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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
39/113

雲の行き先 12 リチレーヌ入国(下)

 今は使われていない砦付近の、開けた場所に差し掛かった。曲がり道を進むに連れ、視界を遮る木々や山が目の前からなくなっていく。

「あっ……」

「おい!そんなところに突っ立ってると、後ろの馬車に轢かれるぞ」

「えっ?」

 俺は今、立ち止まっていた、…のか?

 後ろを見ると、後続の馬車が近付いていた。

「あっ!はい、すいません」

 リュゼーは急いでドロフの馬車に追いつく。

「この街道を通って初めてリチレーヌを見る者の殆どが感動を覚えるが、それほどまで心を揺さぶられる者は珍しいぞ。純真無垢とはお前のために生み出された言葉なのかもしれないな」

「揶揄わないで下さい」

 そうは言ったものの、視線は直ぐにドロフから別のものに向けられる。

 眼下には海かと見間違えるほどに広大な緑の大地が広がっている。

「どうだ、綺麗だろ?」

 ドロフの言葉に、リュゼーは静かに頷く。

 時折、山の切れ目から見えていた家々や畑はほんの一部でしかなく、リチレーヌという美しい国を見誤らせるものだった。ここにきて、本当の姿を見たと言って良いだろう。リチレーヌという国は、聞いていた以上に美しかった。

 手前にある針葉樹が彩る単一的な深い緑から始まるその景色は、標高が下がる毎に広葉樹の多彩な緑が混じり始める。麓にある街が人工的な色彩を加え、それを起点にするように畑が広がっていく。管理しやすいように区割りしているため画一的な印象を与えるが、そこに育まれている作物が違うためモザイク画のように目を楽しませる。

 視線をさらに奥に向けると、陽の光を受けて黄金色に輝く広大な麦畑に目を奪われ、それを分断する道を目で追っていくと、蜘蛛の巣状に広がる道の中心には街が栄えており色とりどりの屋根と白い壁が夏の緑に浮かび上がる。

 大地の切れ目を縁取るように真っ青な海が広がり、水平線から真っ白な入道雲が立ち昇る。そして、力強い太陽に負けぬ真っ青な空が頭上を覆う。

 リュゼーは顔を上げたまま、初めて足を踏み入れる土地にしばしの間思いを馳せる。所々に人の手が入っていない原生林が点在し、人の営みとの対比が想像を掻き立てる。

「春は新緑の緑に心癒され、アイリスなどの花の香りが心を満たしてくれる。夏は見ての通りの素晴らしさだ。実りの秋は美味しいものが各地に溢れ、視覚よりも味覚が刺激される。しかし、冬は他の国同様に大変だ。厄介なのが、場所によっては落ちた葉が腰の辺りまで積もり、道を覆い隠してしまう。国から色も失われてしまい、良いところもあるのだろうが今は思いつかない。この街道も凍ってしまうので、この場所から見たことは一度もないがな」

 ドロフの言葉に再び心が揺さぶられる。

 何物にも動じないと誓いを立てたリュゼーの心を奪い去るほどに、リチレーヌという国は美しかった。

「この様な美しい国があったのですね」

「ドルリート王の功績と言っても過言ではないだろうな」

 リチレーヌの民も同様の認識を持っており、国民の父として敬愛の念を抱いていると聞いたことがある。

「そのため、ドルリート王の血を引く女王が国を治めているのですね」

 エルドレとリチレーヌは王族同士で血縁関係となっており、兄弟国として知られている。

「治めると言っても我が国とは状況が違ってな、国家元首としての役割は担うのだが行政権は議会にあるのだよ」

「はぁ…」

「その気の無い返事はなんだ。少しは国についても勉強しろ」

 ドロフは呆れる。

「すみません。その辺について教えていただけますか?」

「面倒だ」

「そう言わずにお願いします」

 何度も頭を下げるリュゼーに向かって、ドロフは軽く舌打ちをする。

「簡単に言うと、我が国では王が一番偉い。他国との戦争も、民の行く末も王がお決めになる。リチレーヌでは、その様なことは議会の話し合いで決定する。我が国でも王の下で話し合いがなされるが、最終的に決定するのが王なのか議会なのかの違いだ」

「それでは女王の役割はなんなのですか?」

「こうなると思ったから嫌だったんだ。お前は話し相手ですらもなくなっていることを、肝に銘じておけよ」

「はい!」

「良い返事だ。だが、許さん」

「すみません!」

 ドロフが笑う。この勝負はリュゼーの勝ちのようだ。

「議会の決定を女王が承認するのだが、これはあってないようなものだ。それに関連しての任命なども同様だろう。大切なのは祭祀に関わるものだ。神に祈りを捧げる儀式は、エルドレと同じものが行われる。民の繁栄を祈るためには王家の血筋が必要なのだ」

「そうなのですね」

「昔はエルドレと同じく建国の祖として女神トゥテェクレが主に崇められていたが、ドルリート王は神格化されリチレーヌでは同格に位置付けられているみたいだな。血筋という意味では、我が国より大切に扱われているかもしれないな」

「神話の女神と存在した王が同じ扱いとは、興味深いですね」

「ハオス公国では女神トゥテェクレが崇められているから、お国柄というものだろう。因みにハオスとは家名だ。デギンザ公王の元、ギレンザ総帥が国政を担われている」

「ハオスでは祭祀はどなたが執り行うのですか?」

「公王だ」

「ドルリート王と血の繋がりはあるのですか?」

「直接の繋がりは無いらしいが、王家とは遠縁に当たるらしい」

「血というのは大切なのですね」

「初代国王は女神トゥテェクレの御子だからな。祈りには祖先を祭る意味合いも含まれている。自分に置き換えて考えてもみろ。不敬な表現だが、子や孫に供養されるのと、見ず知らずの人に供養されるのではどちらが嬉しい?」

「確かにそうですね。ありがたいのだけれど、君は誰だね?ってなりますね」

「そういうことだ」

「ありがとうございました。勉強になりました」

「おう」

 再び川沿いの道となり、渓流瀑の清らかな音が聞こえてくる。

「おい、これから言うことは聞いていないものとして、直ぐに忘れろよ」

「えっ?」

「忘れると誓わなければ、これ以上話をすることはない。これで終わりだ」

 ドロフから徒ならぬ雰囲気が漂う。

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