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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
34/113

雲の行き先 7 曲がりくねった道を抜けて(下)

「いて」

 チェロスは可愛く声を出し、痛くもない肩を手で押さえる。

「もう、この子ったら。たとえ本当だとしても、言って良い時と悪い時があるのよ」

「へぇー、そうなんだね」

 すかさずチェロスはテーブルの上にある、一番のご馳走と思われる干し肉とチーズを口に入れる。

「本当にこれ美味しね」

 お世辞なのか本心なのか分からないが、本当に美味そうに食べている。

「なんだい?肉が好きなのかい?」

「まあね」

 チェロスは少し顎を上げて、お澄まし顔で答える。

「そうかい、そうかい。やっぱりお肉が好きなのかい。直ぐに傷んじまう肉は、どれも貴重だからね。ちょっと待ってな」

 エプロンの女性はそう言うと、厨房の方へといそいそ歩いて行った。

「お前って人の懐に入るの得意だよな」

「懐に入るっていうか、俺はその人が言われて嬉しい事を言ってるだけなんだけどね」

 チェロスの鼻が伸び始めている。

 こいつは何かにつけて察しは良い方だけれども、人の心の機微を感じやすいというか、些細な変化も目敏く見つける。

「それとは別に、たまにズケズケと人の心に踏み込んでいくけど、傷付けたり困らせたりしないのか?」

「そうしたらそうしたで、この人はこんな事が嫌いなんだ。って分かるし、そうなったらそうなったところで、どうにでもなるしね。水面に石を投げなけりゃ波紋は立たないでしょ。あっ、これは爺ちゃんの教えだけどね」

 チェロスはさも当たり前のことを言っている様な顔をしてから、料理に手を伸ばす。

 おいおい、この歳でこんなこと考えるか?

 良家のお坊ちゃんは、育てられ方も違うみたいだ。こいつはこんな仕事じゃなくて、詐欺師なんかがお似合いな気がする。

「まあ、なんでもいいか」

 色々と言いたいことはあったが、ここで言ったとしても何かが変わるわけでもないので、リュゼーは黒パンをスープに浸して口に入れた。

 しばらくするとエプロンの女性は、火が通されたイノの肉の塊を持って厨房から出てきた。

「ねっ、そうすると、こうやって良い事が起こるんだよ」

 チェロスは得意げに笑う。

 エプロンの女性は隠していたプレゼントを披露するかのように、その肉をチェロスの前に置く。

「知り合いの猟師が今日獲ってきたものを、塩漬けにしたものだよ。良かったらお食べ」

「うわー!こんな豪華なの食べていいの?」

「もちろん」

 エプロンの女性は笑顔で答える。

「ありがとう」

 チェロスは目を輝かせる。

「おい、美味そうだな。こっちにもそれをくれよ」

 近くの男が、やっかみ混じりの声を上げる。

「何を言ってんだい。これぐらいの男の子には、力をつけるために肉が必要なんだよ」

「俺たちだって力が必要だよな?」

 男は周りの男衆に賛同を求める。

 リュゼーも肉が食べたかったが、チェロスと一つしか歳が変わらない自分はどうしたら良いか考えた結果、茹でた根菜をこれでもかと口に放り込んで、これが原因で喋れないんだよ。というのを装って黙っていることにした。

