあいつと縁を結んだ。良かったじゃないか、大手柄だ。そんなやつがどんなヤツか気になってるだけなのに、自分の品行方正さを謳う馬鹿はいないよな。信頼関係も何も、見習いのくせして身分を飛び越えた話をするなら、笑い話を一つでもした方がその者たちと距離が縮まるのではないか?」

 ドロフは笑う。

「えっ、あっ……」

 何か答えようとするが、周りが気になり何も言葉が出てこない。気のせいかもしれないが、笑い声が聞こえる気がする。

 そうこうしている間に、部屋内が騒がしくなる。使用人に名を呼ばれる人物は、全員部屋から出て行ったらしい。

 人の移動が始まる。

「名を呼ばれた者は、テーブルから動くことがない」

 ドロフが話し始める。

「そのテーブルへ、名を呼ばれなかった者たちは自分のテーブルから離れて挨拶に行く。ここにいる全ての者と同じく、俺たちはそれだ。商いの話なら——」

 会話の途中でドロフは歩き始める。

 仕事の話題となってしまったら、諦めるしかない。聞きたいことは沢山あるが、それはまたの機会だ。

 リュゼーは深く息を吸って、横に並ぶために歩を早める。

「交渉の窓口は多い方が良い。本来なら一人で動くものだが、今回は特別に俺とお前でひと組だ」

「はい」

「話に入ってこれそうだったら入ってこい。こっちで上手くやる」

「お願いします」

「しくじるなよ。もし、しくじったら自分で後始末しろよ」

「はい」

 リュゼーは力強く頷く。

 名を呼ばれなかった者は各々で、好きな扉から大広間へと入っていく。

 エルメウス家の者たちは先を譲る素振りをしているが、それぞれ特定の、商人の背中を目で追っている。

 扉から少し離れた位置で待機していたドロフの目が、一人の男に向けられる。大広間に入ったその男の動向をしばらく探った後、その男が通った所とは別の扉から中へと入っていく。

 リュゼーは『チャントール』という人物の情報を頭の中で整理しながら、その背中に付いて行く。

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