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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
33/113

雲の行き先 6 曲がりくねった道を抜けて(中)

 リュゼーは大きく鼻から息を吐く。

 その横では誉められていたはずなのに、いつの間にか責められていたドロフが気まずそうな笑顔を浮かべて手綱を握っている。

 リュゼーの肩は呼吸に合わせて、小さく上下に動いている。坂道を登っているせいで呼吸が荒くなっていないというのは、顔を見れば直ぐに分かる。

「お前って酒は飲むのか?」

「飲んだことはありますが、そこまで美味しいとは思いませんでした」

 この国では飲酒に関する明確な規定はないが、体の出来ていない子供が口にするのはあまり良い顔はされない。『土』と呼ばれる職業訓練が始まればエールなどの度数の低いお酒ならばまあ良しとされているが、蒸留酒などの度数の高い酒については成人と見做されなければ口にできない。

「その年なら、酒の楽しみも旨さも分からないだろうな」

「そうかもしれませんが、なぜ聞くのです?」

「お前が酒を飲み始めたら、周りは大変だろうと思ってな」

 ドロフは少し小馬鹿にしながら、リュゼーの顔を見る。

「どういう事ですか?」

「酒を飲みながら、この様に迫られてはたまったもんじゃないからな」

「ちょっと待って下さい」

 リュゼーの背中から、治まったはずの気炎が勢いよく上がる。

「憧れを口に出しているのに、なぜ嫌がられるというのですか?俺には全く理解できません」

「あーーー分かった、分かった。俺が悪かった」

 宥めるように、吐き捨てるようにドロフは顔を振る。

 リュゼーは肩を迫り上げながら大きく息を吸うと、一瞬間を空けてからその全てを鼻から吐き出す。

 両肩をすくめたドロフの視線の先に、街の片隅が見え始めていた。

 日は大きく西に傾き、木々にその姿を隠し始めている。その太陽を追いかけるように東の空からは月が薄らと顔を出している。

 山間の夜は平地より早く訪れる。太陽が沈んでしまうと直ぐに暗闇が辺りを覆うが、今夜は月の明かりが闇を照らしてくれそうだ。

 旅の一団は予定通りに宿場町ルクウスへと到着する。


 周りより一際大きな建物の敷地へと馬車が列を成して入っていく。地主の館などに見られる装飾は施されておらず、どちらかといえば清貧という言葉が似合う建物となっている。

 力のある家では、主要な宿場町の中にこのような拠点を設けていることが多い。高貴な人の安全を確保したり、高級品を運んでいる際に利用される。この様な拠点のない宿場町においては家の息が掛かっている宿屋が必ずあり、街で一夜を過ごす時には風の溜まり場かその様な宿屋以外に泊まることは通常あり得ない。

 母屋に隣接する東屋的な建物内へ、ドロフは馬車を乗り入れる。

 拠点の責任者である、フルウブが手を上げる。

「よーし」

 掛け声と共にゆっくりと進んでいた馬車の動きが止まる。リュゼーはすかさず車輪に輪止めを噛ませる。

「腹減ったー。飯だぞ飯」

 そう言ってドロフは馬車から降り、「久しぶりだな」とフルウブに握手を求める。

「おう、久しぶり」

 フルウブがドロフの手を握ると、お互い引き合う様に体を近付け、ドンと肩と肩をぶつける。

「すっかりと偉くなっちまって、こんな事でもなけりゃこんな辺鄙な所に立ち寄らなくなっちまったからな」

 フルウブは親しげにドロフの肩を抱く。

「よせよ、偶々だ」

 ドロフは嬉しそうに答える。

 二人が親しげに話している中、リュゼーは次の馬車が入ってくる前に、ルクウスの使用人とともに急いで馬から馬具を取り外す。

「完了しました」

「そうか、ご苦労」

 リュゼーの言葉を受けて、フルウブは次の馬車を招き入れる。

「それではまた後ほど」

「おう」

 ドロフとフルウブはお互いの胸を拳で突く。

「明日もよろしくお願いします」

 大声を張り上げたリュゼーに対してドロフは背中で返し、右手を上げながら母屋へと入っていった。

「それでは失礼します」

 リュゼーはフルウブに声を掛け、馬を引きながらその場を後にした。

 外に出ると見覚えのある人影がそこにあった。

「おう、チェロス。待っててくれたのか?」

 その人影は、すっかりといつもの笑顔を取り戻したチュロスだった。

 チュロスは二頭のうち、片方の馬の手綱を手に取る。

「ありがとな」

「へへへ」

 二人は馬に戯れ付かれながら、厩へと歩いていった。


「大した物はないけれど、沢山食べてね」

 白い三角巾を頭に巻き、エプロンを掛けた恰幅の良い女性がそれぞれのテーブルを回りながら声を掛けている。

「どう?美味しい?」

「はい」

 リュゼーは口を動かしながら答える。

「沢山あるから焦らず食べてね。君はどう?」

「めちゃくちゃ美味しい。おばさんて料理が上手だね」

 チェロスは目を大きく開いて答える。

「ありがとう、でもお姉さんね」

 女性はウィンクを返す。

 遠くのテーブルから「お代わり」との声が聞こえる。もう一度、同じテーブルから「お代わりちょうだい」と聞こえてくる。

「そこの綺麗なお姉さーん、お代わりもらえる?」

「はーい、ただ今。いつもながらよく食べるわねぇ」

 食堂にドッと笑い声が溢れる。

 リュゼーとチェロスは使用人たちに混じって、街の大衆食堂で晩飯を食べている。ドロフなどの成人した風はというと、拠点内の屋敷で夕食をとっている。

 二人の境遇からしたらしょうがないことではあるが、緊張で味の分からない料理を食べるより、普段から付き合いのある人達と楽しくテーブルを囲んだ方が良かったりもする。

 他のテーブルにも同じような風見習いの姿がある。

「うわ、美味い!」

 少し大袈裟とも取れる反応をチェロスが示す。

「あら、それ気に入った?」

 エプロンの女性が立ち止まる。

「うん。もしかして、おばちゃんて魔法使い?」

「あら、どうして?」

「こんな美味しい料理を作れるなんて、魔法使い以外に考えられないよ」

「嬉しいこと言う子ね。でも残念、私は魔法使いでもおばちゃんでもなく、ただのお姉さんよ」

「ただのお姉さんかぁ。でも、ただのお姉さんだったらここまで綺麗じゃないよね」

「やだ、この子ったら。その歳で、どこで覚えたのそんな言葉」

 チェロスは小首を傾げる。

「どこで覚えたのって何?本当のことでしょ?」

 リュゼーは肉に齧り付きながら、またやってらぁ、とチェロスの顔を見る。

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