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防犯カメラがあった電柱までのわずかな道のりを暑い暑い言いながらのこのこ歩いて行った行った木下は防犯カメラの脇に貼られたシリアルナンバーを写真に撮りゆっくりと戻ってきた。
「遅かったじゃないか木下」
事務所のドアをガタっと開けて木下は松本の小言を無視して一言「はぁ、涼しい天国」と言った。外は相当暑いのか大粒の汗を額に付けている。
木下が視線をテーブルに向けるとすでにパソコンに電源が入っており、あとはシリアルナンバー待ちの様子だと言う事がわかるが木下は気にしない。
「これでも精一杯走ってきました」
その割には全く息は乱れておらず、汗もさほど流れてない、それどころか口元に白い粉が付着している。
「お弁当付きか」
「……美味しかったですよ、領収書に付けていいですよね」
松本にそう指摘された木下はバツが悪そうに汗をたっぷり吸収したハンカチをポケットから取り出し口元を拭いた。
「好きにしろ……」
まさか許可が出るとは思ってなかった木下は思わず『珍しい』と一言が漏れ出た、だがその後の松本の一言にめずらしく発揮された漢気はかき消された。
「俺の分は?」
「自分で買いに行ってください」
そうピシャリと言われ、松本は諦めた。
「で、シリアルナンバーは?」
「Bの395ですね」
携帯の画面をテーブルに置いた番号を述べると田口がパソコンにその番号を打ち込み。その後の画面にパスワードらしき番号を入力すると、防犯カメラの映像が映し出された、画面左上にはリアルタイムと黄色い枠で囲われていた。
「で、時間帯は何時ぐらいでしょうか?」
「えっと、昨日の夜10時台からでお願いします、」
松本が指定した時間まで録画映像が飛ぶと、被害者の木田が夜空に輝く月を見上げる場面が映った。
「こっからでお願いーー」
「これ、木田さんじゃん」
松本がそう言い切る前に画面に映って木田の後ろ姿に田口は思わず呟いた。松本はすかさず田口に聞いた。
「木田さんを知っているのですか?」
「え。ええ、うちの常連です。毎日、3時過ぎるとふらっとやってきて、今。松本さんたちに出している大福を買ってもらってます……まさか、木田さんが」
動揺を隠せない田口の声は震えている。「でも……」田口は口をパクパクさせてどうにか言葉を紡ぐと松本の目を見た。
「木田さんが殺されたんですか?」
「あれ? 私、殺されたとは一言も言っていませんが?」
松本は真っ当にそう指摘した、松本は田口に防犯カメラの映像を見せてくれとお願いしたが、殺人事件が起こったとは一言たりとも言っていない。
「あぁ、その事ですか……」
自分が疑われいるのではとドキリとしていた田口は安堵に近いため息を漏らした。
「我々の業界、仕込みが朝早くからあって、今日も4時すぎから厨房に入ってて、まぁ、私は厨房に入ってから3時間ほど籠りっきりでしたが、その後妻が8時ごろにやってきて『ママ友から聞いた話なんだけどねこの近くで殺人事件が起きたみたい』なんて、他人事のように言っていたので……」
田口は少しだけ妻の口調を真似しながら妻から聞いたと言った。
「失礼、疑っているわけではありません、矛盾があれば聞かないといけないが我々の仕事ですので。」
田口は警察官も大変ですねと一言漏らした。
「お互い様ですよ」と松本は言うと続きの動画を見たいと言い、田口は再生ボタンを押した。
夜の空に輝く月を見上げて、立ち止まり、首を振った木田が映りその後1分ほど、月を見上げ、歩き出そうとすると、木田の背後から鉄の棒らしきものを持った、全身からずくめの人物が木田の後頭部にその鉄の棒を振り下ろし、木田はその人物に気づく事なく、そのまま前に倒れ込んだ。
犯人と見られる男は、携帯を取り出しどこかへ連絡をとり、指示を受けた様子で木田が持っていたビジネスバッグを漁りら何かを取り出しポケットに無造作に入れ、倒れた木田の脇を抱えて、道の端に投げる捨てるように置いた。
犯人と見られる男はまた奪った携帯とは別の携帯を取り出し、今度は通話状態のままだったのか、すぐに耳にあて、一目散に走り去った。
「この映像、コピーしていいですか?」
松本はポケットからUSBを取り出したが田口はあまりいい顔をしなかった。
「ええ、それはいいですけど、申し訳ないですけど新品のUSBにしてもらっていいですか?」
「今、この時代どこからウイルスが来てもおかしくないんですよ、一回そう言うウイルス入られると、修理費用が高くつくので」
「あっ、今はもうそう言う時代なんですね、時代は変わりますか……木下、行ってくれ」
「お願いじゃないんですね……」
2度目の同じ展開に木下は諦め、USBを買いに行った。
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防犯カメラの映像を木下に買いに行かせた新品のUSBにコピーして大江商店街の事務所から出てきた松本たちは、木田悠馬が落としたと思われる生徒手帳に書かれた住所へ木下の車で向かっていた。
「でも、本当に木田健人の息子が犯人なんですか?」
信号が赤になり、車を停めたところで木下が助手席に座る松本に聞いた。松本はそれに対して「可能性はある」と答えた。
「俺たちは人を疑うのが仕事だ。被害者である木田健人の遺体の近くに木田悠馬の生徒手帳が落ちてた、調べない理由はない。」
そう呟くと信号が青になり、車は動き出し、カーナビのスピーカーから100m先左折ですと女性の機械音が流れた。
「もうすぐ近くですね」
「だが、俺はいないと思う」
「それは、逃げたって事ですか?」
木下の質問に松本は何か考えるように口元に手を当てていたが、その質問には答えなかった。