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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
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雲の行き先 30 待合室での商い 下

 ロシリオは不思議そうな顔を浮かべる。

「お主はリチレーヌ出身ではないのか?」

「……はい」

 何が起きたのか、なぜそんなことを聞かれたのか理解が追いつかない。

「親や、爺様がリチレーヌ出身ということでも?」

「はい」リュゼーは頷く。「アモンデという小さな村で生まれました。爺様と婆様は近くの街出身で、母は同じ村出身です。リチレーヌには今回初めて来ました」

「そうなのだな」

 そう言って考え込んだロシリオの顔を、リュゼーはじっと見つめる。

 リュゼーが必死な顔をしているのが我慢できなかったのか、ウィーリーは先ほどのように拳を口に持っていき顔を綻ばせる。

「ロシリオ様、少々自分のことを買い被っているのではないですか?」

「黙れ」ロシリオは笑い飛ばす。「余計なことは言わなくて良い」

 ウィーリーは、笑顔のままリュゼーと目を合わせる。

「領主は、あなたがこちらの様子を探っているのは、自分と挨拶を交わしたいからだと思っていました。ところがそうでなかったので、恥ずかしがっておいでです」

「黙れといったではないか」

 ウィーリーは領主からのお叱りに対して特に反応を示さず、その代わりにリュゼーに向かって、こちらが勝手に勘違いをしたことだから気にすることではないよ。と、笑いかけて教える。

 承知しました。と、リュゼーは警戒心を解いて応える。

 常日頃から握手を求められるほど、領主として人気なのだろう。不特定多数の者と気軽に握手ができるのも、先ほどの『気』のお陰だ。ドロフの扱うものとは正反対の気だが、相手の動きを制限することに関しては類似している。

「申し訳ありません。気を悪くさせてしまったのなら、何とお詫びして良いものか」

 エルメウス家を除いて、この二人以外にロシリオの様子を窺っているのに気が付いたものはいない。それは自信を持って言える。何かをしようとしているのは感じ取られたかもしれないが、遠く離れていればロシリオを監視していたとは判断されないくらいに注意を払った。

 それなのに様子を窺っていたと言われてしまった。

「気にすることはないよ、敵意があったわけじゃないからね」

 リュゼーは大きく息を吸う。

 その間も何を言うか考えていたが、返す言葉が分からない。何を言っても正解であり、不正解な気がした。

「敵意も無くこちらの様子を窺っていたら、ロシリオ様も勘違いをしますでしょう」

「手も、剣を振っている者の手をしていたのだ」

「分かっています。それなので、お止めしなかったではありませんか」

 ロシリオの言い訳にウィーリーは丁寧に返す。リュゼーを他所にして話す二人の関係は、見るからに良好なようだ。

「驚かせてしまったね」

 気持ちをくすぐる笑顔だが、ウィーリーからの警戒は、先ほどから一度として外されたことはない。

 その立ち姿は一見すると細身だが、無駄なものが付いていない鍛えられた体をしていて身のこなしも隙がない。頭だけでなく、腕も相当なものを持っているのだろう。最近流行りの貴族服を、騎士服に見立てて仕立ててある。芸術的観点も優れている。

 この人たちは商人ではない。そうリュゼーが気がついた時には、すでに見張られていたのだろう。

 大人しくしていれば安全なのだろうが、それでは師に認めてもらえない。相手を甘く見るのが俺の悪い癖だ、相手にとって不足はない。

「せっかく良い仕立ての服なのに、領主様はわがままを言って着てくれませんか?」

「なぜそんなことを?」

 不躾な問いかけだが、ウィーリーは興味あり気に笑いながら答える。

 その笑顔は、この状況でもなお自分の務めを果たそうとしている若者に向けられた優しいものであるが、心に余裕のないリュゼーはそれに気が付かない。

 ロシリオはそれを微笑ましく思い、気を緩める。

「ウィーリー様の服は実に見事です。ですが……」

 リュゼーは顔を下げて、ちらりとロシリオを見る。

 ロシリオの服は、ひいじい様世代が正装として誰しもが着ていたものだ。だが、生地は新しいので、最近作られたものだろう。今でも格式高い式典ではそれが正装とされているが、それが故にこのような会では重く浮いた存在になりやすい。

「領主の服が気になる?」

「……はい」リュゼーは言いにくそうな顔を作る。「ウィーリー様がお召しになっている服を少々手直しすれば、他の貴族に見劣りしない見事なものになります。私の考えとなってしまい申し訳ありませんが、それを作られていないはずがありません。着ない理由は他にあるのだな、と思いました」

 着慣れた騎士服に寄せてまで作ったのに、それすら着ようとしない領主を持って気の毒に思う。という気持ちも、言葉に乗せて伝える。

「流石に、『櫛入れ』などは減らすことはできなかったため、馬車の中に吊るしたままです」

 ウィーリーは、ロシリオを見ながら答える。

 戦もなく飢える心配がなくなってくると、リチレーヌでは都市ごとに芸術が花開いていく。服も都市の特徴を表すものとして独自に発展し、それにより宮廷は奇抜な服装で溢れた。風紀を乱す服装が見られ始めたため、基準と限度が示された。基準では持ち物も決めら、櫛はその中の一つである。それに伴い、『胸の内側に櫛を入れる袋状のものを取り付けなければならない』という服に関する規則が設けられて出来たのが『櫛入れ』である。それ以外に、作法についても色々とあるらしい。

「やはりそうでしたか」

 リュゼーの言葉にウィーリーは肯く。

 それら規則や基準、作法なども、ロシリオが着ている服ならば一切関係無くなる。一番格式の高い格好なので、本来ならばこちらが基準だ。それなので、後ろ指を刺されることはあるかもしれないが、どんな場面においても失礼にあたることはない。作法や手順で人を見下す奴からも解放されるので、尚のこと、ロシリオならばこの服を選ぶだろう。

「『服には、汚れを拭う布がしまえるように袋状のものを縫い付け、布を所持しているのが分かるように少し見せなければならない』、これもだめですか?」

「他国のことなのによく知っているね、そうなんだよ」ウィーリーは何度か頷く。「必要なものは全てこちらで用意していますが、どこどこにこれを入れてと、私どもに言われるのが嫌なのです」

 ロシリオはいいように言われて面白くないらしく、鼻を鳴らす。

「だから言っているだろ。着たあとに勝手に入れていってくれ。と」

「私たちは乳飲児に仕えているわけではありません」ウィーリーが諌める。「本人に覚える気がなければ、こちらとしては諦めるしか手がありません。この方は人の目を気にしないので、これの方が都合が良いのです」

「心中お察しします」

 リュゼーは笑う。その後、仰々しくウィーリーと目を合わせる。

「コビー様は親子二代に渡って気苦労をされていたとおっしゃっていましたが、ここまではっきりと自分の意思を示されると、諦めはつきやすそうですね」

「へーーー」

 ウィーリーはその言葉と同じ時間だけ、リュゼーの全身をくまなく見渡す。

「君は気配りが上手なんだね。こちらを見ているだけの少年かと思っていたけれど、そんなところまで気を配れるんだね」

 ここにきて、ウィーリーは背中で組んでいた手を解く。

 こちらの力も分かってもらえた。これでやっと、他国からのお客様ではなく交渉相手として認められた。

 リュゼーは深く息を吐く。

 相手は広大な穀倉地の領主だ、デポネルとも仲が良い。生産される品物の数は間違いなく多い。これだけで及第点をもらえると思うのは、都合が良すぎるだろうか。

 リュゼーはそんなことを考えながら、ウィーリーに向かって手を差し出す。

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