兵の道 12 打ち合い
街の片隅が静かに騒つく。
「街の人も楽しんでもらえているようで何よりだ。こちらで一緒に観たかったが、それはソルダ殿に止められてしまったのだ。勘弁してくれ」
興奮しながら、シャルルイは独りごちる。
確かに心躍る殴り合いだった。細身のボンシャが大男に殴り勝つ様は、見ていて衝撃的だった。
この一戦で、風への信頼は一気に回復しただろう。それほどまでに、圧倒的で完璧な勝利だった。
「お前はどうする?」
先ほどの余韻を残さず声を掛けたウルクの両手には、木剣が握られている。
「その手を見れば分かる。拳で語らうよりも、これの方が得意なのだろ?」
強面の男は、肉刺を何度も潰して硬くなった右手を差し出す。にやりと笑ってから、ウルクはその手に向かって木剣を投げる。
カンと甲高い音が鳴る。
両者とも顔に似合わず綺麗な太刀筋をしている。特にウルクの剣技は綺麗だった。
無駄な力が込められていないため、木剣が鞭のようにしなって見える。
足の運びも実に見事で、相手の動きを見極め、必要最低限しか動かずに紙一重で攻撃を躱わす。まるで演舞を観ているようだった。本気で打ち込んでくる相手に対してここまで魅せれるのは、余程の差がないと出来ない芸当だ。
次第に木剣どうしが当たる音が増える。そこからは、決闘というには程遠いただの稽古であった。
強面からのどんな攻撃も的確に払い除けてから、全く同じ太刀筋にて仕掛け、最適解を見せつけるかのように何度となく体を軽く打ちつける。
真剣勝負の場でこの扱いをされたら、誰であろうと悔しくてしょうがない。敵ながら心中を察する。
「それで終いか?体力がないのう」
ウルクは、呼吸が荒くなった強面に向かって冷たく言い放つ。
次の瞬間、意を決して踏み出した強面の体がくの字になる。強面は腹を押さえて、嗚咽混じりに激しく咳き込む。
「その心意気や良し」
満身創痍ながらも闘志剥き出しに構える強面を心から称え、ウルクは木剣を振りかぶる。
木と木が激しくぶつかる音がする。それを打ち消すかのようなバチン、という音と共に何かが折れる音がする。強面は苦悶の表情を浮かべ、首元を気にしながら直ぐに落とした木剣を拾う。
さっきので左手は使えなくなったのだろう。右手のみで木剣を構える。
「おい」
その声に強面は悔しそうに一度だけ地面を踏み締めると、自分を落ち着かせるために呼吸を整える。顔を激しく歪めたまま、声を掛けてきた頭に木剣を投げ渡す。
木剣を受け取った賊の頭はウルクに体を向けるが、ウルクは一向に構えようとしない。
「なぜ構えない?」
頭の問いかけにウルクは反応しない。
「なんだ、一体何を考えている?」
「お前たちに好かれて大変光栄だが、先ほどから、一対一だったであろう」
言葉の途中で何かに気が付いた賊の頭は、ゆっくりとビークに向かって首を振る。
突き刺す様な殺気を身に纏ったビークは、無言のまま歩き出し頭の目の前に立つ。その気に押されてしまい、始まりの合図も無く振られてきた木剣を下に叩きつけると、そのまま地面に押さえ付ける。
賊の頭は木剣に力を込めるが、ぴくりとも動かない。
その様をしばらく眺めてから不意に力を緩め、ビークは無言でその場から離れる。
「まあ、そういうことだ。お前じゃ絶対に勝てない」
ボンシャが軽く木剣を振りながら、賊の頭に近付く。
「俺は、お前たちに襲われた風を率いていた人に、大きな恩があるんだよ。その方も、あの方と同じくらい強い」
「俺の方が強いがな」
ビークから要らぬ横槍が入る。
ボンシャはやれやれと苦笑いを浮かべてから、スッと目つきを変える。
「どちらにしろ、商人を含めて三人を子守した状態でなければ、お前如きに負けはしないということだ」
賊の頭は、悪びれる様子もなく睨み返す。
「用意された三人ではなくて、格が落ちる俺に負けたりしたら、二度と立ち直れないな」
ボンシャは、かかってこい。と言わんばかりに両手を広げる。
「そう急ぐでない」
ボンシャは声のした方を見る。
シャルルイはリュートの奥襟を捕まえると「期待しているぞ」と舞台に向かって放り込んだ。
それを見たボンシャの肩の力が抜ける。「確かにこいつに負けたら恥ずかしくて生きていけないが、俺は無理だと思いますよ」とシャルルイに苦言を呈し、焦らされたのを我慢するように木剣で自分の肩を何度か叩く。
「いやいや分からぬぞ、やる気に漲るあの顔を見てみろ」
ウルクは懐から包んだ葉を取り出し、口に入れる。
リュートは木剣を構え、慎重に距離を詰める。
「いい加減にしろよ、お前ら」
自分の存在を捨て置かれている賊の頭が、吐き捨てる。
怒りに満ちているが、構えはしっかりとしている。
ビークに容易く捌かれたとはいえ、動きは鋭く早く、今までしっかりと剣を振ってきたのが分かる。が、避けられぬものではない。
挨拶代わりに打ち合ってから、リュートは間を置かずに打ち込む。明らかな体格の差を埋めるために、先ずは速さで撹乱する。木剣を払いつつ、前腕や脚を狙い機動力を削ぐ。
こちらの狙いが分かった賊の頭は、戦い方を変えてくる。
上にくるか下にくるのか、判断に迷う位置から振ってくる。これが非常に読み難い。結果として、後手後手に回ってしまった。
打ち込み方も初手とは違い、切るというものから殴りつけるというものに変わった。そして、これだ。
髭面から腹蹴りを受け、リュートは後ろに飛ばされる。
接近すると肉弾戦が始まる、これをどうにかしたい。これでは、斬り合いというより木剣を使った喧嘩だ。相手に分がありすぎる。
賊の頭は生じた距離を活かして突きを放つ。
リュートは避けながら、体をコマのように回す。狙いに気が付いた頭が足を引く前に、剣先で太腿を抉る。髭面の顔が歪むのを見て手応えを感じる。
この叩かれ方が一番痛い。そっちが喧嘩で培ってきたものを使うなら、こちらも今までの成果を試させてもらう。
武というのは、力無き者が強者に勝つために、そして、力ある者はさらなる高みを目指すためにあるのだ。お前たちの考えには賛同できない。




