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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
29/113

雲の行き先 2 馬車に揺られて(上)

 体を休める間もなく早々に王都を目指して出発した煌びやかな馬車の一団を見送り、拠点に控えていた者や鼓笛隊と合流し隊列を組み直す。

 賑々しい話し声の中から、各所に配置された鼓笛隊から鳴りを確かめるように笛や太鼓から音が零れる。

 自然と背筋が伸び、顔に火照りを感じることから気分が高揚しているのが分かる。

「いつ見ても見事だな」

「はい、見事の一言です」

 荷を引く馬にも錦が掛けられ、飾り付けられた馬車が太陽の光をキラキラと反射させる。それらが長い列を成し二人の目の前に連なる。

 先頭から順に、国内の名だたる家や有力者へ塩を納める一団が待機し、友好国への献上品として外交を担う一団が続き、最後尾にかけて格式高い商店にのみ卸される高級品が列を作る。

「隊の中程の俺たちですら、拠点に入りきらなくて道に出ちゃってますからね」

 リュゼーは頭を回らしながら、話をドロフに振る。

「我が家の、大事な大事な式典だからな。先ほど友から聞いた話だが、昨夜は前乗りしていたやつらで大宴会だったらしいぞ」

「そうみたいですね。エルソン様も、「頭が割れるように痛い」なんて顔を白くして、力無く漏らしていました」

「エルソンも夜通し組か、あいつもいける口だからな」

 ドロフは呆れたように笑うが、参加できなかったからかどこか寂しそうな雰囲気を醸し出す。

「そうか、お前はエルソンに見出されたのだったな」

「はい。今回は、途中までお供できて嬉しく思います」

 他にも懐かしい顔がちらほらあり、皆が皆、普段より口数が多かった。

「おっと」

 ドロフが何かに気付く。

 隊を総括する本家のディレクたち数人が、隊の先頭に向かうために横を通り過ぎる。

 その声が伝播するように、前方で待機する者たちが本家の人たちの姿を確認すると同じような声を上げる。

 その声が隊の先まで到達するとドロフは「いよいよだな」とダッシュボードから足を下ろし、手綱を手に取る。それに対してリュゼーは言葉なく頷く。

 名は知らないが、本家の人が隊へ向けて訓示か何かを言っているようだが、リュゼーの耳には届かない。後ろの方では昨夜の酒が残っているのか、顔を赤らめた者が「聞こえねーぞー」と声を上げ、横にいる御者にかなり強く頭を叩かれている。ドロフ他、数名が「相変わらず、しょうがねえやつだな」などと笑っている。

 最後にディレクが言葉短く何かを言った後に、馬首をめぐらし進行方向へ体を向けて右手を上げる。

 先ほどまでが嘘のように静寂に包まれる。

「出発!」

 隊の後方まで届く声と共に、力強く右手が振られる。と、同時に笛が鳴り響き太鼓が打ち鳴らされる。そして、それに負けぬほどの「おぉーう」という地響きに似た野太い声がそこら中に響き渡る。

 えも言われぬ興奮が体を駆け巡り、一気に体中の毛という毛が立ちあがる。

 砕けた表情をする者はいなくなり、全ての者がエルメウスの家人へと変貌する。

「この瞬間は何度経験しても堪らぬな」

 ドロフも軽く身震いをしていたので、興奮を抑えているのが分かる。

 リュゼーの乗る馬車が動きだすまで暫しの時を置き、前の馬車の動きに合わせてドロフが鞭を打つ。石畳を蹄鉄が叩く心地良い音が、また一つ鼓笛隊の演奏に混じりだす。

 天気にも恵まれて良い一日だ。

 街の中心に近付くに連れて見物人の姿が増え始める。交差点が環状になっているラウンドアバウトを抜け、目抜き通りに入ると賑わいが一層強くなる。エルメウスの家紋が至る所に掲げられ、ラッパ隊による演奏が華やかに行われている。

 リュゼーは、こちらに向かって一生懸命に手を振っている、そばかすが可愛い男の子に笑顔で手を振りかえす。

「左胸に拳を当てて風の真似をするなんて、さっきの男の子、可愛かったですね」

「まあ、確かに可愛かったが、俺の子供の方が可愛いな」

「相変わらず親ばかなんですね」

「おいリュゼー、俺が親ばかだと?」ドロフは片眉を上げながらリュゼーに顔を向ける。「誰がどう見ても俺の子供の方が可愛いだろ。客観的な評価から、俺は事実を言ったまでだ」

「失言でした。俺もそう思います」

 二人の笑い声が、街の活気に溶け込んでいく。

 通りはいつも以上に人で溢れており、特に子供連れの姿が目立つ。待遇が改善され若者から人気の職種となったことも影響があるが、風の職業柄、昔から幼い子供に人気があるのが理由の一つ。そして、もう一つの理由として挙げられるのが、大通りを包んでいる美味しそうなこの香りが関係している。

「それよりも、この匂い堪りませんね」

「去年はこの街が担当だったから家族を呼んだんだけどよ、娘は大喜びだったし味にうるさい妻も大満足だったぞ」

「ご家族は食べ歩きしたんですか?いいなー」

 リュゼーは香りに誘われて、ついつい、そちらに目を遣る。通りの両端には露店や屋台が軒を連ねている。

「おう、大魔女と小悪魔に現物なしで、何々が美味かったって事細かに説明してもらったよ」

「それは辛いですね」

「式典中、俺たちは口に出来ないの知ってての横暴だよな」

 ドロフが言っている『式典中』のため、キリッとした表情とは対照的に言葉には悲哀が込められていて、ひどく滑稽に思える。

 屋台で売られている食べ物は、エルメウス家が方々から取り寄せた、どれも超がつくほどの高級品だ。もちろん、使用されている塩も現在運んでいるものよりは等級が落ちるが、高級なものを使用している。

「それ聞いて腹減ってきました」

「おいおい、さっき飯食ったばかりだろ?育ち盛りの胃袋は恐ろしいな」

「船の上でチェロスが言ってましたけど、俺も肉食いたいです」

 香草と肉が焼ける芳醇な香りが、リュゼーの鼻孔をくすぐる。

 その香りの元となる出店の近くには美味しさのあまり齧り付いたのだろうか、お年寄りに口の周りを拭かれている子供の手に、丁寧に焼かれた色艶の良い牛肉の串が握られている。周りの子供たちの手にも生唾ものの一品が握られている。当然のようにその瞳はキラキラと輝いている。

「隣国のハオスの牛肉を使った香草焼きも絶品だったらしいが、都市フリエルの郷土料理の魚介のスープも塩により旨味が引き立てられて美味かったらしいぞ」

「あのスープ好きなんですよね。それがもっと美味しいのか…」

 リュゼーの喉仏がゴクリと動く。

「アスキ家から取り寄せた巻貝や平貝なんかの一枚貝を、バターとソースで軽く焼いて塩を軽く振り掛けたやつなんかは、ほっぺたがどこかに旅に出て探し出すのが大変だったらしいぞ」

「うわー」

「他にも我々と縁の深いローライ港の…」

「もうやめてください」

 リュゼーは首を振る。

「こんな話を延々と聞かされた俺の気持ちが分かったか?」

「はい、これは一種の拷問です」

 ドロフが口元だけでニヤリと笑う。

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