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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
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雲の行き先 29 待合室での商い 上

 誰かが近付いて来るのが分かる。

 廊下は毛足の長い絨毯が途切れなく敷かれているので、足音が聞こえてきたからというものでは無く、特殊な人物が醸し出す『気配』というもの感じる。

 山に入った時に、何か嫌な気がするなと感じた先には、ほとんどマクベがいる。そんな気がするという感覚によるものだが、危険を回避するためには重要となる。

 小さい時は必死でこの感覚を磨いた。相手の存在をいかに早く認識するかが、自分の身を守ることに直接繋がることを山で知ったからだ。

 そう、距離があればなんとでもなる。それなのだけれど、ぼーっとしててばったり鉢合わせをした時は最悪だ。相手も気が動転して襲ってきたりする。マクベやロウの縄張りに入る時は、近付く前から常に警戒をした。そんな所に一緒に行くやつは決まっていて、猪突猛進型と己の殻に閉じこもって考え事をするのが好きなやつだ。自然と俺が警戒をする役目になった。そんなことを続けていたら、何かをしながらでも寝ている時でも、辺りを警戒しているぐらいなら苦じゃなくなった。

 ドロフはすでに気が付いているらしく、扉の方に顔を向けていた。

「あいつはお前にくれてやる」

 ドロフはそう言うと、廊下に対して背を向ける。リュゼーはその姿に、目だけを遣る。

「あいつは綺麗すぎる。己だけを信じ、欲も無く心に隙がないやつは、金や権力に靡かない。そんなやつとは友とならば話をするが、こんな場所では話す気になれないんでな」

 リュゼーからの返事を待たずに近くのテーブルまで行き、酒瓶を一旦手にするが何かを思い出したらしく、目を瞑ったまま天井を見上げてから果実水を杯に注ぐ。

 こちらに近寄って来る者から感じる気は、確かに綺麗だ。恐ろしいという類の禍々しさは全く感じない。しかし、強力な個を感じる。己の存在を外に撒き散らしながら、こちらに近付いて来る。

 言葉は悪いが、丁度良い相手だ。

 リュゼーは廊下を警戒しつつ、ドロフに意識だけを向ける。

 これは、目の前でやってみせた、ここに来るまでに教えられることは教えた、あとはやってみろ。ということだろう。

「ペター、案内ご苦労」

 あいつと表現されたその男は、扉の向こうで頭を下げた使用人の肩に友のそれと同じように手を置くと、親しげに労う。それを見たリュゼーは、思い違いをしていたことに気が付く。

「遅れてしまったな」

 誰にともなくいって部屋に入ってきた男は、見たところ歳は三十前後、いや、三十半ばといったところか。整った顔立ちはしているが顎周りはしっかりとしている。一昔前の貴族が好んで着た、たっぷりとした布で体を包むだけの服だが、肩から首にかけての筋肉は盛り上がり胸板が厚いのが分かる。

 あの男の気は、神から授かった天性の資質を磨き上げたことにより、体の中から自然と出てくるものだ。隠す必要の無い、武の香りが身体を包んでいる。

 リュゼーは、馬車にて聞かされた情報から該当の人物を頭の中で探す。

「ロシリオさま、遅かったな」

 その男に気が付いた商人風の男が声を掛ける。敬称をつけているが、敬った様子はない。

「おおコビー。領地内でいざこざが発生してしまってな、それを処理していたらこの時間だ」

 ロシリオはそれについて気にした様子もなく、ざっくばらんに言葉を返す。

「どうせそんなことを言って、晩餐会での会食が嫌だったんだろ?」

 片眉を上げたコビーに向かってロシリオは、ばれたならばしょうがないといった笑顔を返す。

「どうもああいった場は苦手でな」

「おいおい。領主様がこんな場でそんなことを言ったら大問題だろ」

「ここにいる皆が知っていることだ」

 ロシリオは周囲の者と挨拶を交わしながら、『大人の事情』など知ったこっちゃないと言わんばかりに豪快に笑う。話を振った負い目を感じながら、コビーは呆れて肩を竦める。

 二人のやりとりで、デポネルの西側に隣接する広大な穀倉地帯を治める領主の名が、『ロシリオ』だったことをリュゼーは思い出す。

「こんな領主のお守りをしなければならないとは、ウィーリー様も大変ですな」

 コビーはロシリオに付き従っている、ロシリオより十は年下の若い男に話しかける。その者の気苦労を知っているのか、ロシリオに対して見せなかった敬意というものを感じる。

「今に始まったことではありませんので」

 ウィーリーは快活な笑顔で応える。

「厳格さで有名なイグナシオ様でも匙を投げたお人だ。親子二代で大変な役回りですな」

「余計なお世話だ」ロシリオは笑う。「ウィーリー、会の進行はどうなってる?」

「あと少しで終わるとのことです」

「そうか、腹も減ったし丁度いいな」

 その言葉を聞いて、コビーはさらに呆れる。

「何だ。やはりそれが目当てですかい」

 独り言のように呟かれたコビーの言葉にウィーリーはそっと拳で口を隠した後、ロシリオにばれたとて構わないと、口元を緩ませながら軽く頷く。

 ロシリオは「何が悪い」と笑い、コビーは「悪いとは言ってないでしょう」と答え、二人は笑い合う。

 そんなロシリオの振る舞いに、リュゼーは既視感を覚える。

 アンカレ港を拠点にして海の運搬を生業とするアスキ家とホロイ家、その二つ中でも、ホロイ家に似た人が多くいる。船員の技術が高いほど生きて帰ってこられる確率が上がる。誰よりも高い技術を持っている者でも、気まぐれな女神の機嫌を取っていても、嵐に巻き込まれれば簡単に命は海に消えていく。そんな人たちと同じ雰囲気を感じる。

 平和な国のはずなのになぜこの人は、死と隣り合わせで生きている人、と同じ気を出すんだろう。と、部屋の様子を眺めている振りをしながら、リュゼーはロシリオに注意を向ける。

 遠くから声をかけている者もいる。皆から好感は得られているようだ。

「あちらが、エルドレから見えられた方々だな」

 ロシリオはウィーリーに顔を向ける。はい、という返事を聞くと、奥から順に顔を確認していく。その視線はリュゼーのところで止まる。

 ああ、やはりばれていたな。そうリュゼーは思うと、視線を横にずらしロシリオと目を合わせる。下手な演技が通用しそうな相手ではない。

 リュゼーは頭を下げると、ロシリオへと歩みを進める。

 近付いてみてわかったが、ロシリオの気の本質はあたたかく包み込んでくるものだ。父親から小さい頃に感じた、それに似ている。

 ところが、愛情というよりは監視。今、リュゼーに向けられているものは厳しいものだ。下手な気を起こしたら直ぐに気付かれてしまう、そんな気がする。それでもなおこの雰囲気なら、仲間に向けられるものは心地良いものだと思う。穀物を扱う商人のコビーが、あんな態度をとってしまう気持ちが分かる。

「エルメウス家のリュゼーと申します。マルディオス領を治められている、ロシリオ=マルディオス様とお話できて光栄です」

 教えられた手順に則り、リュゼーは恭しく手を差し出す。

「私を知っておられましたか」

 ロシリオは驚きもせず、差し出された手を握る。

「おっと」

 手を握られた途端に強く引かれた為、リュゼーは体勢を崩す。肩がぶつかってしまったので、その手を離してしまう。

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