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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
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雲の行き先 10 うまい話の裏の裏

 次の日、太陽が起きる前に目が覚めた。

 目を閉じたが、再び眠りにつくことが叶わないのをなんとなく感じ、幕から出て灰色の空が紫色に染められていくのを眺めていた。

 心の蟠りを洗い流してくれそうな、朝の澄んだ空気を何度も吸い込んでは吐き出した。

 昨夜は不思議な体験をした。楽しい事が翌日に控えていて眠れないのではなく、不安で仕方無くて何度も目を開けてしまうのでもなく、疲れから体は休息を欲しているのに考え事が頭の中を巡り、時間だけがどんどんと過ぎていった。

 隣で幕を張ったチェロスも同じ体験をしたのか、寝返りを打つ音が俺が眠りにつくまで何度となく繰り返されていた。

「リュゼ君、おはよう」

「おう」

 俺が起きたのに気が付いたのか、チェロスが幕から出て来た。

「早起きだね」

「おう」

 言葉少なく、チェロスはリュゼーの横に腰を下ろす。

 それから、お互いの目の下にできた隈の理由を話さずに、ただぼーっとオレンジ色に変わりゆく東の空を二人して眺めた。


「リュゼー様、昨日は大変だったみたいですね」

 準備が整い出発の合図を待っていると、ハンニが語りかけてくる。

「はい、良い人生勉強になりました」

 リュゼーは頭に手を置き、苦笑いを浮かべる。この様な態度や気の抜けた笑顔を見せられるのも、相手がハンニだからである。

「私が余計なことをしてしまったばっかりに。申し訳ありません」

「いえいえ、謝らないで下さい。ハンニさんは悪くありません。悪いのは騙された俺達です。それに、食堂の外まで見送りをしていただいたのに、ハンニさんの所為にしては罰が当たってしまいます」

「私としては、当然のことをしたまでです。それより犯人の目星は付いたのですか?」

「残念ながら、全くと言っていいほど見当もつきません」

「それは大変ですね」

 ハンニは眉を落とす。

 チェロスのことが気掛かりなのか、何やら思うことがあるのか、悟られない様にしているがハンニの雰囲気もいつもと違う。

「チェロス様も元気がありませんでした」

「チェロスと話をしたのですか?」

「はい、少しだけですがお話を致しました。昨夜の出来事に心を痛められたのか、あまり触れて欲しく無さそうだったので、本当にほんの少しですが…」

「そうですか。元気だけが取り柄のあいつも、この度の出来事は堪えたのかも知れませんね」

「その様です」

 ハンニは何度か頷く。

「チェロスも顔は覚えていると言っていたのですが、動揺していたのか人相書きも上手くいかなくて」

「結果として、チェロス様が狙われたので無理もないですね。人相書きも上手くいかないとなると特定は難しくなりますね。服装などの手掛かりは?」

 リュゼーは首を横に振る。

「何処にでもある服装だったらしく、それについてもこれといった手掛かりはありません」

「そうですか。街中を探す様な雰囲気がないのですが、それが原因ですか?」

「それについては本家の考えなので分かりませんが、これ程までの仕掛けをしてくる相手なので、すでに街にはいないとの判断なのかもしれませんね」

「本当に手掛かりが無いということなのですね」

 ハンニは口を固く結ぶ。

「過ぎてしまった事です。後は本家が上手く処理するでしょう。ハンニさんがそこまで気を揉む必要はありませんよ」

「そうですね。この事件を気にし過ぎて、今後の仕事に支障が出てしまったらいけませんからね」

「その通りです」

「それでは最後に。チュウを使ったとのことですが、それについては…」

「おや?出発のようですね」

 リュゼーの言葉により、ハンニは自分の担当する馬車に目を向ける。

「その様ですね。チェロス様のことが気になるあまり、色々と聞いてしまい申し訳ありませんでした」

 ハンニは申し訳なさそうにリュゼーの顔色を窺う。

「その様な顔をしないで下さい」

「いえ、こちらとしてもリュゼー様のお気持ちを考えなさ過ぎました。お許し下さい。嫌な事は早く忘れたいものですよね。それでは、この話はこの場限りということに致しましょう」

「はい」リュゼーは不恰好な笑顔で頷く。「お互いに今日も一日頑張りましょう」

 ハンニにいつもの笑顔が戻る。

「リュゼー様が、チェロス様の『相棒』で良かったです。チェロス様には早く元気になってもらわないと困りますからね」

 ハンニは礼儀正しくお辞儀をすると、馬車の方へ駆けて行った。

 リュゼーは眠気を振り払う様に、自分の顔を両手で強く叩く。目や口を大きく開いたり、きつく閉じたりして顔の筋肉を動かし、貼り付けられた笑顔をほぐす。

 これより他国に入る。ハンニに向ける様な笑顔をしていては、まだ見ぬ敵に付け込まれてしまう。

 リュゼーは深く息を吸い込む。

 自分に気合いを入れるため、先ほどよりも強く自分の顔を叩く。

 バチーン!という大きな音に気が付いたドロフが、リュゼーに笑顔を向ける。

「本日もよろしくお願いします」

 お辞儀をしたリュゼーの背中を押す様に、出発を知らせる笛の音が届く。


「昨日は大変だったみたいだな」

「はい。ドロフさんが仰ってた言葉の意味が分かりました」

「そうか、それは良かった」

「はい。今後、敵に遅れをとることはありません」

「敵とは良い表現だ。気持ちは固まった様だな。期待しているぞ」

「お任せ下さい」


 何度か休憩を挟みながら、延々と続くゆるい上り坂を登っていく。

 皆が体を休めている間も、リュゼーとチェロスは何かを忘れる様に一心不乱に働く。口の悪い使用人からは「なんだか人が変わったみたいだな。昨晩、何か変な物でも食ったか?」などと揶揄されたが、愛想笑いを浮かべる程度はするものの、二人は常に体を動かし続けた。

 いつもなら揶揄い甲斐のある、悪戯っ子のチェロスも寡黙に働いているので、段々とその様な言葉は減っていった。

 そうこうしているうちに峠に到着する。

 山岳地帯の多いエルドレと比べて、リチレーヌには高い山がそれほどなく平野を思わせる低地が広がっている。そのため峠を越えると、片峠を思わせるほどに一気に平地へと向けて道は標高を下げていく。


 これより旧エルドレの民を飢えから救った、穀倉地帯のリチレーヌへと足を踏み入れることとなる。

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