「そうだ、そうだ。俺たちにも肉を食わせろ」

 賛同を求められた男たちはそれぞれ、調子に乗って声を上げる。

「いい大人が何を言ってんだい」

 エプロンの女性は両手を腰に当て、叱りつける真似をする。

「あんた達大人は豆でも食って力をつけな。それとも何かい?もう、ごちそうさまをするかい?」

 今度は両腕を胸の前で組んで、睨みを利かせる。

「おー怖え、怖え。やっぱりリヴィエお姉さんには逆らわねぇ方が身の為だな」

 男の言葉で、食堂は再び笑い声に包まれる。

 近くに座る者たちも口々に、「ちげえねぇ」と言ってゲラゲラと笑う。

「料理はまだ、たんっとあるよ。しっかり食べて、明日もしっかり働きな」

 リヴィエは手を叩いて歩き出し、料理の減り具合を見て歩く。皆は一頻り笑った後に、再び料理に手をつけ始める。

 リュゼーはそーっと隣にある、美味そうな肉に手を伸ばす。それに気が付いたチェロスは、慌てて口いっぱいに頬張る。

「俺にも食わせろよ」

「駄目、これは俺の手柄」

 チェロスは首を振る。

 もう一段階、肉の塊が小さくなっていく。

「少しぐらいいいだろ」

「絶対やだ」

 どんどん、肉が減っていく。

「けちくさいこと言わないで、少しでいいからくれよ」

「けちでもなんでもいい、肉は絶対に無理」

 とうとう、最後の一欠片がチェロスの口の中に消えていってしまった。

 大概のことなら俺の言うことを聞くのに、肉に関しては駄目みたいだ。こちらとしても、食い物の恨みは怖いので無理はしない。

 肉汁の滴らない干し肉を囓りながら、チェロスを恨めしそうに見つめる。チェロスは素知らぬ顔で他の料理に手をつける。

 食事が進むに連れ、話し声や笑い声が大きくなっていく。使用人たちは風とは違い、翌日に残らない程度にだが酒を飲む。

 気分を良くしたそのうちの一人が、酒瓶を手に持って二人に近付いて来る。

「おい、お前たちもどうだ?」

「いえ、俺たちは。なあ?」

 男の勧めをやんわりと断る。

「そうですね、遠慮しておきます」

「何をつまらぬことを言っている。その体躯なら飲んでも大丈夫だろ。まさか『水』の歳ではないだろ?」

「違います。ですが…」

「なんだ弱いのか?」

「それも違います」

「それならいいではないか」

 酔っ払いは聞く耳を持たない。

「これは蒸留酒ではなくセルヴォワーズだ。こんなものは水と変わりはせん」

 男はガハハと笑う。

 近くに座る者も「まだ正式にエルメウス家に雇われていないのだろ?それならば少しぐらいなら大丈夫だろ」と、根拠のない持論を述べる。

 明日まで何も無ければその通りだろう。しかし、何かあって俺から酒の匂いがしたら、俺はこの旅を続けられないだろう。見習いの立場なのに守らなければいけない決まり事を破った俺は、家から追い出されてしまうのは確実だ。

「いやー」

 頭が無性に痒くなる。

「おい」

 そんな俺に向かって声を掛けてくる人がいる。頭を掻く手を止めてそちらを見る。

「悠長に飯を食っているが、申しつけられた事は終わったのか?」

 普段の、物腰の柔らかな話振りとは違い、ハンニは強い口調で問い質してくる。

 何だ、何かあったか?

 色々と考えたが思い当たる節はない。仕事は完璧にこなした、はずだ。それに加えて、あまりにもハンニの態度がいつもと違うので、それに面食らってしまい言葉を失ってしまった。

「いえ、まだです」

 チェロスが俺の代わりに答える。

「馬鹿野郎!飯前に終わらせておけと、言われていたではないか」

 普段のハンニを知っている者は、その言動に唯ならぬものを感じて心配そうにこちらを見る。

「すいません」

 チェロスは立ち上がる。

「なんだチョンボか?しょうがねぇ奴等だな。それなら残念だが、これはおあずけだな」

 酒瓶を手に持つ男は、その酒瓶をこれみよがしにこちらに見せつけながら笑う。

「飯は十分食べたか?」

 顔は厳しいままだが、ハンニの口調はどことなく優しい。

「はい、いただきました」

「そうか、それなら今すぐやってこい」

「はい、教えていただいて、ありがとうございました」

 チェロスは頭を下げる。その姿を見るハンニの顔は、いつもの優しい顔をしていた。

「リュゼ君、遅くなる前に行こう」

 チェロスに服を引っ張られる。

 ここまでくれば、流石に俺でも気が付く。

「ハンニさん、ありがとうございます」

 俺も席から立ち上がり、ハンニに向かって頭を下げる。

 ハンニは誰にもばれないように優しく微笑み返して、小さく首を振った。

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