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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
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雲の行き先 11 リチレーヌ入国(上)

 初めて見る異国の地は、祖国と何ら変わり映えのしない、針葉樹に挟まれた馬車道だった。

 陸続きの元は同じ国なのだから変わり映えなどしない。と言われればそれまでだが、山の合間から遠くにちらりとだけ見えた、豆粒ほどの建物に自然と気持ちは昂った。

 この長い下り坂の先に、幼い頃から聞き及んだリチレーヌという国は確かにそこにある。

「これより長い下り坂だ。馬車に乗ってもいいぞ」

 その気持ちの昂りも、今は抑えなければならない。俺にはやらなければいけないことが山ほどある。

「お言葉はありがたいのですが、しばらく歩いて行っても良いですか?」

 下り坂は下り坂なりの操縦技術が求められる。場面場面での手綱捌きなどを、色々な角度から見てみたい。横に座ってしまうと同一方向からしか見ることしか出来なくなってしまう。

「お前がそれでいいのなら俺は構わんが、どうしたんだ?それは反省のつもりか?」

 もちろん自分への戒めも含まれているが、それについてはここでは言及しない。

「そうではなくて、皆の働く様子を間近で見て勉強しようと思いまして」

「それなら良いが、いつまでも尾を引く出来事ではないからな。なんなら忘れてしまえ」

「ありがとうございます。でも、本当に勉強のためですので」

 念を押したところで無駄であろう。ドロフが笑っているのが答えである。

 忘れようにも忘れられるはずがない。俺も、あの場所にチュウがいることを、アンセルニと同様に違和感を覚えた。しかし、それに対応する知識と経験の差があまりにも違いすぎた。アンセルニと同じ歳になった時に、同じ対応ができるか正直不安である。いや、今のままでは無理だろう。

 アンセルニに並びそして超えるために、今はひたすらに知識を深めていくしかない。

「そうか、それなら好きにすれば良い」

「わがままを言ってすみません」

 リュゼーと顔を向き合わせて話をしながらも、ドロフの手綱を捌く手は絶えず動いている。

 馬は坂を下るのが不得手と言われているが、ドロフの操る馬たちからはそれについては微塵も感じられない。馬には人並み以上に乗れるので、基本的な手綱捌きに関しては知識として持っている。それとドロフの手綱捌きとを照らし合わせるのだが、どうしても齟齬が生じてしまう。

 馬車の操作を体験できれば何かを掴むきっかけになるかもしれないが、現在運んでいる塩は庶民であれば一生口に出来ないほどの高級品である。おいそれと馬車の操縦をやらせてくれなど言えるはずない。

「勉強というなら他の馬車を見て回ったらどうだ?」

「それでは俺の務めが果たせなくなります」

「お前一人がいなくなったとして、困る事は何がある?話し相手がいなくなるぐらいが関の山だろ。そこまで俺は寂しがり屋じゃないぞ」

「えっ?そんなぁ…」

「冗談だ、冗談」

 さっさと見に行けと、ドロフは手を振る。

「何かあったら直ぐに戻ってきますので」

「おう、頼りにしてるぞー」

 軽さしかないドロフの言葉だが、優しさはしっかりと込められていた。

 先頭に向かうに連れて御者の技術や質が上がるのは理解しているが、素人目にもドロフは匠の域に達している。無理をしてまで先頭に行く必要はない。それに先頭付近には顔を合わせるのを躊躇ってしまう相手もいる。

「いつまでこの辺をふらついているんだ?さっさと先頭まで行ってこいよ」

「ドロフさんの腕前が先頭の方達と遜色ないのを知ってますので、あそこまで行く必要はないです」

「そんなこと言ったって話し相手には昇格させねえぞ。素直に言っちまえよ。本家なんてクソ食らえ!って思ってんだろ?」

「ドロフさん、やめて下さい。聞こえてしまいますよ」

 ドロフが次の言葉を発しようとしているので、リュゼーは慌ててその場を離れた。

 色々と見て回って分かったことがある。荷車に関しても、知らないことが多過ぎた。

 一例を挙げると、車軸に塗る油の量を調整して車輪を回り難くし、下り坂であっても荷車を馬に引かせるようにするのだが、その判断基準が全くもって分からない。急坂の際は、物理的に車輪を固定するのでやる事ははっきりとしているが、なだらかな坂でそれをやると馬に負担を強いるだけになり、下り坂なのに短い距離で馬の交換が必要になったり怪我の原因にもなる。

 重量や勾配のきつさである程度なら基準を学ぶことができるが、最終的な匙加減は経験がものを言うらしい。

 今も専門の従者が絶えず見回っている。

 大切なのはやはり知識と経験であり、残念ながら俺はそれを持ち合わせていない。

 ここでも知識と経験の差がリュゼーに重く伸し掛かる。

 可能ならば、昨夜のアンセルニが行ったであろう馬が動かなくなった時の対処方法を聞き出したいと願う。のほほんと、初めて訪れる国外を楽しみに心躍らせていた、過去の愚かな自分が憎くて憎くてしょうがない。

 今の実力では、馬車による単独での荷運びなど、夢のまた夢でしかないだろう。

 気が付けば山の中腹を過ぎていた。

 山の傾斜も緩やかになり、断続的に続いていた葛折りの道も姿を消した。街道も川沿いの道となり、一団から緊張感が消え笑い声も聞こえ始めてきた。

「もういいのか?」

「はい、ありがとうございました」

「それなら横に乗るか?」

 試す様なドロフの視線に対し、笑顔で顔を振り返す。

「いえ、初めての異国の地は自分の足で歩いて行きたいです」

「ここは既にリチレーヌ領だがな」

「そうなのですね。それは知りませんでした」

 リュゼーは満遍の笑顔を浮かべる。

 ドロフから「人が変わったみたいだな」と笑われたが、リュゼー自身もその様に感じている。幕の中で一人、悶々と過ごした時間が影響しているのかもしれない。

 あの様な事は二度と経験するものか。これからは何物にも心を奪われない強い心を持ち、冷静沈着に物事を見極められる風になる。俺は生まれ変わるのだ。

 あの夜、一人で過ごした幕の中で誓いを立てた。

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