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石の命令

最後まで読んでいただけると嬉しいです。

うんまあ、誰かがすぐに来るだろうなとは思った。すぐ、といっても1日程度の予想だったけれど、流石にこれから競り落とす商品ーしかも上物を餓死させることなんてないだろうと思ったから。

歳は四十程度に見える。ただしファッションは若いから、本当はもっと若いのかもしれない。髪が少し頭皮を覆う程度の頭部、だらんとした厚い瞼に隠れる目。金色の目だが、少し違和感があるのでとても精巧にできた義眼かもしれない。

全体的にまるっこく、良く言えば雪だるま、悪く言えば脂肪の集合体。

その指には、真っ赤な石の指輪…。


「…出ろ。出品の時間だ。」


私の言葉は無視をして、わざわざ出品と教えてくれるあたり、親切なのか、もう私達が競られると分かっていると理解しているからか。

それ以外の理由もあり得るけれど。

…まず最初に赤髪の男が立ち上がった。

かなり嫌な予感がする。


「やっ!」


低い声を高らかに、奇声を発しながら彼はでっぷりへと突っ込む。

でっぷりの頬に美しい拳がヒットした。

水の波紋のように波打つ脂肪。ついでとばかりに腹の脂肪も揺れる。鼻からは鮮血(ただ汚いだけの)が吹き出し、巨体が地面に倒れた。目が文字通りぐるぐると回転して、口はだらしなく開く。

指輪が光った。



「…馬鹿ね…」


エルフの女性が呟く。それとほぼ同時に拳を振り上げて喜んでいた赤髪の男が、首を抑え悲鳴を上げた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!!!」


絶叫が牢に響く。首はまだ抑えたまま、のたうち回っていた。キレイな顔が歪められ、爪は首輪を外そうと引っ掻くせいで剥がれかかり血だらけ。

たった数十秒の間で人差し指の爪が完全に剥がれ、少し日に焼けた肌が血に染まっていた。痛いだろうに、それにもかかわらず、指はしきりに指輪を引っ掻く。

とうとう床に血が滴り落ちた。


「な、なにを…」


近づこうとした彼女を手で制し、かわりに私が前へ出る。

彼女のような聖なる生き物は、あのような呪いのようなものに弱い。私のような人間が触れたほうがましだ。幻想種族は光の属性が強いかわりに、呪いや憎悪といった属性には弱い。


「……」


真っ赤に爛々と光る石。それはその石がエネルギーを放ったことを意味する。

見たところ、石が蓄えたエネルギーはどうやらこの首輪によって痛みだけを与えているらしい。皮膚に変色は見られない。この石の性質から考えて、幻想の痛みだろう。

石自体は別の作用がある。この石には貯蓄されたエネルギーは、命令次第で五感への干渉ができる。匂いを消したり、指の感覚を消したり、それこそ痛みを与えることさえもできる。

ただ、それらとはまた違う性質がこの石にはある。


「…そろそろ止めてやったらどうですか。」


でっぷりの方を向き言う。流石にこれ以上は、ショック死する。

美しい顔が消えるのは、勿体無い。しかし、顰められた顔も美しい。なんならずっとこのままの表情でもいいけれど、死んでしまいそうなのでそれは辞めてほしい。気味の悪い冷たい顔になるくらいなら、普通の美しい顔のままの方が良い。


「…私に逆らうとこのようになるからな」


鼻血を高そうな薄布で無造作に拭いながらでっぷりは憎々しげに吐き捨てる。でっぷりは『石の命令』を終了し、赤髪を痛めつけるのを終わらせる。赤髪は微かに呻きながら、血に染まる指を痙攣させていた。

エルフは凛としたその気配を揺らし、動揺を見せる。他の者はよくわからない反応。ただ貧しい身なりの少女は、驚くほどに気配が歪まなかった。


「ついてこい」


必要な言葉は最小限に、そのままどしんどしんと歩き出す。先程の赤髪の男のことがあってか、皆渋々とでっぷりについていく。


「…大丈夫か」


未だ倒れ込み首を抑えている赤髪にそう尋ねる。

答えはわかり切っていたけれど、作法だと思った。


「大丈夫に… みえ… き…は…っ」


恐らく『大丈夫に見えるのか君は』と言いたかったのだろうけれど、痛さのせいか声は掠れて聞こえなかった。エネルギーの放出はもう止んでいるだろうに、幻想の痛みだとしても痛みは残るのだろうか。


「ああ、大丈夫なんだな。良かった」


言葉を無視をして歩みを進める。

(…。)

しかし服の裾を掴まれた。


「…すまないが…歩けなさそうなので、肩を貸してもらえると嬉しい…」


…。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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