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王国戦国物語  作者: 遠野時松
とある王国のエピソード
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兵の道 10 下準備

 森に鹿の声が二度こだまする。灯りは落とされ、暗闇があたり一面を覆う。

 街が寝静まった頃、一人の男がそっと風のたまり場から離れていく。

 勝ち誇ったようにニヤついていたが、物陰から合図を送るボンシャを見つけることなくリュートのすぐ近くを通り過ぎて行った。言うならばその程度なので、ウルクがすぐ横に潜んでいたなどとは思いもしなかっただろう。

 虫にでも刺されたのか、不機嫌な顔をして首元を掻きながら、ウルクは風のたまり場へと戻って行く。後ろ姿が暗闇に包まれると、再び不自然な静けさが訪れる。

 この街の立地や規模からすると、馬車の数や張られた幕の数が少ない。入り口付近は無駄に空けられていて不自然極まりないが、風以外の民だとしたら気が付かない程度になっている。しかしながら、夜遅くに訪れた仲間がこれを見て、ここで何かが行われる。と、瞬時に判断できるようになっているのは流石である。その他全てが出しゃばらず、引っ込み過ぎずに丁度良い塩梅で配置されている。

 その道の達人が本気になって遊ぶと、こういう風になるのだなと感心してしまう。

 そんなあからさまな場所に、笑い話をしながら向かう面々がいる。

「あれを見て何の探りも入れずに皆を向かわせるなんて、奴らの偵察の目は節穴か?」

 道の暗がりに姿を現したボンシャが、賊の背中を見ながら呟く。

 賊に気付かれるのを恐れたリュートは、ボンシャの袖を引き、声を出すなと首を振る。

「俺たちの寝首を掻く。なんて大層な事を言って通り過ぎて行ったが、目的地に敵が待ち構えているのは見え見えだろ。奴らは頭が足らんのか?」

「ボンシャさん、いい加減にしないと気が付かれます。堪えてください」

「敵の近くで笑い声を上げているような阿呆共には、出来ぬ芸当だろうな」

 雲の隙間から差し込む月の光を避け、闇を縫うように二人は歩く。

「誰か後方を気にする者はおらんのか?ほれ、俺たちはここにいるぞ」

「ボンシャさん、本当にこれ以上は駄目ですからね。ただでさえこの様なつけ方をして危ないんですから。これ以上は絶対に我慢をして下さい」

 ボンシャは悪戯に笑うと、大きく息を吸う。リュートは慌てて前に立ち、必死に首を振る。

「冗談だろ、冗談」

 ボンシャは満足気に微笑むと、リュートの肩をぽんっと叩き先を急ぐよう顎を振る。リュートが念を押すようにボンシャを見つめると、ボンシャは笑いながらそれに答える。

 冗談なんて言っているけれど、その冗談が冗談にならないから困ってしまう。

 風となり、色々な人と触れ合って学んだことがある。この手の人は本当にやる。もちろん止めたらやらないが、止めなければ臍を曲げて突拍子もない事をする。

 この人たちにとっては、例え賊にばれたとしても「ばれたとて」と鼻で笑うような出来事でしかない。そうなったらそうなったでそれを如何様にもできてしまうため、この手の人にとって賊に見つかることは、なんの問題もない事でしかない。

 これ以上、事を増やさないためには、渋々でも付き合う必要がある。

「人から指図など受けずに己の進みたいように進むなどと格好を付けているが、敵を知ろうとしない間抜けの集まりではないか」

「臨機応変に対応できる自信があるのかも知れませんよ」

「まあ、確かにな」ボンシャは笑みを浮かべる。「あの髭面は面白かった」

 二人はしばらく賊の後をつけてから、消えるように物陰に身を潜める。

 流石に賊も、風のたまり場に近付くと話をするのを止める。普段なら野良の犬や猫なんかがおこぼれを貰いにこの場を訪れたりもするが、今日に限っては鳴き声一つ無く静まり返っている。

 歩く音だけが聞こえる。

 上空を吹く風が雲を運び、生じた隙間から差し込む月の光が空き地を照らし出す。まるで野に拵えた舞台のように、その場所だけを明るく際立たせた。

 それを見ていた賊のひとりが、何かに気が付いた様に先頭の男の肩を叩く。顔を近付けて何やら耳打ちをすると、先頭の男は歩くのを止めて指差された方に顔を向ける。

 その男が手を横に出すと、賊の進軍が止まる。

 先頭のあいつが、頭と呼ばれている賊のボスなのだろう。

「奴らやっと気が付いたな。どうすると思う?」

「俺が賊なら先ずは、仕掛けられた罠がどういうものなのか知りたいですね。数は賊の方が多いので、斥候を放つかそのまま押し切るかを決めるために、しばらくこちらの様子を窺うんじゃないですか?」

「そこまで奴らが考えてると思うか?どうせ今話してるのは、行くか引くかの二択ぐらいだろ」

 すると、風のたまり場から気のようなものが流れてくる。

「ウルクというお方はせっかちなのだな」

 ボンシャは楽しそうに笑う。

 暗闇から強烈に発せられる自己主張に、賊もその存在に気が付き始める。

 なんとも言えない不思議な感覚なために言葉で説明するのは難しいが、物音一つしない暗闇の中に確実に何かいることだけは分かる。その証拠に、そこにいる全ての賊が訝しげに同じ方向を向いている。

「これで尻尾巻いて逃げたら、目の前を通る時に脅かしてやろうぜ」

「流石にそれはないんじゃないですか」

 見る限り、風からのあからさまな挑発だというのには気が付いているらしい。

「風に喧嘩を売ってくるような奴らですよ、逃げたりするのはないと思います。それに、ここで引いたら一生笑い者になるぐらいは理解できてるはずです」

「大丈夫だろうな、頼むぜ本当に。お楽しみはこれからだろ?」

 ボンシャは賊に向かって手を合わせる。

 賊の頭は、ガタイのいい二人を指差して顎をしゃくる。二人は軽く頷いて、武器を手にして歩き出す。

 時を合わせたように、近くの民家から灯りが溢れる。

「やっと始まったな」

 リュートとボンシャは賊の方へと歩き出す。

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