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Alba  作者: 花霞
月と太陽
2/3



「アルバ」


目の前で冷たい目を向ける父親はその目つき同様に冷たい声を溢した。父の近くに座る継母の腕には生まれたばかりの幼い弟の姿。その反対側には三歳下の妹の姿が目に映る。妹と目が合うとにこりと笑みを向けられる。何の穢れも知らないようなその笑みは今の私の心を抉るように深く深く目に焼き付いた。


「王室からの要請によって、お前を王室騎士団に所属させる」


父のその言葉に妹に向けていた目線を父へと戻す。


「王室からの要請、ですか……?」

「……特別討伐部隊の志願者を数人集めているそうだ。第二王子殿下が指揮を執られる。とても名誉なことだ」

「ですが、私は騎士の称号を得られていません。王室騎士団には二等級以上の騎士称号を得られた者だけしか所属出来ない筈では?」

「問題ない。今回、第二王子殿下に同行する騎士でない者には全員二等級の騎士階級が与えられるそうだ」

「っ……」


父の有無を言わせない言動に言葉が詰まる。厄介者払いをしたいのだろうと安易に想像がついた。


「マリオン家を代表してお前に志願してもらう」


拒否の権利など端から用意されていない。喉まで出かかった言葉はそのまま飲み込み、望まれている答えを吐き出す。


「喜んで志願致します」


私の返答に父は当然だ、とでも言うかのように頷く。継母は一度もこちらを見ることなく自身の腕に抱かれる幼い長男を愛しそうに見つめていた。


「出発は三日後だ」

「三日後、ですか?」


あまりの早さに思わず聞き返す。父の視線は面倒臭そうに私を視界から外し僅かに溜め息を吐いた。


「三日もあれば充分であろう」


何が充分なのだろうか。出発まであと三日しかないのはいくら何でも短過ぎる。いくら王室からの要請であっても志願者を募るのにそんな短期間で行われ尚且つ出発を急ぐのは何か裏があるとしか考えられない。いや、例え裏が無かったとしても危険なものや出来事が待ち構えている筈だ。


「他の志願者にはどなたがいらっしゃるのですか」

「……リシュリュー・グレイス・S・アルベルト、アンドリュー・ライオネル、ジョゼフ・アルフレッド・ラ・カイル。以上の三名だ」

「三、名……」

「何か問題が?」

「いえ……」

「少数精鋭の特別部隊だ。王族と共に戦えるのは大変名誉なことだぞ」


聞こえ良く言ってはいるがやはりどう考えても正常なことではない。きっと他の家門にも志願者を募る王室からの要請は来ているのだろう。けれど誰もがことの異常さを感じて例え名誉なことであろうとも子を守ることを優先した。王室も周りの貴族がどんな返答をするのかわかっていたのだろう。だからこんなにも志願者が少なく、社交界の大きな話題にすらなっていない。でなければこの人数はありえない筈だ。


「マリオンの名に恥じぬよう、尽力致します」


何故、どうして、という疑問は最早言葉にする事も馬鹿らしい。何を討伐すればいいのか、何と戦うのか、そんな疑問なんてものは持っても何の意味もないのだと悟った。


王家の異分子である第二王子殿下が指揮を執られる。その事実はとても大きな意味を持っているだろう。


静かに部屋を立ち去る私を引き止める人など一人もいない。扉が閉まる間際見えた私が居ない家族の姿は、あるべき正しい姿そのものに見えた。

それを見て何故か酷く、母が恋しくなる。


……愛してはくれなかった、母だというのに。



─────



「くれぐれもマリオンの名を汚さぬよう」


出発の日。父は私の心配など一切しなかった。気にかけていたのは家門の名だけ。その姿は酷く滑稽だった。


「勿論です。誇り高きマリオンの名の為に」


貴族の礼法に則りお辞儀をする。そのまま家族に目を向けることなく王室から迎えに来た馬車に乗り込む。外装も内装も豪華絢爛なそのさまに何故か乾いた笑いが漏れた。チラリと窓から見えた家族の姿。父も継母も既に幼い長男へと目が移っている中、妹──シャーロットだけがこちらをジッと見つめていた。不意に目が合うとにこりと笑みを浮かべ小さく手を振る。そして小さく口が動いた。


『さようなら』


……別れの挨拶とは、なんと呆気ないものか。

まるで帰ってくることなどありえないとでも言うようなその態度はあからさまで今更胸を痛めることも、驚くことも無かった。ただ少し、燻るこの感情の名だけはわからなかった。


馬車に揺られながら外の景色を眺める。移りゆく景色は王都の中心部へと向かっていた。静かに瞼を閉じる。ガタゴト、と揺れる馬車の音を聞きながらこれから起こることに思考を巡らせた。


