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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
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雲の行き先 20 夜道の馬車(下)

「お前のお陰でこれから俺は、そんな奴らと会わなければならん。感謝してもしきれんな」

 ドロフの刺す様な視線がリュゼーの背筋を凍らせる。

「そこまで考えが及びませんでした」

 リュゼーは目を泳がせながら頭を下げる。それが影響してか馬車の操縦が疎かになる。

「もう少し真ん中を通れ。そんな道の端を走らせたら、脇にいる小動物を馬車の音で驚かせてしまう」

「はい」

「馬は臆病な生き物だ、突然暗闇から物音が聞こえたら驚いて馬が立ち上がるぞ。馬車をひっくり返したいのか?」

「出来の悪い弟子で申し訳ございません」

 何となく分かってきたことがある。今からそれを試してみようと思う。

「お前はさっきから何のことを言っているのだ?」

「いえ、忘れてください。それより旅の疲れを癒したいところなのに、この様なことにつき合わせてしまって申し訳ございません。感謝しております」

「何を言っている。これも仕事の内だ。気にするな」

 やはりそうだ、この言葉から全く悪意が感じられない。

 ドロフの性格上、これぐらいで腹を立てるのはおかしいと思っていた。本当に腹を立てているならば、無視をするなり回りくどいことをしないで直接文句を言えば良い。

 要所、要所では確実に馬車の扱いを教えてくれるのだが、それ以外はこちらの心を揺さぶってくる。それが実に絶妙なのだ。

「いえ、先ほどからこんな私のために助言をいただき感謝しております。早く独り立ちをして安心していただきたいです。もちろんドロフさんではなく、私の師にです」

 リュゼーの意図を汲み取ったのか、その挑戦を楽しむようにドロフは口元を綻ばせながら冷たい視線を送る。

「それなので、先ずは馬の扱いをご指南いただければ幸いです」

「先ずは馬の扱いから教えろと言うんだな」

 リュゼーは何も言わずに頷く。

 元々リュゼーは、馬車の操縦だけを学びたかったはずだ。ところが、「先ずは」をつけることにより、他のことも教えろと言っていることになる。

「わがままなやつだ」ドロフは呆れる。「そうだな、ある程度は出来てきているが、道の曲がり方が雑だ。道の曲がりに合わせて弧を描くように操縦しろ。今みたいにジグザグに進むと馬の機嫌を損ねるぞ」

 所々エルメウス家のために道を照らす松明が設置されているが、間隔が広いため照らされていない箇所の方が多い。道幅が分かりずらいため左端に近付いたら手綱を大きく操り、右端に近付き過ぎると手綱を緩めるというのを、幾度となく繰り返してしまっている。

「上手く扱いたいのですが、どうしても上手くできません。どうしたら良いのですか?」

「さっきも言ったが視線が近いから悪いのだ。遠くに目標を定めて、そこに向かって弧を描く様に操れ」

 リュゼーは、そうかと納得する。

「見えている範囲で曲がろうとするから、そうなるのですね。理解しました。しかし道が見えないとかなり難しいですね」

「道が見えないなら頭の中で道を作れ。灯火を繋ぎ合わせれば思い描けるだろ」

 確かに言われてみればそうである。現在通っているのは馬車用に敷かれた道だ。そんな道が途中で変に曲がったりする訳がない。灯火を目で追えば自然と道の曲がり様が分かる。

「他に気になるところはありますか?」

「さっきからお前の不安が馬に伝わって不憫でしょうがない。嘘でも良いから堂々と手綱を握れ」

「ありがとうございます。それは私も感じておりました」

 リュゼーは丸まっていた背中を伸ばす。自然と視野が広がった気がした。「こういうことだったのですね」

 ドロフはニコリと笑う。

「急にどうした?やる気が出てきたではないか」

 思い返してみればヘヒュニを模した人物が己を卑下した時には上手く煽てさせ、尊大な態度をとった時には謙らせ、知識をひけらかした際には愚者を演じて褒めさせていた。

 真実を隠す様に所々に差し込まれた会話のやり取りにより騙されたが、訓練に託けて不平不満を言っているのではなく本当に訓練だった。

「一刻も早く尊敬する師の技術に近付きたいので、私も必死なのです」

「取り敢えず馬車の扱いについてはこれぐらいでいいのか?」

 ドロフは楽しそうに笑い、にリュゼーはその言葉に頷く。

 会話の訓練にリュゼーが慣れてくると、徐々に他の話題を混ぜていきドロフは反応を探った。師という言葉が一番リュゼーの心を揺さぶるのが分かると、ドロフはそこを巧みに突いた。

「その師というのが誰だか知らないが、そいつも大変だな」

「なぜそう思われるのです?」

「もし俺に弟子という者がいたとして、そいつのせいで、俺が心の底から嫌だと思っている場所に連れて行かれたらたまったもんじゃない。そんな弟子などいなくて良かったと、胸を撫で下ろしているよ」

「弟子には弟子なりの考えがあったのではないでしょうか」

「それはどういう意味だ?」

「憶測になってしまいますが、よろしいですか?」

「気にするな」

「それでは失礼して。その弟子は師から、ボウエーンの拠点から眺めるデポネルは美しいと聞きました。その師からデポネルへ「行ってみるか?」とお誘いいただいたので、弟子としてはどうにかそれを叶えたいと思い、この様にした運びであります」

「まるで自分のことの様に話すじゃないか」

「はい、私のことだからです。私が師と仰ぐ方は何かしらの意図を持って私の心を揺さぶってきていることに気がつきました。その理由を教えていただきたいのです」

「ふっ、やっと気がついたか」

 ドロフにいつもの笑顔が戻る。

「やはりそうでしたか。言ってくださればいいのに」

「言ったところで何になる。恩着せがましくすればよかったか?」

「いえ、それでは我が師ではありません」

「先ほどから師とは誰のことを言っている?」

「そのやり取りは終わったのではないのですか?本当に心を抉られるので勘弁してください」

「これは本心から言っている。弟子を取るなど面倒で仕方ないから要らん。俺は自由気ままに生きていくのが好きだ」

「そんなぁ」

 馬車を引く馬が、悲しそうにひと鳴きした。

 どうやらリュゼーの心持ちが伝わったみたいだ。

「冗談ではないが、冗談だ」

「それでは意味が分かりません。本当はどちらですか」

「本当のことを言うと、なぜだか馬が悲しみだす。それが俺には耐えられん」

「私は馬以下の存在ですか?」

 リュゼーは真実を知りたくて、必死になってドロフに問いかける。

「それでは種明かしを始めるか」

 ドロフがその問いかけを無視すると、再び馬が悲しそうな声で鳴いた。

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