武の道 2 塩
太陽が高く上り始めるようになった。日が長くなるにつれて、皆の心がざわつきだす。
もうすぐ塩の時期が始まる。
これに心踊らぬ者は、この海の上ではいない。
塩が多く採れ始めると備蓄されていたものが流通しだす。塩は腐らないから、あればあるほど買い手がつく。
東の海運を担うホロイ家にとっては、稼ぎ時が他より早く始まる。
臨時の給金も出るので、働いた分だけ身に入る。家の仲間や貯めた金で船を買って漁師になった者など、小遣い稼ぎに色んな人が集まってくる。
護衛業の始まりとなった、塩を運ぶというのを目当てに来る者もいる。富を作り出す存在として、信仰の対象に近い感覚があるのかもしれない。
塩は、儚く水に溶けゆく様や立ち昇る入道雲を塩田にもたらされる富に喩えたりと、雪や雲とも呼ばれる。
危険に身をさらし雲を運ぶ護衛業のことを、水や土に準えて『風』と表したりもする。
その風が、商船の帆を大きく広げている。
「すげえ」
日の光を反射した海の上に、大きな帆がいくつも並ぶ光景にリュートは声を上げる。
後からついてきたフビットも「すげー」と声を上げる。
まだ、帆に紋が描かれている船には乗れないが、この船も同じくらいに大きい。特徴的なのは積荷に対して速度が出せる構造になっている。
半島を離れ湾内に近づくと、風のおかげで漕ぎ手は不要になりリュートはフビットを外に誘った。フビットは漁師の子供で、手伝いに来たロニートさんのところで土を受けている。
小窓に肘をかけている船員に、「若えな」なんて揶揄われながら二人して甲板に出てきた。
「なあ、見たかよあれ?」
さっそくリュートは、フビットに興奮気味に語りかける。
「見た見た。すごかったよな」
フビットも興奮を抑えずに答える。
二人とも風で声が消されるので、気持ちのまま大きな声を出す。
「アスキ家の船が曲がり始めたと思ったら、他の船も同じように曲がり始めてさ。船って曲がろうと思っても直ぐに曲がれないものだろ。それをあんなにも合わせるなんて、どうかしてるよ」
リュートがホロイ家に来た当初、船に関しての知識は持ち合わせていなかった。フリエルにあるベイナイ家に土として行った。土とはいっても学びが対象ではなく、完全なる雑用係だ。
しかし、仕事での雑用のみをやらされたので、色々な人の手伝いを続けていくうちに大体のことは一人でもできるようになっていった。船乗りのなんたるかが分かりかけた時に、ホロイ家に呼び戻された。
ホロイ家に入って直ぐにこの船に乗っていたら、この凄さに気が付かなかっただろう。
「三番船見たかよ」
フビットは続けて、小窓から見えた光景を話す。
「波に乗り上げたかと思ったら上手く利用して向きを変えてよ。どうやってやるんだあれ?」
半島の先を越え西側に向かう時にどうしても、波に船の腹を見せなければならなくなる。櫂が引っかかって予期せぬ挙動をとらないように、そこでは帆だけで船を操る。南西部は海が荒れやすく、舵手の腕が試される。
「二番船なんて波の間だぜ。登ってったなぁ、なんて見てたら気がついたら船首があっち向いてんだよ」
リュートも小窓から見えた光景を話す。「それに、ここまで来て一度もぶつかりそうって思ってない。他の船に近づいていっているのかと思っても、近づいてない。なんなんだろあの感覚って」
曲がり始める位置はそれぞれ違うのに、気が付くとお互いの距離は前と全然変わらない。
ここは目標物などない、波立つ海の上だ。
「風を待つ。大事だったな」
二人は準備が整ったのに出向しない理由となっていた、その言葉の意味も新しく知った。
暖流は川だ。海の中に流れの早い巨大な川が何本も流れてる。その流れに逆らい続けるのは、人の力だけでは無理だ。
帆が大きな音を立てる。
船は再び風の力を借りて、目的地を目指す。
先頭は一番大きな帆を広げ、アスキ家の船が走る。その後ろを走る三隻のみにホロイ家の紋が飾られる。
どれも船としては大型である。
暖流を進み、湾の西側から入り込むのが一番安全な航路である。遠泳ができる大型船ならその航路を選ぶ。問題は倍の日数がかかってしまう点のみだ。
たが、ホロイ家は毎度、危険が伴うこの航路を選ぶ。
引き連れた船の数でアスキ家の財力を示し、大型船すら商船のごとく操縦するホロイ家の操船術を、大小の船を使い幅広く披露する場にしている。岬の高台に人を呼び、操船技術を見させたなんて話も聞く。
海運で荷を失うことはそれ以上に大切なものを失うことにつながってしまう。操船技術こそホロイ家の強みだと示している。
リュートとフビットは、お互いの見たことを自分のことのように話を続ける。
もう少し進むと丘に隠されているマルセールの街が見えてくる。
今回は特別で、出港までに三日間かかる。目的の塩を積み込むだけなら初日で終わる。遅くても次の日の昼には終わるので、それ以降は自由時間となる。
館では晩餐会が開かれるらしいが、下っ端の俺たちには関係ない。
でも、この考えは嫌いじゃない。
美味しものを先に食べるから頑張れる。
いつからか二人の会話は、街で何をしたいかに変わっていった。