「マリオン公爵令息様、失礼致します。只今王城へ到着致しました。扉をお開け致します」


数時間ほど馬車に揺られるといつの間にか馬車は停車し、ノックの音が聞こえるとすぐさま外から王室の騎士らしき人物の声が聞こえた。そしてその言葉通り扉が開くと見える王城の階段とその先に見える豪華絢爛な扉。美しい城は何度訪れても息を呑むほど煌びやかだ。


「ありがとう」


扉を開けてくれている騎士に礼を言うと馬車から降りる。貴族らしい華やかな正装を纏った私の身からは動く度に小さく装飾品の音がする。その音に耳を済ませながら、余計なことは考えないようにした。


城の扉前に立つ騎士に名を告げ、王家の紋章が入った王令書を見せる。そして開いた扉から王城の中へ入ると待ち構えていた別の騎士の案内で王の待つ謁見の間へと向かう。


静かな時間だった。

謁見の間の扉の前、私の到着を騎士が告げると開かれた扉の向こう。玉座に座る王の姿。その髪は年齢を重ねてもなお黒々と輝き王族だということを強く主張していた。


「アルバ・シリウス・ドゥ・マリオンだな」

「はい、お会い出来て光栄でございます。王国の太陽、ルシフェル国王陛下」


室内へ入るとすぐさま国王陛下に頭を垂れる。どうやら他の志願者三名は先に訪れていたようだった。


「顔を上げよ」


国王陛下の言葉に下げていた頭を上げる。濃い緑色の目が私をジッと見つめていた。何を言われるのかと少し緊張する。しかしそんな緊張など何の意味もなさず、国王陛下は直ぐに視線を外した。それにより私は他の志願者同様国王陛下の前にただただ立ち尽くし時が過ぎるのを待つしかなかった。何とも居心地の悪い無言の時間が流れていた。


「王国の太陽、ルシフェル国王陛下。テオドア第二王子殿下がお越しです」


そんな居心地悪い静寂を破るように扉の向こうから騎士の声が聞こえた。自然と背筋が伸びる。噂の第二王子殿下。私が社交の場にあまり出席しないせいなのか、そもそも第二王子殿下が離宮からあまり出ないせいなのかそれともその両方のせいなのか、片手で数えても余るであろう回数しか拝見した事がなかった人物。それでも強烈に殿下の美貌だけは記憶している。それほど目を惹く美しさだった。


扉が開く。殿下の姿が見えるまでまるで時の流れが遅くなったような感覚だった。眩い金髪が見えた瞬間、私を含めた国王陛下以外の全員が腰を折って殿下を迎え入れる。コツコツと殿下の歩く音が小さく響く。それと同時に正装であろう殿下の服につけられている装飾品らしい音が小さく音を立てていた。


「第二王子」

「はい。国王陛下」

「今回共に同行する騎士達だ。挨拶しなさい。皆、顔を上げるよう」


陛下の言葉にやっと顔を上げる。すると先程よりも近い距離に立っている殿下の姿が目に映った。眩く輝く髪は淡い金髪。王族の象徴を持たない彼は堂々とその場に立っていた。


「リシュリュー・グレイス・S・アルベルト。サルバナイトの名にかけて殿下と王国の為、共に戦います」


濃い青色の髪をした男が殿下に向かってそう言った。リシュリュー、そうか、彼が噂の第二王子殿下のサルバナイトか。侍従も兼ねているらしい彼の噂も第二王子殿下と共によく話題にされているのを聞いたことがあった。


「第一等級騎士アンドリュー・ライオネル。殿下のお側でと共に戦えること、光栄に思います!」


勢い良く敬礼した赤髪の男はアンドリューと名乗った。彼は初めて見る人物だったが名前はよく耳にしていた。ステラナイトやサルバナイトの任命話が出るほど優秀な人物だと聞いている。そして第一等級昇級祝いで第二王子殿下から姓を賜ったことも噂になっていた。


「今回より第二等級騎士を賜りました。ジョゼフ・アルフレッド・ラ・カイル、此度殿下と共に戦えること光栄に思います」


上品な仕草で頭を下げた茶髪の男は社交の場で何度か見かけた事があった。カイル侯爵家の三男、変人の異名を持つ人物。変わった人だと後ろ指を差される彼の噂もよく社交界で話題にされていた。


ゆっくりと三人に目を向けていた殿下が最後の一人───私へと視線を移す。ばっちりとその紫色の目と目が合った。


「お初にお目にかかります。本日より第二等級騎士の称号を賜りました。マリオン公爵家より参りました、アルバ・シリウス・ドゥ・マリオンです。王国の為、殿下と共に戦えることを光栄に思います」


