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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
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雲の行き先 31 挨拶の仕方 上

 ウィーリーは差し出されたリュゼーの手を握る。体をぶつけるものではなく、ただ手を握るだけの、商人同士が交わすものだ。

 それから少しの間、お互いに目を合わせて手を握り合う。

「本当にリチレーヌの出身ではないのか?」

 ロシリオの一言がきっかけとなり、二人は手を離す。

 自分に対しての問いかけではないのは分かっているが、ウィーリーはロシリオを見ながらゆっくりと頭を下げる。リュゼーと再び目を合わせた後、二人から一歩引いた場所に身を移す。

「どうなのだ?」

 ロシリオは再び訊ねる。ウィーリーはその横で口を閉じたまま笑顔を浮かべている。二人で話をして良いとのお許しがでた証拠である。

 なぜだかロシリオの興味を引けた。普段なら周りにいない新種の虫に出会ったぐらいの感覚だろうが、縁を結べたことに変わりはない。話し相手がウィーリーではなくロシリオに変わったので、交渉相手というよりは話し相手なのだろう。でもそれでも良い。

「はい」リュゼーは答える。「手を握るだけの挨拶ならばエルドレでも経験がありますが、あのような挨拶は初めて行いました。あの挨拶には、どういった意味があるのですか?」

 だが、あんなにも堂々と人差し指を手首に当てられ、脈を測られてまで確かめられたのだ。許してもらうだけでは割に合わない。

 あの挨拶がどうも気になる。

「やはりそうか。いや、悪いことをした。さっきのはリチレーヌでは武官同士で交わされる挨拶だ。お前の手は何度も肉刺が潰れたものだったので、勘違いをしてしまったのだ。許せ」

 そういうことなのだなと、リュゼーは納得する。

「見たことはあったのですが、経験がないため戸惑ってしまいました。何卒お気になさらずに、無知なこちらが悪いのです」

「経験がなかったか。本来ならばな……」

 横から咳払いが聞こえたので、ロシリオは途中で言葉を止める。ちらりとウィーリーの顔を見て「ヘヒュニもこの挨拶なのだが、こちらが仕掛けてもあいつは頑なにこれを返してこぬ」と、声を小さくして教えてくれる。

 横ではウィーリーが満足そうに笑顔を作る。

 距離を詰める会話のやり取りは鍛えられた分、上手くいったと思える。自信も付いた。しかし、これにはどう返して良いものか悩む。ここからの対応は教わっていない。全て教わると時間が足りないため、ここまでくればあとは誰かに引き継ぐという前提で訓練をした。

 考えても出てこないので、待たせる方が場を悪くするとリュゼーは諦めて、「そうなのですね」とだけ答える。

「そうなのだよ」

 ロシリオは無邪気に笑う。

 どこが気に入ったのか分からないが、先ほどから「ニコニコ」と笑って話をしてくれる。

「気を使わせてしまったお詫びに、やり方を教えてやろうかなぁ」

 ロシリオはウィーリーに目配せをする。ウィーリーは笑顔のまま表情を変えず、口を閉じたままだ。

「これを覚えておいて損はない。リチレーヌに来たのだ、折角だから覚えて帰るのが良い。きっと役に立つぞ」

 ロシリオは手を前に出し、「先ずは手を握ることからだ」と言い、「分かりきったことだがな」と笑う。

 部屋にいるほとんどが商人である。リュゼーがどうしたら良いのか戸惑っていると、「領主の『それ』は、他とは違います。いちど経験してみるのも良いでしょう。それも、今後の役に立つと思いますよ」と、前に出されたロシリオの手を握れとウィーリーはリュゼーを促す。

「よろしくお願いします」

 リュゼーは元気良く、差し出された手を握る。そのあと直ぐにウィーリーの言った意味が分かる。

 手を握っただけで、ロシリオの熱が体の中に伝わってきた。騎士は戦において、お互いを奮い立たせるためにこれをするのだろう。

 それから直ぐに先ほど同様に手を強く引かれるが、勝手を知ればやり方は分かる。

 ドンッという衝撃が肩から体全体に伝わる。

「それでは違うのだよ」ロシリオは手を握ったまま、リュゼーから距離を取る。「それだと、略式のものになってしまう」

 いいか? と、ロシリオは体を使って教え始める。

「引かれた手はお互いの腹で挟み、この場では剣を抜かないことを誓い——」

 リュゼーの手を握ったまま自分の腹を叩く。

「次に、胸を合わせることで武器を隠し持っていないことを示し——」

 リュゼーを自分の方へ引き寄せて、胸をトントンとぶつける。

「最後に顔を相手と逆に向けることで、目を逸らせるほど信頼しているということを表しているのだ。分かったな?」

 リュゼーは肯き、再び距離を保ってから、ロシリオの動きに合わせて言われた通りに体を動かす。

 ドンッという衝撃が体を走り、内から力が湧いてくる気がする。この感覚は何だと驚いていると、「それでは、もう一度だ」と声を掛けられる。

 はい! と元気よく応え、先ほどの感覚が何なのかを確かめようと、力強くロシリオと胸を合わせる。

「——俺が遅れた本当の理由を知りたいか?」

 耳に届いた言葉で、さっきの感動はどこかに行ってしまった。

 確かにそう聞こえた、これは間違いではない。しかもドロフが使う、リュゼーにだけに届くあの独特の話し方だった。

 リュゼーは顔を作ることを忘れ、ロシリオの顔を驚いた表情で見つめる。

「どうしたその顔は? こんなのは難しくはないだろ。しょうがない、もう一度行くぞ」

 返事を待たずに、手が引かれる。

 リュゼーは気持ちを立て直し、周囲に動揺がばれないように、あくまで自然に挨拶のやり方を教わる。

「——理由を知りたいかと聞いている」

 ドンという衝撃と共に、再びあの声が耳に届く。

「どうだ?」

 ロシリオはリュゼーを試すように笑う。

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