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Alba  作者: 花霞
プロローグ
1/3

───

ゆったりペースで更新していきます。宜しくお願い致します。



──アルバ・シリウス・ドゥ・マリオン。


その名を冠するのは、マリオン公爵家の嫡子。

この世に誕生した瞬間から予想されていた幸せは跡形も無く消え去り、静かに憎しみだけを抱かれた“前妻の子”。


「おめでとうございます!旦那様、奥様!ご子息の誕生でごさいます!!」


慌ただしく行き交う使用人達のその先、扉の向こうに見えたのは誇らしげに、嬉しそうに笑う公爵夫妻の姿。その目線の先、公爵の腕に抱かれたその赤子は元気な産声をあげている。


スッ、と誰かが横を通り過ぎた。瞬間ふわりと香る甘い薔薇の香り。視界の端を美しい金髪がゆらりと揺れて通り過ぎる。


「お父様!お母様!おめでとうございます!」


女性らしい柔らかな声が聞こえたと同時に部屋への扉は音を立てて閉じた。扉を閉じた二名の騎士は目を合わせようとはせずただ固く口を閉ざし少し俯く。


指先が冷えていく。末端からどんどん感覚を失っていくような恐怖を感じた。目の前の扉が開くことはもう無いだろう。……ここに私がいる限り。


踵を返して来た道を戻っていく。行きも帰りも波立った心は変わらないままだった。それでも俯かず一切の乱れない足取りなのは今までの教えの成果なのだろうか。


そよ風が頬を撫でた。いつの間にか辿り着いていた庭園には真っ赤で美しい薔薇達の姿。風に乗り鼻腔を擽る薔薇の香りにむせ返りそうだった。さわさわと自身の銀髪が風に乗り揺れて時折視界に影を落とす。


短く整えられた髪は妹のように優雅に靡く事は無い。

ふと、うなじに手を当てる。指先に触れる毛先は短くて望む感触は訪れない。思わず、乾いた声が漏れた。


居た堪れない気持ちが増すばかりで自室に戻ろうとまた踵を返す。しかし、隣接する温室のガラスに映る姿を見て足が止まった。


短い銀髪、すっきりとした二重の目は鮮やかな青い目。形の良い唇にはいつもの笑みは乗っておらず、不安そうに揺れる目と同様に苦しそうに見えた。

目の前に映る高価な正装に身を包んだその姿は誰がどう見ても、線の細い麗しい“男”の姿。


身に沁みついた仕草も何もかも疑いようのない男そのもので、それはまるで永遠に解けない呪いのように私に取り憑いていた。


「長男、か」


口から出た声はまるで少年のよう。少し掠れているその声が鼓膜に届くとどうしてかいつも苦しくなる。その度にその理由を明確にしてはいけないと頭では警鐘が鳴り響いていた。


この世に生を受けた時から、偽り隠す事が唯一の生きる術だった。


「っ……、なんで」


なんで、生まれてきたんだろう。



アルバ・シリウス・ドゥ・マリオン。

男であることを強制されたマリオン公爵家の嫡子。

本日より、嫡子を除名され当主継承権を剥奪。

それに伴い皇室騎士団の特別討伐部隊への同行及び所属を言い渡される。



────



「殿下」


侍従の一人がテラスに佇む高貴な身なりの男に声をかける。男の淡い金髪がゆらゆらと風に乗って靡いている。長さのあるその髪は鎖骨程まで伸び、月の光を浴びて美しい輝きを放っていた。


「厄介者払いするには最高の名目だよね」


優しげなその声には皮肉と自嘲が混ざり思わず侍従は顔を歪める。しかし振り返ることのない男はそんな侍従の表情など露知らず。頬杖をつき、夜空を眺めるその高貴な男の横顔は誰が見ても美しいと口を揃えるほど整っている。


「リシュー」


ふと、男は侍従の名を愛称で呼び振り返る。そこでやっと男は侍従の表情を目にした。苦渋の滲むその表情に男は僅かに驚きそして困ったように笑った。


「なんて顔をしているんだ」


月明かりに照らされるその男の姿は儚くも美しく侍従──リシュリューの目に映る。その姿にリシュリューはきゅ、と口を結んだ。しかしすぐに口を開く。


「テオ」


紡がれた言葉は高貴なる男の愛称だった。親しい友人を呼ぶように温かみの込められた声はテオと呼ばれた男の心を優しく撫でる。


「一人じゃないよ」


友人として告げられた言葉は嘘偽りなく純然たるもので男の心の隙間を埋めていく。幼い頃から共に育ち、兄弟のような存在の唯一無二の親友の言葉。男の頬は思わず緩み、その口元には笑みが浮かぶ。


「私、リシュリュー・グレイス・S・アルベルトは此度の特別討伐部隊への参加を志願致しました。テオドア王子殿下と共にあれることを光栄に思います」


深く頭を垂れ敬意を表すリシュリューの姿を見て男──テオドアは喜びと切なさの狭間のような表情を浮かべていた。


「ありがとう、リシュー」


小さく呟いた声はそれでもしっかりとリシュリューの耳に届いた。顔を上げたリシュリューは優しく笑みを浮かべながらテオドアを見つめた。


テオドアの長い金髪が風に靡く。伏せられた瞼に乗る睫毛がその奥にある美しい紫色の目に影を落としていた。


「討伐、ね」


ポツリと呟いたテオドアの言葉は風に攫われ消えて行った。




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