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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
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雲の行き先 15 笑顔の違い(上)

 敷地内に通され指定の場所に馬車を停める。素早く馬を切り離し、厩へと連れていく。国が変わろうが、リュゼーのやることは変わらない。

 一仕事終えた使用人たちは、地べたに腰を下ろし思い思いに疲れを癒している。気の早い一部の者は、中身の水を酒にすり替えた革の水筒に口を付けたり、昨晩仲間内で行われたサイコロゲームで金を手にした者の周りに集まって、おこぼれに与ろうと頻りに夜の街に誘い出そうとしている者もいる。

 この場ではあり得ないが、酒を薦められても困るので「やれ何々が美味いだ、名物は何々だ」との食い物の話題をしている使用人の輪にリュゼーは加わる。

「おい、リュゼー。昨夜は大変だったな」

 会話が途切れ始めると、目の前の男が昨日の話を持ち出した。

「本当ですよ」

 昨日までのリュゼーなら、苦笑いを浮かべるだけだったり、変に解釈をして不貞腐れた態度をとっていたかもしれない。虫の居所が悪ければ、反抗的な態度をとっていただろう。

「運が悪かったな」

「はい」

 やはり心配してくれていた。表情と言葉の温かみから、裏がないと分かる。

 相手がどう思っているのかはっきりしてから、態度を決めれば良い。早とちりをしたら自分だけでなく、相手も傷つけてしまう可能性がある。

「仕事をしっかりとこなして、あの場に残れば良かったですよ。あの後どうなりました?」

 都合の悪い話なら、都合の良い話に導いていけば良い。

「あの後大変だったんだぞ」

 笑いながら別の男が話し始める。

「何があったんですか?」

「知りたいか?知りたいよな?」

 男は勿体ぶってリュゼーの顔を覗き込む。

「うーん。……。それならまた今度で」

 リュゼーは茶目っけたっぷりで答える。周りにいる者たちが笑う。

「しょうがねえな、そんなに聞きたいなら話してやるか。酔っ払って裸踊りを始めた者がいてな、あまりにも騒ぐもんだからリヴィエが怒り出して、首根っこ捕まえて裸のまま外に放り投げたんだよ」

 相手が予想しうる範疇で応えると、想定内の受け答えにしかならない。予想外のことをすると案外人間とは脆いものである。

「そんなことがあったんですか?残れば良かったー」

 リュゼーは悔しそうに膝を叩く。

「そうそう」別の男が話に加わる。「締め出されたままにされたから、半べそかいて謝ってるのに入れてもらえなくてな。終いには泣き出しやがったんだよ。なあ?」

 顔を向けた先にいる男が「うるせえ」と冗談混じりに声を荒げる。

「やっぱり酒は飲まない方が良いな。勉強になります。心の師と呼んで良いですか?」

「なにおぉー?」

 声を荒げた男はリュゼーの首に腕を回す。

 己に害をなす存在でなければ、どんどんとその者に引き込まれていく。

 これら全てをドロフから教わった。

「おい、リュゼー」「なあ、リュゼー」

 自然とリュゼーが話の中心になっていく。

 可愛がられるとはこういうことなのかもしれない。遠くではチェロスが揶揄われたのか、向になって騒いでいる。その近くではハンニが笑顔で気を揉んでいる。

 あいつが近くにいたから、この考えは直ぐに納得できた。

 話は自然と仕事の話になっていった。リュゼーは失敗談を好んで質問した。その類の話には宝が隠されている。自分が失敗せずとも、同じ経験が得られる。こんなに美味い話はない。聞かれたら相手は笑いながら話してくれているが、リュゼーがこの様に考えているとは思いもしないだろう。説明じみてきたら軌道修正すれば良い。今のリュゼーならそれができる。

 共に汗を流した者同士その苦労が分かるのか、それを聞いた者が似た様な話をしてくれる。周りから「分かる、分かる」と笑い声が聞こえる。苦労を知っているからこそ、笑い合えるのかもしれない。

 自然と笑い話に花が咲く。顔と腹が痛くなってくる。日が西に傾き、一日が終わろうとしている。

 その後も、与太話に興じていると、風の見習いたちが呼び集められた。

「ヘヒュニ様より、「お前たちとも親睦を深めたい」とのご厚意により、会に参加することが許された。今すぐ着替えてまいれ」

 リュゼーたちを呼びに来た風にそう告げられた。

 風の見習いたちは急いで馬車へと戻り、脱いだばかりの風服に袖を通す。

 初めて参加することとなる『会』というものがどういうものかあれこれと話をしていると、荷の見張りをしている風と話をしていたチェロスが微妙な顔をしてこちらに来た。

「リュゼ君、話によると会とはあまり良いものではないらしいよ」

 チェロスによって「俺たちに内緒で美味いものを食べているのではないか」という、淡い期待を孕んだ予想は外れてしまった。

「本当かよ。何て言ってた?」

「会に参加するより見張りの方が良いということで、籤で決めているんだって。そんなこと言われたから、どんなことをやるのか聞いても「行ってみたら分かる。何事も経験だ」って言われた」

「何だそれ」

 また「何々したら分かる」だ。リュゼーの眉間に皺が寄る。

 経験を積ませるために連れてこられているので多少は我慢できるが、この旅ではそんなことが多すぎる気がする。

 指定された場所へ歩いていく見習いたちの顔から、着替えている時のワクワク感といった笑顔は無い。

「難しいことはない。皆が立ち上がれば立ち上がり、皆が拍手すれば拍手をし、感嘆の声を上げれば同じ様にすれば良い」

 大広間に入る前にそう告げられた。会の概要や作法といった説明はない。

 風が扉へ振り向くと、リュゼーは周りにそっと目配せをする。視線を受け取った者は、顔を軽く引き攣らせたり、軽く歪めて頷いたりしてそれに応える。

「それともう一つ、何があっても笑顔だけは絶やすなよ」

 扉を開ける寸前に、風は申し訳なさそうに呟いた。

 言葉というものはすごい。これだけで会の内容がどういったものなのか、容易に想像がつく。

 面白味などないのだろう。

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