BUDDY−E
慌ただしく過ごす朝は、少し気分が高揚している証拠。仕事の合間に予定を詰め込んだラジオや雑誌のインタビューがそうさせる。
ヨーロッパで人気を得た日本人ブランド【BUDDY−E】その始まりは何回話しても心が弾む。忘れてはいけない大切な思い出。
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「ねえ。西方さん卒業制作どおするの?」
どおする?私……
答えは出てる。誘ってくれるのは嬉しいけど、文化祭のファッションショーとは訳が違う。私は、あの娘と組みたい。
技術科の私はパタンナーとしては優秀だ。どんなデザインだろうと的確に形にしてみせる。だから、あの娘のデザインした服を形にしたい。私なら、デザイナーの納得のいくパターンを起こせる。卒業制作で実力をアピールするには、あの娘の、井庄絵里のデザインが良い。あの、現実を無視したデザインを形にして驚かせてやる。
学校で知らない人は多分居ない。あの娘のデザインはそれ程目を引く。奇抜なだけじゃなく素直に美しいと思う、けど、それはコスチュームとして。あれを着ろと言われても、それがハロウィン当日でも、私は着ない。見るからに歩き難そうだったり、無駄な露出、過度な装飾、通気性や保温性の問題、そもそもどうやって着るの?脱げる?など、実際に着るとなれば、私の頭には“?”のオンパレード……
でも、それでいい。むしろ、それがいい。
卒業制作の誘いに対し「うん、ちょっとね。」なんて適当な返事をしておいて、その場を去る。何はともあれ、井庄絵里に会わなければ私の野望は始まらない。と、タイミングよく気まずい場面に遭遇。
「絵里ちゃん卒業制作のチームなんだけど……」
井庄絵里がチームから漏れた。
学校行事として夏と冬の休み明けに行われる制作発表と、秋に行われる文化祭でのファッションショーを経て、集大成として3年生の卒業制作がある。文化祭と卒業制作は多くの関係者も取材も来る。ここで何をアピール出来るかは今後に影響が出る。文化祭は遊び心満載で冒険に出るチームは多い、けど卒業制作は違う。奇をてらった派手なデザインよりも、王道・安牌・セオリー、そういった考えに流れるのは当然といえば当然。二次元をこよなく愛する井庄絵里のデザインは、ここへ来て敬遠……だよね。
アニメや漫画のキャラクターと同じデザインの服が着たい。しかし、現実的には無理がある。だから、実現可能なデザインを学び、キャラクターデザインの仕事がしたいらしい……
井庄絵里に二次元との境は無用。拘りというモノは本人にとって、それはそれこれはこれ、と簡単に割り切れる問題ではないけどさ。
何かと噂の井庄絵里と、同じ校内にいて目が合ったのはその時が初めてだった。フラレた直後に近寄るとかチャラ男か!と自分に幻滅しつつ、井庄絵里の前に立った。
「あ、ねぇ、井庄さん。卒業制作、あなたのデザインでやりたいんだけど、幾つか……」
声をかけるタイミングを間違えたかもしれない。それでも躊躇してる暇は無い。思い立ったが吉日、善は急げ、チャンスの神に後髪なし。とりあえず言いたい事を言わなければ何も始まらないから声を発してみたら、言って正解。デザイナー井庄絵里は目を輝かせて鼻の穴まで膨らませてくれている。
「幾つか見てもらいたいデザインがあるの!技術科の西方さんよね!あのね、コレとか、あっ、コッチの方がパターン起こしやすいと思うんだけど、どおかな!?」
友達の家で犬に餌をあげようとした時の事を思い出した。これは返事なのか、それともオファーなのか、兎にも角にも、私はデザイナー井庄絵里を手に入れたようだ。向こうは向こうで私の事を知ってるっぽい。しかし、私の前に突き出されるデザインは大人しかった。
尻尾を振って此方に合わせる気満々だ。まぁ、そうなる気持ちも分かるけど、遠慮された作りやすいデザインなんか求めてない。
「私はさ、あなたのデザインがいいの。あなたが卒業制作で着たいと思うデザインを見せて。」
ヘラッとした表情は私の言葉で一変した。オホッと声が漏れそうな驚きと喜びの混じった表情、どうやらヲタク心に火を着けたっぽい。
「明日!今は頭の中に在るから、明日でいい?」
彼女の言葉は、それ以上のモノを放ち、納得のデザインを予期させた。
