0.5 貧民窟
夜空を背に疾駆ける男女の二人組…
女は短躯で、腰まで伸びた銀髪は月明かりを透かし波打つように風を切っている。
男は長身痩躯で翠緑の三角帽を被っていた。目深にかぶった帽子からは銀縁のメガネが覗いている。
二人は民家の屋根上を音もなく駆けながら器用にも口論を始める。
口火を切ったのは男の方だった。
「上手くいったとはいえBB騎士団から蜜鍵を盗むなんて二度とごめんだからな!」
「はぁ!?相棒としてやっていくって話しだったでしょ!?最後まで付き合って!役目でしょ!?」
「王宮からものを盗むなんてイカレてるぜ、この瘋癲女がよ!」
「あっそ、じゃ契約は終わりね。 欲しいものも手に入ったし…じゃあね」
「ん?…欲しいもの、忘れてるけど…」男は懐から真紅の宝石を取り出しながら呟いた。
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一方、ディーンは仕事を転々としていた。
「おい、ディーン!テメェ何度言ったらわかるんだ!!!」
「す、すすすいません!」
「あのぉ、悪いんだけど今日でもう…」
「はィ、わかりました…」
「さっき説明したばかりでしょ!聞いてなかったの!?」
「ごめんなさい」
フゥ、今日もダメだった。
僕は手の甲に押された烙印を擦りながらあの日、捨てられた橋の下へと向かう。
橋の下は孤児や浮浪者、放浪者といった所謂《《はぐれ者》》達で構成された貧民窟であった。
ディーンが俯きがちに歩いていると後ろから子供の声が聞こえる。
「お仕事どうだった?」
目をキラキラさせて聞いてきたのは小さな女の子だった。
歳の頃は六〜七になるだろうか。
少女の名前はアンナと言い、ここで仲良くなった子供だ。
「いやぁ…ダメだったよ」
引きつった笑みを浮かべてディーンは答えた。
「ダメでも次探せばいいじゃん!」
横から男の子の声がする。
歳はアンナと同じぐらいで名前をライと言う。
二人はディーンが楽器を弾いているのを聞いたことをきっかけに仲良くなった。
「暗い話はこれぐらいにしてさ、聞かせてよまたあの曲!」
ライの明るい物言いにアンナも賛同する。
「そうだよ!聞かせて!聞かせて!」
少し泣きそうになりながらディーンは嬉しそうに「うん」と短く答えた。
ディーンは故郷の好きな曲を演奏した。
演奏している自分を羨望の眼差しで見る子供たちを見ていると、少しだけ気持ちが前向きになったような気がしてくる。
明日も頑張ろう。と密かに心に誓った。
演奏が終わるとパチパチと拍手が聞こえた。
しかし、その拍手が二人でなく三人からなるものであることに気づく。
「上手だね、演奏。」
翠緑の三角帽を被った男がディーンの横からそう言った。