0.7 ツキの国
闇に潜む小さなシルエット。
件の銀髪少女だった。
少女は周囲を見渡した後、おもむろにナイフを取り出し無造作に自身の手首を切った。
勢いよく鮮血が吹き出すが意に介さずただ流れる様子を見つめる。
ひとしきり血が流れ出血が収まると血は影へと集約し同化していく。
ズズズ___
気がつくと少女の姿はどこにも無かった。
零れた墨汁のように影が部屋の一室へと向かって拡がっていく。
ディーンの泊まる一室へと────
「誰!?」
二人の間に緊張の糸が張りつめる───
耳が痛いほどの静寂の後、影の中から少女が浮かび上がる。
「あ〜あ、殺して仮住まいにでもしようと思ったのにな」
少女は悪びれる様子もなく飄々とした態度でボヤいた。
しかし、態度とは裏腹に周囲への警戒は怠らない。
それにしても私が気配を悟られるなんて。
「あんた何者?」
「何者でもないよ…僕はただのクズさ」
ディーンは自虐気味にそう言った。
「あっそ、まぁいいわ。そんなことよりどうやって私の存在に気がついたの?」
「え、だってなんか音したし…」
「ふーん」
私の暗潜はほとんど無音のはず…わずかな音を聞き取ったっていうの?
少女はディーンを見る
「何者でもない…ねぇ?」
そう言いながら少女はディーンをフラスコの中身でも見るかのように見下ろす。
の割には随分と良質なモノが混じってるみたいだけど…
「あんた赫起は?どんな能力なの?」
「?そんなのないよ…」
「はぁ!?嘘でしょ!?っととと…」
「きゃあ!!」
驚いた拍子に少女はつまずいてコケてしまう。
「いったた…」
「もうっ!」
臀部を擦りながら毒づく。
「ん?何その本」
「あ、あぁこれ…?」
「これは神の国の話さ!なんでもツキって所には神の国があって、そこでは弱者ほど優遇されるんだ!」
「だから僕も神の国へ行けば働かなくて済むんだ!」
「知ってるわよ。私もそこに行きたいんだから」
「私は神の国への行き方を知ってる。でもその為には誰かの助けがいるの。私たち目指すところは同じなんだし仲間にならない?」
「いやぁ…僕にはムリだよ」
「はぁー…じゃ、気が変わったらここに来て」
「まぁあんたの状況を見るに気が変わらなくても来るでしょうけど」
少女はため息をつきながら1枚の紙を寄越してきた。
その紙にはこう記されていた。
貴殿にギルデティア王国 北部 月の下蠍尾教会街への永住権を与える──裏には赤い手形が押されていた。
あ、そうそうと思い出したように少女はゴソゴソとなにやら探し始めながらこう言った。
「この宝石をあんたに預ける」
「で、その宝石は?」
「・・・あ ごめん、今の話ナシで!」
「私の名前はエニア 縁があったらまた会いましょ じゃあね!」
言うが早いかエニアという名の少女は去っていった。