翌日、朝からソワソワした気分のまま全ての授業を終えた。流石に昨日の今日で本当にデザイン画を持って来る訳ないか、と、自分を落ち着かせながら井庄絵里の元へ向かうと、とんでもないオーラを放ち机に向かう彼女が私の目に貼り付いた。
邪魔しちゃ悪いけど、アレが私のデザインだと思うと、吸い寄せられた。すぐ後に立っても私に気付かない程集中してる。なんか嬉しい。覗き見たスケッチブックには、その気持ちを凍てつかせるほど悍しく怪しい、魔女?の様なデザインが描かれていた。
「こんな雰囲気のも描けちゃうんだ。」
「あ、え?西方さん!?いつから?あの、これは途中だから、コッチ、コレ見て。」
デザイン画に感嘆の声を漏らした私の登場に、アタフタしながら魔女?を描いているページを破り取ってスケッチブックを丸ごと渡してくれた。
そこに描かれているのは切り売りされた残骸、日の目を見なかった幻想的なデザイン。コレを現実的な服にしようと思えば、井庄絵里の個性は消える。
今迄はそうだった。
制作発表でも、文化祭でも、井庄絵里のデザインがそのまま使われた事は無い。際立つデザインで引っ張り凧の井庄絵里の役どころはデザイン協力。あるチームにはカラーパターン、またあるチームにはスカートを、ベルト、袖、襟、その他諸々。切り売りされたデザインは各チームに色を添えた。シルエットや雰囲気を採用されても、現実的にアレンジされて、井庄絵里らしさは抜ける。
技術的な問題云々で致し方無いと諦めて、モデルとして自身で袖を通す度、打ち寄せる切なさと、引いてゆく喜びの波打ち際で、自然と足先に力が入るのは、抜けて行く何かを惜しんでの事。
その抗えなかった何かを、卒業制作では取り返せる。これ迄に得た知識と溜め込んだイメージ、鬱積した創作への挫折を跡形もなく晴らせる技術との出会い、其れ等が齎すエネルギーはデザインに留まらず、小さな魔法使いが魔女に変貌を遂げる物語を井庄絵里に湧かせていた。
渡されたスケッチブックの後半は、前半とは明らかに違いが見えた。デザイン画というより、何かの場面。
小さな男の子や農夫、意地悪そうなオバサン、優しそうなお婆ちゃん、可愛い女の子と妖精。どれも動きと表情が豊かで今にも喋り出しそう。って言うか、既に台詞書いてあるのも何枚かあるし……!?!これ、いいんじゃない?!
「ねえ、井庄さん!コレ、紙芝居に出来る?」
「紙芝居?何で?」
「卒業制作に決まってるでしょ!?」
目を丸くする井庄絵里に降りて来たイメージを話すと、顔のパーツを全て丸くして応えてくれた。
「えー凄い!面白そう!」
「老若男女、全てのデザインを見せつけてやろうじゃないの!」
「モデルは心当たりがあるから任せて下さい!」
「制作は流石に人数足りないから、こっちで声掛けてみるね。デザインと絵コンテ宜しくね、井庄さん。」
「あ、西方さん。その、私の苗字、アレなんで、名前で、絵里って、呼んで貰えたら……」
「え?」
「衣装の井庄さんって、何か、その……」
「あぁ、なるほどね。でも何か恥ずかしいな、私も英莉だから。」
「あ、そうですね……でも!お互いにエリって呼びあえたら、いかにも仲良しって感じで良くないですか?」
「そしたら、その時々出る敬語やめようよ。」
「あ、これは、何かもぉ癖と言うか……」
学生生活の集大成を、その片棒を担ぐ相棒を、改めて井庄絵里に決めた。私とは真逆で、私に大切な、私に足りないものを持っている。どこか懐かしい雰囲気すら感じさせる絵里に。
「デザインと絵コンテ、モデルの手配も宜しくね、絵里!」
「うん!宜しくね、英莉!」
少し固い絵里の笑顔が最高に面白い。
イメージが降りて来た卒業制作のファッションショーは絵里の新規デザインを全部使う。要は、舞台を使った井庄絵里の考案する物語のキャラクター紹介。老若男女にコスプレして歩いてもらい、絵コンテのポーズをとってもらう。デザイン解説とアナウンスは私がやる。技術と素材の組合せでデザインの幅は広がり、絵里は二次元と三次元の境界線を描ける様になっていた。このデザインを理解して忠実に再現出来るのは私しかいない。パタンナーとしてデザイナーの納得のいくものを仕上げる。そして、余す所なくセンスと技術をアピールして卒業制作を成功させれば、最優秀賞を頂いて、業界からの注目度も間違い無く高まる。
トップブランドで有名デザイナーと仕事する日も遠くないかも。そしたら、喜んでくれるかな。
