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9.西ルゼレオ海岸の丘


 アグリッピナが言ったように、俺たちは魔物と遭遇しないまま洞窟をすぐに抜けることが出来た。


 だが外に出るまで、アグリッピナは俺とカニャンをずっと崇めっぱなしだ。

 そうかと思えば、外に出てすぐ彼女は困惑を見せる。

 

「ええぇ? そんなぁ」

「どうしました?」

「ま、魔物がいます……何でいるんですかー?」


 アグリッピナが驚く先にはカニ、ラビット族といった小さな魔物がうろついていた。とはいえ、洞窟周辺でうろついているあたり驚く魔物では無い。


「ピナさん。魔物と戦ったことは?」

「ありませんよー。あったら驚かないですよ。どうしましょー?」


 小さい魔物はもちろん、他の魔物とも遭遇しなかったのだろうか。


「……なるほど」

「どうかここは神官さまか聖女さまのお力で!」


 アグリッピナはすっかり俺とカニャンを崇めてしまっている。

 まずは誤解を解いてもらわねば。


「いや、それには及びませんよ。カニャン!」


 カニとラビット族相手ならカニャンの練習相手に丁度いい。


「リナス、何?」

「目の前にいる複数のカニとラビット族。あれら相手に剣を使って攻撃しておいで!」


 俺が魔法で片付けるのは簡単だ。


 しかしそれだとカニャンが成長しない。ちょうど良く小さな魔物が群れているし、まずはここで経験を積んでもらう。


 そう思って、何の指示も与えず自由に剣を使わせることにした。

 ところが、


「あのー神官さま……。聖女さまの聖なる剣が土だらけに……」


 カニャンは神聖剣こそ握れてはいるが、魔物に当てることが出来ていない。


「カニャン、地面の下じゃなくて上! 剣を上から振り下ろすんだ」

「……んん、地面削れた。難しい」


 剣を握ったら神聖剣が彼女を動かしてくれるかと思っていた。しかし何の反応も無く、カニャンは訳も分からないまま剣を動かしている。


 まともに振ることがままならず、地面を削ったことの弾みで魔物がその場から逃げているだけで、倒してもいない。


 カニャンは今まで自分の爪で相手を転がしてばかりで、ダメージを与えたことが無かった。そのせいか剣を手にしても下段ばかりに力がいき、地面を削ることしか出来ていない。

 

「あららー。カニャンちゃんが……じゃなくて、聖女さまがー」

「ごらんのとおりですが、カニャンはまだ見習い聖女。ピナさんが敬服するレベルじゃないってこと、分かりましたか? 俺のことも気楽に呼んでください」


 カニャンがまだ何も出来ていない状態を見せつけるしかなかったが、アグリッピナには分かりやすい図だった。


「な、なるほどー。でもどうして聖女なのに剣を持たせているんですか? リナスさんのように魔法は使わせないんですか?」


 彼女の疑問と指摘はもっともなことだ。

 何と答えればいいか迷うな。


「リナス。魔物、いなくなった。先に進める」

「……え? あ――」


 魔物相手には一切当たらなかったものの、カニャンの剣で辺り一帯の地面がえぐれて穴だらけになっている。


 やはりカニャンには剣の使い方から教えないと駄目みたいだ。と言っても、神官の俺が詳しく教えられるわけもないのでそこは後で考えるしかないが。


「単純なことですが、カニャンには魔法の一切を教えてないからですよ。使えないってことは無いと思いますが、カニャンは戦闘向きの聖女なんです」

「ほほぅ! 聖女だから魔法が使えるわけじゃないんですね!」

「そういうことです」


 ――ということにしておく。

 

 見習いの状態で確定はしていないが神聖剣がカニャンを選んだ以上、適性は戦闘の方にありそうだ。


「なるほどなるほど! じゃあカニャンちゃんが魔法を覚えれば使えるようになるってことですね?」

「それは何とも……」

「ほっほう。ほうほう!」


 アグリッピナはうんうんと何度も頷いては、頭の中で妄想を思い描いている。

 それはともかく、俺たちは高低差のある広い道を進む。


「リナス。まっすぐ、でいい?」

「ちょっと待っててくれるかい? ピナさんに聞くから」

「……ん、分かった」


 見晴らしがいい道ではあるが、海を眺める余裕もない小高い丘が連続して続いているだけで、近くに村がある感じは見られない。


 しかしアグリッピナが言う獣人の村があるとすれば、どこかに入口があるはず。


「ピナさん」

「あーしてこうして……おほっ――」

「……アグリッピナさん。そろそろ戻って来てもらっても?」

「――はっ!? あ、あれ……私、ボーっとしてました?」


 自覚が無かったのか。


「考え事をしていたようですが、道案内をお願いしてもいいですか?」

「あ、そうですよね! そうでした。私がしっかりしないと駄目でした」

「ピナ、しっかりしないと駄目」

「カ、カニャンちゃんに叱られるなんて……何てありがたや」

「…………」


 王国の人間というか、アグリッピナが変わっているだけと信じたい。


「では、ご案内しますよー! この近くにですね、ク・レセルという獣人の村がありまして」

「しかし見渡す限り海と丘しか見えませんが……」

「そうなんですよ。ここはルゼレオ海岸の西に位置しているので、海と丘がメインなのです。しかし、ふっふっふ……村は目に見えるところに無いんですよ! そういうわけですので、私について来てください」


 いまいち不安だが、魔物が見えなくなったことで襲われる心配は消えた。

 アグリッピナも落ち着いたみたいだし、信用してもいいかもしれない。


「……リナス」

「大丈夫だよ、多分」



お読みいただきありがとうございます。

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