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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
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雲の行き先 24 外交と商い 下

 風で運ばれた雲により、月の光は遮られている。暗闇に覆われたデポネルへと続く道を、所々に設置された篝火が照らす。先を行く馬車が、暗がりから現れては消えていった。

 その先にはエルメウス家が拠点とする、都市マルセールに引けを取らない街並みが夜だというのに視認できる。

「不用心だとは思わないか?」

 何台かの馬車が目に入ったが、いずれも護衛の姿は無かった。当然、この馬車にも護衛はついていない。

「急な出来事と、馬車の操縦にばかり気を取られていて大切なことを疎かにしていました」

 月夜とはいえ、余程のことが無い限り夜間に荷を運ぶことはしない。賊の襲撃を回避する他に、視界が悪ければそれに伴って危険が増すからだ。

「気にするな。こちらとしても、何も対応をしていないわけではない」

 ドロフは夜鳥の鳴き真似をする。すると、暗闇から鳴き声が返ってくる。それも一つや二つではない。一小隊とはいわないまでも、それなりの人数が暗闇に潜んでいると思われる。

「まあ、あいつらは、賊と直接やり合うというよりは、警戒や情報を収集するために散らばっているのだがな。それに、この辺りには己の身を危険に晒してまで荷を襲うような物好きはいない。そんなことをせずとも、生きてはいけるのだからな」

 夜風によりサラサラと葉が擦れる音が聞こえ、麦穂の香りが運ばれてくる。ドルリート王の功績もあるだろうが、それを絶やさずに畑を耕し続けた民の営みが垣間見れる。

 先ほどの言葉の意味は、飢えることがなければ賊になる者も少なくなる、ということだろう。しかし、エルドレとリチレーヌの違いを知れば知るほど、心の内に別の感情が湧いてくる。

 人を集め、人を育て、人を使って発展していったエルメウス家とは違い、ヘヒュニという人物、ひいてはデポネルという都市は、立地に恵まれ、世の情勢により偶々発展したとしか思えない。

 篝火の横を馬車が通過する。燃え盛る炎により他より気温が高く、夏夜の暑さと相まって体が熱くなる。

 リュゼーは幼き頃の出来事を思い出す。

 東方の大国が、削り取られた領地を奪い返そうと、エルドレと同盟を結んでいる都市国家に戦争を仕掛けてきた。救援を要請されたエルドレは、当然のこととして軍を派遣する。敵国の規模からして、大規模な争いには発展しないだろうと思われていたが、隣接する都市の反乱によりエルドレは窮地に立たされた。どうにか防衛には成功したが、エルドレと都市国家は多大な損害を受けた。反乱を起こした都市は帰順を示していた国家の一部であったが、敵国の侵略が成功すればその地域一帯を治める盟主にすると唆されての愚行だった。

 その戦にて命を落とした兵の中に、同郷出身の者が数名いた。遺体のない葬儀にて「名誉ある戦死だと聞いています。息子を誇りに思います」と、力無く悲しみに暮れた顔で語っていた、兄を失った友人の、母が流した涙が脳裏に浮かぶ。

