世の流れ 6 捕り物
剣が地面に落ちる音が聞こえる。
これなら心配いらなかった。エジートを含めた三人の力は、まさに別格だった。賊には悪いが、遊びの一環として扱われても仕方ない。
斬り掛かってくる賊の剣をいとも簡単に弾き飛ばし、構える賊には手なり腕なりを薙ぎ払って剣を使わせなくさせる。それが一瞬のうちに、流れるように行われた。
それだけで大半の賊は戦意を失い、剣を手離す者も現れる。それでもエジートに向かっていった賊の腹には自分が振った剣の柄がめり込み、今も地に転がって苦しそうにえずいている。
先ほどの音は、最後に挑んだ賊の剣が地面に落ちたものだ。近くに落ちているのに、拾おうともしない。
周りの賊の反応からして、あの場に賊の頭はいないように思える。
「もともと荷の心配なんかは、しなくてもよかったんだな」
逃げ出そうとした賊を馬に乗った者が制したたのを見ると、ファトストは言葉を漏らす。
ここまでで採用された案はひとつ。荷馬車から馬を外しそれに乗るための鞍は用意してもらう、それだけだ。それがなくても問題ないぐらいに、エジートたちはこれに慣れている。
それだけならまだしも、人を減らしたり武器を木剣だけにしたりと、提示した案を自分たちで難しいものに変更していた。
この実力を見れば、外交にホロイ家が選ばれるのも理解できる。
近くの木々の中を、人が激しく動いている気配がする。こうなれば潜んでいたりしなくても良い。フォニフたちが賊の頭を捕まえようと動いているのだろう。
「さてと」
そうした中でも、一人の賊が荷に近付いて来るのを感じ取り、ファトストは小さく言葉を漏らす。こちらとしても、一度でも口にしたことはやっておきたい。
荷馬車に傷を付けられるだけでも、ホロイ家の人間は嫌がる。これが罠だと分かっても、荷が入っているか確認に来るやつもいるだろう。ここに人がいるといないでは、だいぶ変わる。ただの賊なら危険をおかさない。
そんなことを考えた後にファトストは突然、「素晴らしい! あっという間だ」と、嘆息の声を上げる。
その声に対して、賊は逃げ出すことなくこちらの様子を窺っている。気配を消すことには慣れているが、警戒をしている感じではない。
ファトストは、その賊が頭だと的を絞る。
木々の中を動き回る音から、賊は散り散りに逃げ出したはず。拠点と繋がる道は、フォニフたちにより封鎖することになっている。すでに逃げ道は無いが、逃げるにしても頭としての威厳は保ちたい。それなら塩を盗むのが一番だ。
賊はファトストに気付かれないように、慎重に距離を詰めてくる。その体捌きから、熟練のものを感じる。奴は手薄になった荷馬車から、塩を盗み出すつもりなのだろう。
もし荷馬車が空だったとしても、近くにいヤツは弱そうだから簡単に逃げ出せる。前の八人は、手下の賊をもうひと暴れさせればいい。そう思うはずだ、理にかなっている。
誰もいなければ、荷は置いてきたと判断される。一人でもここにいれば、『もしや?』を賊に抱かせる。ただの賊なら逃げればいいが、頭は次がある。そんな危険を犯すのは頭ぐらいだ、獲物は大きい方がいい。
自分がうまく囮になれたことを、ファトストは確信する。そうなると、次は身の安全に意識が向く。
ホロイ家の捕り物を見守る素振りを見せつつ、賊の動きに集中する。
襲うのには十分な距離に近付くと、賊の頭は静かに両手で剣を握る。ファトストは、久々にあれを感じる。
剣を手にした人が出す独特の雰囲気はあるが、その気配から殺気のようなものは感じられない。だからこそ怖い。殺す気はないが、確実に怪我をさせにきている。品を奪いやすくすることだけを考えていて、その後にこっちがどうなるかなんて考えていない。獣と一緒だ。
ファトストは昔を思い出す。
相手に気取られ無いように、荷馬車の中に手を入れる。弓と矢が手渡されたと同時に、一気に肌が泡立つ。賊が斬り掛かって来たのを背中で感じる。
「やはりお前は囮としては最高なやつだ」
幌の中からリュートが勢い良く飛び出す。そのままファトストを飛び越えながら、振り下ろされた剣を木剣で弾く。
賊の頭は驚きながら後ずさる。
「声も掛けずに、切り掛かってくるとは思わなかったよ」
ファトストは笑いながら体を横にずらし、荷馬車から離れる。手にした弓矢を構えるそぶりはない。
「普段でもお前に声を掛ける奴なんて、一人もいないだろ」
おまけのひとり、であるリュートは笑いながらそう答えて、構えもせずに賊と正対する。
賊は何も言わずに距離を取り、剣を構える。
賊とはいえど、頭ともなれば剣に精通している者が多い。賊の構えには無駄は無い。そこへ木剣片手にリュートは、不用意に距離を詰める。賊は再び距離を取る。リュートは構わず前に出る。それにより、いつでも賊の剣が届く間合いが保たれる。
ファトストが知らせる前に、エジートたちがこちらの異変に気が付く。賊の顔に焦りが見え始める。
「逃げ切れそうに無いな」
リュートは賊に笑い掛ける。
「くそっ!」
堪らず斬り掛かってきた頭の剣を、リュートは木剣を使って器用に外へと受け流す。その動きに驚いた賊は、息を吸って後ろに飛び退く。
「ほら、来いよ」
再び打ってこいとリュートが挑発する。頭はリュートの目を見返すが、構えるかどうかためらっている様子だ。賊はリュートから視線を外して辺りを窺う。見ているだけのファトストであったが、賊と目が合うと矢を番えてその賊目掛けて弓を引き絞る。
そこへ丁度よく、木々の間からフォニフたちが捕まえた賊と一緒に出てくる。それを目にした賊の顔に、動揺と諦めの表情が交互に浮かぶ。
ぽんっ、とファトストは肩を叩かれる。
「お前の狙い通りだったな」
ニコニコとした顔で、エジートはその賊に近付いて行く。
「たまたまです」
ファトストはその背中に答える。
「お前が頭か?」
エジートの問い掛けに、賊の頭は何も言わずに横を向く。
「人相書き通りなので、間違いないでしょう」
リュートが答える。「これまでの経験からいって、あの囮は最高です。自ら先頭に立って物事を進めるのが好きな奴には、これが一番効きます」
通って来た道から、人の声が聞こえてくる。フォレスター家以外にも、街の傭兵が集まってくるのが見える。
賊の頭は構えもせずに逃げもせず、その場に立ち尽くす。
「在野にはまだまだ面白いやつがいるものだな」
エジートは手紙を書くことに決める。




