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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
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雲の行き先 26 師と弟子 下

 デポネルの夜は短い。

 都市の中心に当たる小高い土地に、ヘヒュニの館がある。そこからボウエーンに向かって、一直線に広く整備された石畳の道が伸びる。不必要なほど道の両脇には街灯が設けられ、軒を連ねる様々な建物からは灯りが漏れている。道の先にある、夜のしじまに沈んだボウエーンとは比べ物にならないほどに、街は活気に溢れている。他の、エルメウス家の者たちが待機する旧要塞からは、闇夜にいつまでも光り輝くデポネルの街並みが望めるという。

 リュゼーを含めた後発隊となる十数台の荷馬車は、目抜き通りの末端ともいえる場所に集まり、隊列を整えている最中だ。遠くから眺めずとも、この場所からでも明らかに意図して作られた街並みだというのが分かる。

「当て付けですかね?」

 リュゼーはドロフから先ほど聞いた、この地を治める騎士として誇り高かった、亡き父親に反目するヘヒュニの話を思い出す。

 ヘヒュニは騎士としての資質はさておき、商いの才覚は人並み以上のものを持ち合わせているらしく、亡き父は領主としての本分を疎かにしてまで商いに没頭するヘヒュニを、幾度となく窘め、時には厳しく叱責したそうだ。会の終盤で見せた融和な態度は、エルドレにおいて商いの強いエルメウス家に近しいものを感じ、そこからきていたのではないか。と、ドロフは話を締め括った。

「だろうな。今じゃ、自分の力を誇示するものに変わっただろうがな」

 旧要塞には、先祖から引き継いだその父親の邸宅があった。城や館と呼べるものとは程遠く、質素倹約という言葉が相応しい、戦のために余分なものを削ぎ落としたものだった。だったとは、昔はそうであっただろう、との意味で、その建物だけが手入れされておらず、遺跡や廃屋に近い佇まいを感じた。

 その邸宅のある場所から眺めるデポネルが一番美しく、光り輝いて見えるらしい。

「仰々しいというか、何というか……。適切な表現か分かりませんが、何だか上っ面だけな感じがしますね」

 人が集まり店ができて市が立ち、街が広がっていった都市と比べるとあまりにも街並みが綺麗すぎる。

「親子の愛憎交々だな。まあ、民にとっては飢える心配がないから、良き領主なのだろうな」

 リチレーヌを敵から守るためだけに街が作られ、騎士の本分として己の身を犠牲にすることを厭わず、亡き父の代まで質素倹約を貫いた都市ボウエーン。

 歪んだ青年期を過ごし、父に反発するように金の力で統治し、金の力で地方の貴族からリチレーヌの中核を担う地位まで上り詰めたヘヒュニが作り上げた都市デポネル。

 どちらが善でどちらが悪とは言えない、ただ——。

 リュゼーは、ドロフの見つめる先へと視線を移す。

 夜だというのに目抜き通りに集まった民衆からは、悪政に苦しむ民が纏う特有の悲哀といったものは全く感じられない。集まった民の服装には貧富の差はあるとしても、誰しもが飢えや困窮をしているようには見えない。

「そうなのかもしれませんね。皆、催し物を楽しそうに待ち侘びています」

 どの都市にも光と影の部分があることはリュゼーも理解している。しかし、こんな時間でも物見に出掛けられるぐらいに街の治安は良いのだろう。

 デポネルという都市は、立地に恵まれ、世の情勢により偶々発展した訳ではないのかもしれない。知れば知るほどヘヒュニという人物が分からなくなってきた。その様な男を相手にして上手く立ち回れるのだろうか。

「どうしたんだ? そんな難しそうな顔をして」

「あっ、いえ」

 リュゼーは慌てる。

 思考を遮られたからというよりは、不敵に笑うドロフに考えを見透かされた気がしたからだ。

「本家を無視して、本当に大丈夫なんでしょうか」

「怖気付いたのか?」

「そういう訳ではないですが……」

 本心を言えばそれも多少なりともある。

「それでは何なのだ?」

「あのですね……」

 眉根を寄せて言い淀むリュゼーを見て、ドロフは鼻で笑う。

「やはり、本家に確認してからの方が……」

「本家が何なのだ?」

「ちょっと」リュゼーは慌てて周りを見渡す。「声が大きいですよ」

 幸いなことに他の者たちは、自分の事をしていてこちらに興味がない様だった。

「やはり愚者を演じた方が気が楽か?」

 ここまできてそれはない。ドロフから受けた恩を仇で返すことだけは絶対にしたくない。

「それだけは有り得ません。しかしながら、こちらが勝手に決めたことです。多少なりとも知らせた方が、事が上手くいくように思います」

「断られたらどうする。諦めるのか?」

 それを言われてしまったら、リュゼーは何も言い返すことができない。

「それにだ。こちらが勝手に決めるも何も、俺は関与していない。お前が一人で勝手にやることだ。それなのに、誰の了解が必要なのだ?」

「えっ!?」

 そうなってくると、少し話が違ってくる。

「冗談だ、冗談。お前如きが多少なりとも跳ね返ったとしても、何も問題はない。お前の自己評価がどれくらいなのか俺には分からないが、商いの基本すら忘れ馬車の操縦に目を輝かせている愚か者だぞ。お前一人が張り切ったところで誰も困るものなどいない。よく励んでいるなと、微笑ましく思われるのが関の山だ。それにな——」

「はい」

「お前程度の小物に対応できない者がいたら、笑い者として周りから白い目で見られるだろうな。話にならん」

 先ほどから、ドロフの口元は緩みっぱなしだ。リュゼーの心を揺さぶって楽しんでいるのがありありと分かる。

「承知しました」

 リュゼーもそれを感じ、渋々ながら本家への知らせは諦める。

「何を迷っている。年端もゆかぬよちよち歩きの若者が、実は素晴らしい人物だったとヘヒュニに知らしめることができる良い機会だぞ。会では愚者を演じていたのかと、歯軋りする音が今にも聞こえてきそうじゃないか。いっそのこと、あやつの歯を砕いてしまえ」

「はい……」

 ドロフは軽く舌打ちをする。

「気のない返事をするな。上手くいった暁には本家もお前を見る目を変える。晩餐会に出席したデポネルの者たちに、エルメウス家は優秀な者が揃っているのだなと、家名と共に当主の名を挙げるだけでなく、ゲーランド翁の御息女は良き婚約者を選んだなと、思わせられるではないか。何から何まで、良いこと尽くめじゃないか」

 それだからこそ、失敗した時には、という言葉をリュゼーは飲み込む。

 それを感じ取ったドロフは、話が進んでいくうちにうじうじと悩みはじめ、初めの勢いを無くしたリュゼーに苛立ちを募らせる。何か言おうと息を吸った時に周りが話すのを止め、場が静まる。準備が整ったらしく、本家の者が先頭に歩いて行くのが見える。

 ドロフの舌打ちが、はっきりとリュゼーに聞こえた。

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