卒業制作の準備は順調に進んだ。自由に描いてもらった絵里のデザインに着心地をプラス。モデル役の人達からも評判良く「友達の結婚式にいいかも。」なんて声も聞こえて来たし、フィッティングも問題無し。
「楽しみだね。」
絵里は私に満面の笑みを見せた。ファッションショーの期待と自信から来るその言葉に応えようとしたその時、絵里は更に言葉を続けた。
「和服から洋服に変わったみたいに、ファッションのカルチャーショックってあると思うんだ。皆、本当に着たい物着れれば、毎日楽しいよね。」
絵里は私と違って純粋で、いい感じに空気が読めない。常識とかTPOとかぶっちぎって心に正直で素直だ。私は頭ではそんな事はあり得ないと思っていながら、心から「そうだね。」と応えた。
私達の期待と自信に裏切らずショーは成功した。会場の盛り上がりに手応えはあった。でも、私達は賞に選ばれず、関係者から声もかからず、取材も勿論無かった。
満足の行く結果に不満が残る。どうしてもう少し早く、この娘と、井庄絵里とコンビを組まなかったのだろう。ショーが終わり、二人の関係性を約束するものが無くなると途端に何かが崩れ始めた。
ありきたりなデザインと機能美しか頭に無かった私に創作の楽しさをくれる、この、現実を無視したデザイナーから、私はもう離れられない。
久しぶりに心が口を開かせた。
「ごめん、絵里。私、謝らなきゃ。」
「謝るのは私だよ。やっぱり私のデザインが実用的じゃないから……」
「違うの、そういう事じゃなくて、私、絵里の事、バカにしてた……コスプレが好きだから、そんな理由で専門選んで、何考えてんだって。こっちは真面目に技術身につけて就職するんだって、そればっかりで、でも……服は、お洒落は、楽しむ物なんだよね。なんかさ、私は自分の技術ばっかり、機能性とか」
「そんなの、謝んないでよ。縫製の技術や材質の知識を勉強したかったのは本当にコスプレの為だったし、デザイン科に入ったのも、そうだし……だから、私は卒業制作、英莉とやれて良かった。私のデザインそのまま作れたの初めてだった。今迄はそうじゃなかったから。」
「まぁ普通、絵里のデザインそのままでパターン起こしたりしないよね。私は自分の実力をアピールする為に絵里の無茶なデザインそのままでパターン起こしただけだからさ……でも、楽しかった。作ってて楽しいって思ったの本当、久しぶりでさ。」
「私は嬉しかった。イメージがどんどん現実になっていくのが、英莉の縫製は魔法みたいで。」
「私さ、就職の為にこの学校来たけど、なんか違ってたかも。作るのも、着るのも、楽しくなきゃ嘘だよね。」
「うん。」
「小さい頃、着せ替え人形で遊んでてさ、着せたい服が無くてね、そしたらお婆ちゃんが作ればいいって。」
絵里は微笑んで頷いてくれている。私は、思い出しながら、自分の気持ちを確かめながら話を続けた。
「布の切れ端を縫って筒みたいなもん作ってさ、人形に被せて、縄文人みたいになっちゃって、それでも褒めてくれてさ、お婆ちゃんに教えて貰って初めて作って、楽しくて、嬉しくて。仕事から帰ってきたお母さんに見せたらさ、凄く喜んでくれたんだよね。」
あの頃は皆に笑顔があった。今は違う。
「上手になったよって、お婆ちゃんに見せたくて、お母さんにもう一度、お洒落して欲しくて。私が作った服で喜んで欲しくてさ。ムキになってたんだ。」
介護疲れしている母に着飾った服は受け入れて貰えない。そう決めつけて、機能的なデザインに拘ってた。そんなモノを着て欲しいんじゃない。気持が明るくなるような、袖を通したくなるような、そんな服を作りたかったのに。いつの間にか自分に呪いをかけていた。
「絵里のデザインは見る人を明るくする」
「英莉の仕立ては着る人を心地良くしてくれる」
私から溶けて流れてしまったモノを絵里は沢山抱えている。
「絵里、私と一緒に」
「うん。私は英莉じゃないと駄目だから。」
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私は絵里を選んだつもりだけど、絵里に選ばれたのかもしれない。改めて聞いたりしないけど、多分お互いに替えが効かない存在なんだと思う。ブランド名が証明してるでしょ?【BUDDY−E】相棒はエリ。勿論、それ以外の意味もあるけどね。
そろそろ絵里にもインタビュー受けて貰おうかしら。
BUDDY−E
EXCELLENT とか 良い など
あなたを着飾るBUDDYとして の意もあり