「エルドレのことを、『番犬』とは良い表現でしたね。これだけ平和なら、国防について興味がなくなるのも理解できる気がします」

 己の身体が熱を帯びてきているのは篝火のせいだと、何度も自分に言い聞かせる。

「そうだな、平和とはいいものだな」

 お面でも見ているような表情の乏しいドロフの顔から察するに、この言葉を額面通りに受け取ることはできない。少なからず、同じ様な感情を抱いていると思われる。

 このままではいけない。これ以上、ヘヒュニに対して負の感情を抱いてしまっては、思っていることが表に出てしまう。

「私に求められているのは、先ほどの会と同じような役目なのでしょうか?」

 リュゼーはドロフから視線を外し、抑揚無く問いかける。

「そうだ」

 その一言で、一縷の望みが絶たれてしまう。

 分かっていたことだが、自分に求められているのは、ヘヒュニの気を良くさせるための愚者を演じることだ。

「分かりました」

 本家が決めた任務だから諦めるしかない。しかし、会と今現在では心持ちが全然違う。

「何だ? 不服か?」

「いえ、任務を与えられて嬉しく思います」

 葉が擦れる音が聞こえるほど静かで、真っ直ぐの一本道。鞭も手綱も操っていないのに、馬が怯えた声でいななく。

 ドロフは呆れたように鼻を鳴らす。

「簡単な役割で良かったな」

「はい」

 文言で表せば冷たくリュゼーを下に見ている言葉だが、明らかにドロフが苛ついているのが分かる。

「まあ、お前が納得するならば、それで良しとするか」

 返答を待つようにドロフは間を空ける。しかしリュゼーは何も答えない。

「くだらんなぁ」

 苛立ちを隠さず、ドロフは何に対してなのか明確に示すことなく、言葉を漏らす。

「活躍する場を自ら手放してしまうなど、俺からしたら愚かな事をするものだと思ってしまうがな」

 ドロフは再び間を空けるが、リュゼーは口を開かない。

「まあ当然か。馬車を操縦させてくれと言われた時に少しは期待してみたものの、蓋を開けてみれば己のことしか考えていなかったのだからな」

 それでも尚、リュゼーは口を紡ぐ。

「流石は本家だ。この程度の男だと分かっていたのだろう」

「いえ。違います」

「ほう、何が違うのだ?」

 リュゼーは再び口を閉じる。

 ドロフはリュゼーの顔を見つめ、ふんっと呆れたように鼻で笑う。

「何が違うのかと問えば答えることをせず、こともあろうに不満を顔に浮かべる。良い身分だな」

「申し訳ありません」

「謝るだけか? 今、この話は愚者を演じる訓練でも、お前の胆力を鍛えるものでもないことは承知しているな?」

「はい、理解しています」

「それでもその態度か?」

 リュゼーは歯を食い縛る。

 それを見たドロフの舌打ちが聞こえる。

「まあ、商いの基本がなっていないやつにとっては、この状況を打開するのは難しい事なのであろうな」

「何も言い訳はできません。自分の荷を確認するだけで精一杯となり、他の荷については確認しませんでした」

 どんな品物があるのか分からなければ、そもそも、商談など出来ない。会話の途中で品物の話が出たらそのまま現物を見せて質などを確認してもらえるし、それとはなしに、品物へ話を誘導できたりもする。必要ならば知識の深い者を紹介できる。何を用意しているのか分からなければ、それすらも出来ない。

「手柄を立てられそうな場面なのに、それを手放した言い訳がそれか。少しは変わってきたと思っていたが、俺の思い違いだったか」

 リュゼーは再び口を紡ぐ。

「ところで、お前には師がいたな。その師ならこんな場面でなんと説いて聞かせるのだ?」

「どんなに些細な情報でも手に入れておけ。一つひとつが微々たるものでも解決への糸口に繋がる。そのために必要なことは、品や人に興味を持て。だと思います」

「そうだな。物資を運ぶための地形や人の流れ、品物の過不足など、数多くの情報を手にいれることでエルメウス家は繁栄をした。それでお前は何をやった?」

「帳簿と荷に相違が無いかを確認し、馬車の準備をしました」

「それだけか。俺はその場にいなかったから分からぬが、出発まで時間がなかったのだな」

「いえ。他の馬車には何が積まれているか、見たことのない品物については尋ねる時間はありました」

「お前というは、本当に恩知らずなやつだな。全てとは言わんが、荷についての知識があれば、お前に愚者を演じさせることは失策だったと本家に思わせることもできたし、別の方策を立てられたかもしれないのにな。馬車を操縦するだけで満足してしまったやつには、丁度良い役割かもしれんな」

 馬車を操縦できるということに浮ついていた自分が、今となっては恥ずかしい。

「大変申し訳ありません」

「何、謝る必要などない。ただ、その師というのが気の毒でならないだけだ。俺に弟子がいたらの話になってしまうが、本家がその弟子にそんな役目を与えたらと考えたら、腸が煮えくり返ってしまうがな」

「至らず申し訳ございません」

「何、気にするな。俺のことではない。しかし、その師というのも難儀だな。愚者を演じるためだけに、弟子を導かなければならぬのだからな。心中察するに有り余るな。それにもし俺だったら、そんな愚策を受け入れてしまうような弟子など、顔も見たくないと思ってしまうだけだ」

 リュゼーは唇を強く噛み締める。

「よろしいですか?」

 その言葉にドロフはリュゼーへ顔を向ける。

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