最上級の礼を尽くして殿下へとお辞儀をする。美しいその人から言葉が紡がれるのを待った。


「ありがとう。此度、特別討伐部隊の総指揮を行うテオドア・ウィリアム・ジャン・ノア・クラリス・S・フォン・サルバドールだ。皆、よろしく頼む」


その言葉に顔を上げ姿勢を正し、「はい」と返事をする。図らずもその返事は揃っていた。


「第二王子よ」


国王陛下の呼びかけに私を含めた四人が振り返り一度陛下を見る。そして第二王子殿下へと道を開けた。


「此度の討伐、良き結果を期待している」


アルベルト卿の手に僅かに力が入ったのが視界の端に映る。それに気づくと他の二人も僅かに先程と雰囲気が違うような感覚がした。


「ご期待に添えるよう、尽力致します」


王子殿下は一切の淀み無く綺麗な作法でお辞儀をして陛下へと返事をする。何故か凄くその後ろ姿が頼もしいものに見えた。僅かに胸を燻る不安感が払拭されるようなそんな感覚。けれど同時にその姿がとても寂しいもののようにも見えた。


「これより特別討伐部隊の成功を祈り、宴を行う。其方らは王宮から支給される騎士服で参加するように」


陛下からの言葉に頭を下げその場から立ち去る。それぞれが王宮のメイド達に案内され別々の部屋へと通された。別れ間際、第二王子殿下の後ろ姿を見た。美しく輝く淡い金髪がサラサラと小さく揺れる。長さのあるその髪が暫く目に焼き付いて離れなかった。


「マリオン公爵令息様、こちらが本日よりお召になる騎士服でございます」


メイドの一人が用意されていた騎士服を見せながらそう言った。それはとても戦いに行く者が着るとは思えないほど汚れない白。純白と表現しても遜色無いそれは華美な装飾がなされキラキラと光を纏うような気さえした。


「お手伝い致します」


メイドが数人こちらへ頭を下げ近づこうとする。それにハッとすると騎士服からメイド達に目を移した。


「結構」


思いの外冷たい声が漏れた。メイド達は一瞬ビクリと体を強張らせたが私の表情を見て恐る恐る頭を下げもといた場所へ戻る。その顔には戸惑いの表情が浮かんでいた。


「着替えを人に見られるのは好きではなくてね。全員退室して貰えるかな」


騎士服を前にメイド達に一切視線を向けることなく放った言葉に、彼女らは戸惑いながらもそそくさと退室していく。最後の一人が去った気配を感じたと同時に扉が閉まる音が聞こえた。


「はぁ……」


思わず溜息が溢れる。なんだってこんな色の騎士服を着なければならないのか。確かに何の穢れもないことを証明する場面や様々な祝いの場面で白い衣装や装飾を使用することは多々ある。だがそれと同時に死装束もこの王国では真っさらな白を使うのだ。戦場へ出向く騎士の服が白なんて聞いたことも見たこともない。そもそも戦うとわかっている騎士が白を基本とした服を着るのは誰がどう見ても縁起が悪い印象を与えるだろう。


「死ねと言われているのか……」


乾いた笑みが落ちる。他の三人も同じなのだろうか。そして、第二王子殿下も──……。


「……着替えなくてはな」


着ていた衣服を脱いで騎士服に袖を通す。その純白が肌を滑る度、言えもせぬ感情が湧き上がる。これがどんな思いなのか理解したくもなかった。


カチャ、と最後にはめた装飾品の音が耳に届く。濃く暗い赤の宝石がその純白の騎士服によってさらに目を惹くように思う。血を溶かし固めたようなその宝石は光を吸って輝く。その様に何故か思わず背筋が冷えた。とっさに目を逸らすように姿見に目をやった。その姿見の中、佇む男。皮肉にもこの騎士服は私にはお似合いの装いに見えた。


「公爵令息様、ご準備は宜しいでしょうか」


ノックの音が聞こえたかと思うとメイドの声がそう呼びかける。返事よりも先に私は扉へと手を伸ばしていた。


「待たせてしまったかな。会場へ案内してくれ」


扉の前に立っていたメイドに声をかけるとメイドは頭を下げた。


「会場へは私がご案内致します」


メイドの隣に立っていた騎士がこちらにそう声をかけた。彼を見ると先程謁見の間へ案内してくれた騎士だった。


「宜しく頼む」


一度礼をした騎士の後へ続いて会場へと向かう。静かな廊下に二人の足音だけが響いていた。



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