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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
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雲の行き先 22 外交と商い 上

 ドロフの声がひどく冷たいものに聞こえた。

 出会ってから半年足らずだが、一緒にいる時間が長かったため、色々な表情を見てきたつもりだ。飄々と笑っている印象が強いドロフだが、当然として怒りや悲しみ、慈しみといった感情も表に出す。ところが、見知っているはずの顔といくら照らし合わせても、先ほどの声と合致するものが思い浮かばない。

 リュゼーはドロフがどういった面持ちをしているのか気になったが、見てはいけない気がした。

「足りないのですか?」

 これ以上沈黙するのが怖くなり、堪らずリュゼーが話しかけてもドロフは何も答えてくれない。考えて答えを出せ、ということだろう。しかしながら先ほどから思い浮かぶものは、どれひとつとして、双方が良き関係を築くというものに合致しない。

「海の民とは交流がありますが、内陸部との交流は活発ではありません」

「それ以上は必要ない」

 話の途中で遮られてしまう。

「失礼しました」

 ドロフが順を追って話をしたということは、その中に答えが用意されているのは分かっている。しかし、それを言って良いものか迷ってしまった。

 石畳の上を車輪が転がる音が月夜に溶け、心地良いはずの馬が街道を踏み締める音に答えを急かされているようで、リュゼーの心をざわつかせる。的確な答えを導き出そうと考えているが、どうしてもドロフのことが気になってしまう。

 リュゼーは気持ちを落ち着かせるために、大きく息を吐く。

 ドロフは雰囲気を元に戻す。

「気持ちを制御するのが上手くなってきたじゃないか」

 乱れることなく続いた蹄鉄の音から、ドロフは馬の気持ちを察する。

「ありがとうございます」かいたことの無い汗がリュゼーの背中を伝う。「ですが、まだまだ修行の身です。馬が私の顔を見ることができないのが、幸いしていたにすぎません」

 流石にこれは無理だった。悔しいが、これにて終わりとなる。気持ちは落ち着かせられても、恐怖が顔に出てしまっていた。

 今まで生きてきた中で一度も味わったことがない、あんなにも冷たい気に晒されながら、物事を考えるなど今の俺にはできない。考えたくても、気付けばドロフに意識が向けられている。頭では大丈夫なのは分かっている。分かっているが、なぜだか「もしかしたら…」、という気持ちが拭えずに体が警戒を解こうとしない。

 リュゼーは唾を飲み込む。

 身に纏う雰囲気の戻し方が急で、明らかに不自然だった。本当に悔しいけれど、この訓練はこれまでだ。

「確かに、面白い顔をしている」

「せっかくのご好意に申し訳ありません」

 その雰囲気を言葉で言い表すには、どう言えばいいか悩んでしまう。

 マクベなどの獣から感じるものなら、どうにか平気だっただろう。さっきのはそれとは真反対に位置するものだった。身の危険を感じる点では同じだが、殺気の類なら逃げ出したい恐怖を我慢して動かなければ良い。心を閉じて考えることに集中することもできる。

 リュゼーは顔を引き攣らせながら、頭を下げる。

「よせよせ」ドロフは顔の近くで手を振る。「そんなことをされて脱輪でもされたら、只々面倒だ」

「すみません」

 ああいったものに晒されると、人は動きを止めてしまうものだと知った。

 それを感じた途端、経験したことのないことのない寒気に襲われた。雪夜に外に出てた時に感じる、体の奥に語りかけてくるような生死に直結する恐怖に似ている。

 対応を間違えたら確実に命を落とす、こちらの命を奪うなど相手にとっては容易いこと、何をしても勝ち目のがないのだから身を委ねるしかなく、意識は恐怖の対象に自然と向けられてしまう。

 そうなると、馬車を操るだけで手一杯だ。その馬車の操縦も、このままだと危険と判断されてしまったのだろう。

 唾を飲み込んだはずなのに、喉に感じた違和感はしっかりと残されている。

「言ってみろ」

 未だ真っ直ぐ前しか向けないリュゼーに、ドロフは唐突に声を掛ける。

 リュゼーは軽く頭を下げる。

「先ほどのお話と共に、峠を越えて山を下りながら教えていただいたお話と絡めて考えました」

 少しだけ待ったが、ドロフは何も答えない。

「今は別の国となってしまいましたが、元は同じ国です」

「綺麗事だな」

 話の途中で止められるのは、なんとなくだけれど分かっていた。

「確かに言おうとしたことは綺麗事になります。しかし、エルドレに利するものは庇護し、害するものは滅する、というのは少しやり過ぎな気がします」

「それならどうすれば良い?」

 ドロフは次を促す。

「何かいい解決策があると思います」

「だからどうすれば良いのだ?」

「ヘヒュニを上手く利用すれば良いのではないでしょうか」

「具体的に策を述べろ」

 こんな場面でいつも策を出すのはあいつの役目だ。俺とリュートは面白がってそれに乗れば良かった。

「友好を深め、…」

 こんなものは策とは呼べない。こちらから言うのを止める。

 初めの言葉だけでリュゼーが何を言いたいのか理解したドロフは、呆れて鼻を鳴らす。

「お前はあんなことを言うやつと、仲良く手を繋げと言うのか?」

「いや、気が進みませんでした」

 あの様な人物から好かれたとしても、求められるのは虚栄心を満たす人物だ。それをして何になる。会う度にそんなことするぐらいなら、別の者を立てて商いをした方が良い。

「例え話だとしても、商いの場ならば、こちらは不要な謙りはしないぞ」

「その通りです」その通りなのである。その点がどうしても引っ掛かる。「商いを通じてなら良好な関係を築けるのではないか。と、考えてみましたが、双方上手くいく図が思い浮かびませんでした」

「商いとはお互いが笑顔で握手をするものだ。狡猾なやつらしく笑顔で握手をしながら足を踏んでくるわけでもなく、敵国ですらないのに顔に唾を吐きながら足を踏んでくる奴を、誇り高きエルメウス家が相手にすると思うか?」

 ヘヒュニの様な人物から取り引きを求められても、エルメウス家ならば何かと理由をつけてやんわりと断る。商いには信用が大切だ。その様な輩はなぜだか、商いの途中で商談内容を変えようとしてくることが多々ある。

 支払いについてならどうにでもなるが、急に物量や目的地を変更されたら、それに対応しなければならなくなる。融通が利く範囲なら対応するが、無理ならば断らなければならなくなる。大概、問題が起こる。

「利はありません」

 ドロフはそんなことあるはずがない、と首を横に振る。

「利とは金や品物だけからしか得られるものではない、気を繋ぐものであったり感謝を込めるものもある。商いをしていれば、次に繋げるために敢えて利を逃すこともある。その内の、どれだ?」

「ありません」

「無い?」

「はい、利より損が上回ります」

 ドロフは仰々しく笑う。

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